第47話 鬼姫と剣姫

「おいおい……お前まで何を……」


「ご主人様は下がっていて欲しいですの! いきなり大将首はとらせませんの!」


 ウルザは頑として譲らず、ブンブンと鬼棍棒を振り回す。


「なるほど……確かにいきなり主将と戦わせろというのも、気が逸り過ぎているか。いいだろう、まずは鬼の娘から相手になっていただこう」


 どうやら、ナギサのほうも乗り気のようである。鬼人族という珍しい種族を前にして、好戦的に瞳を輝かせている。


「もっとも……子供を斬るのは好かんからな。早めに降参してくれると有り難いのだが?」


「むう……おっぱいが大きいからと調子に乗っていると、叩き潰してもぎ取りますの!」


 ウルザとナギサ。両者とも戦闘狂な部分があるため、2人の心は通じ合っているようだ。

 俺は肩をすくめて、近くにあった切り株に座る。


「……わかった。もう好きにしろよ。お互い了承しているのなら、俺が言うことは何もない」


「あの……ゼノン様。本当によろしいのですか?」


 横にエアリスが座ってきて、耳に唇を寄せて囁いてくる。


「別にいいだろう。どうせ口で言っても聞かないだろうからな。両方とも」


「それは……そうかもしれませんが、ケガがあったらどうするのですか?」


 エアリスは心配そうに瞳を曇らせている。

 1週間ほど行動を共にしただけだが、エアリスはウルザのことを妹のように思っているらしい。ウルザがケガをしないか心配なのだろう。

 もっとも、ウルザは亜人種族のため成長が遅いだけなので、ひょっとしたら俺達と同年代の可能性もあるのだが。


「……回復魔法の準備はしておいた方がいいな。どちらがケガをしてもいいように」


「わかりました。いつでも使えるようにしておきます!」


 俺の言葉に、エアリスが決然と頷いた。

 やがて、ウルザとナギサが2メートルほどの距離をとって向かい合う。


「さあ、やりますの!」


「ああ……バスカヴィル、合図を出してくれないか?」


「いいぜ……念のため言っておくが、殺し合いはなしだ。どちらかが戦闘不能になった時点で終了とする。文句はないな?」


『ダンブレ』のゲームでは戦闘で致命傷を負った者は瀕死状態となり、戦闘不能となってしまう。あくまでもそれはゲームの話。現実では死ぬことだってあり得るだろう。


「ああ、問題ない」


「ですの」


「よし……それじゃあ、用意……」


 俺が手を挙げると、ウルザがぐっと腰を落として眼前の敵を睨みつける。

 ナギサも赤い唇を吊り上げて嫣然と微笑みながら、鞘から抜いた刀の柄を握った。


「はじめ!」


「やあ、ですの!」


 ウルザが猛然と飛び出して鬼棍棒を振り下ろす。

 機敏な動きである。まるで山猫が獲物に飛びかかるような素早さだった。


「ハアッ!」


 だが――鬼棍棒を振り下ろした先にナギサの姿はない。銀の閃光が走り、一瞬でウルザの後方に回り込んでいた。


「っ……ですの!」


 少し遅れて、ウルザの肩から赤い血が噴き出した。

 目にも止まらぬスピードで駆け抜けたナギサが、すれ違いざまに斬り裂いたのである。


「ウルザさん……!」


「……ま、こうなるよな」


 エアリスが息を飲む。俺は予想された光景に目を細めた。

 ナギサ・セイカイは速度に特化した戦士であり、スピードだけならば主人公のレオンすらも凌駕する。スピードよりもパワーに長けたウルザの攻撃など掠りもしないだろう。


「一撃、まともに喰らわせればウルザの勝利で間違いないんだがな。さて……どうするつもりかな?」


 俺はこの勝負がナギサの勝利に終わることを予想していた。

 確かにウルザは強い。元々のポテンシャルも高かったし、俺と行動するようになって新しいスキルだって修得した。その実力は天才的といってもいいだろう。

 けれど、ナギサもまた天賦の才を持つ女剣士なのだ。

 異国から留学してきた彼女は、生家である剣術道場でも神童の名を欲しいがままにしており、同年代で彼女に勝つことができたのは1人きり・・・・だ。

 パワーとスピード。どちらが優れているかなど断言はできないが、2人が正面から戦えば攻撃を当てることができないウルザのほうが敗北することになるだろう。


「もちろん……ウルザが俺の予想を上回ることをやってのけるのなら、話は別だけどな」


「やあ、やあ、やあ、ですの!」


 ウルザが何度も繰り返し鬼棍棒を振るう。

 速さの遅れを手数で補うつもりのようだったが、その攻撃は全て空を切った。

 ナギサはウルザの攻撃を全て見切っているようで、軽々としたステップで踊るように一撃必殺の殴打を躱していく。


「遅い!」


「うっ……ですの!」


 再び白刃が舞い、ウルザがうめき声を漏らす。

 今度は腹部を斬られており、地面に鮮やかな血が飛び散っていた。


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