第81話 湖畔の夢


「昨晩はお楽しみでしたね……なんつって」


 見知らぬ女がニヤニヤと笑っている。

 イラッとさせられる生意気そうな笑顔である。


 その日の夜、夢を見た。

 はっきりとそれが夢だとわかる……いわゆる、明晰夢というやつである。

 夢の中で俺は湖畔に立っていた。青く澄んだ湖は生い茂った木々に囲まれており、ここが森の中であることがわかる。

 湖のすぐそばにある岩の上に女性が腰掛けていた。

 銀色の髪をなびかせ、白いワンピースを着た彼女の顔に見覚えはない。


 見覚えはない。

 ないはずである。多分。

 間違いなく初対面であると断言できるはずなのに、その悪戯っぽい表情といい、生意気でこちらを小馬鹿にしているような目といい、どことなく既視感を感じてしまう。

 まるで見知った人間が別の顔と姿で立っているような……そんな印象を受けるのだ。


「私? 私の正体なんてどうでもいいじゃないですかー。細かいことは気にしないでくださいよう」


 女性はまたしてもクスクスと笑い、「それにしても」と腕組みをする。


「まさかここまで的確に仕事をしてくれるとは思いませんでしたよ。やはり貴方をゼノン・バスカヴィルとして転生させたのは、間違いではなかったようですね」


 転生させた……その言葉に疑問がよぎるが、何故か霧のように霧散してしまう。


「邪神の眷属共が悪さをしていると聞いて、どうしたものかと悩んでいたのですが……まさか貴方がタイミング良く砂漠に行ってくれるとは思いませんでした。運命力というか、主人公としての勘が良いとでも言うんですかね? こちらがいて欲しい場所に的確に向かってくれるので助かりますよ」


 人を都合の良い奴みたいに言うな。

 別にお前のためにマーフェルン王国に行ったわけじゃない。

 偶然、ルージャナーガについての情報を掴んだから、追加シナリオの鬱展開を回避するために行っただけだ。


「はいはい、それで良いんですよ。貴方はその調子でやりたいようにやってください。それが結果的にレオン君を助けて、世界を救済することに繋がるんですから。その調子で、あのクソッタレなゲームの真のエンディングを見せてください」


 ゲーム?

 エンディング?

 まさか……この女はここがゲームの世界だと知っているのか?


「そりゃあ、知ってますよう。ここは私が『ダンブレ』の世界に似せて創造した世界ですからね?」


 創造って……。

 まさか、この女の正体は……?


「私も好きだったんですねえ、あのゲームが。仕事の合間によくやっていたんですけど……続編の寝取り展開には崩れ落ちましたよ。どうやったら、ちょっとエッチなファンタジーRPGがあんな鬱ゲーになるんですかねえ?」


 その意見には100パーセント同意である。

 俺も『ダンブレ2』の急激な方向転回には膝が折れたものだ。


「だから、私は創ったんですよ。ちょうど良く上司から任された世界があったので、せっかくだから『ダンブレ』に似た世界を創ったんです。『ゼノン・バスカヴィルにヒロインを寝取られなければどうなっていたか』をこの目で見るためにね」


 ……!

 それじゃあ、俺がこの世界に転生したのも……?


「原作の寝取り男であるゼノンを塗りつぶすため、私と同じ思いを抱いた貴方を憑依させたんですけど……いやー、予想外でしたねえ。エアリスちゃんとナギサちゃんを落としちゃうだなんて。予想とは違う方法で寝取られちゃいましたよ」


 ……申し訳ないと謝るべきなのだろうか?

 俺は俺なりに、鬱展開を回避するために努力した結果なのだが……。


「まあ、それは別に良いんですけどね。私はあくまでも皆が幸せになるハッピーエンドが見たいのであって、必ずしもレオン君のハーレムエンドが見たいわけじゃないですから。それに……あの二人がいなくても、別のヒロインを侍らせてちゃっかりハーレム作ってますし。何だかんだで、やっぱりあっちも主人公ですよねー」


 そうだな。

 原作にはいなかった女まで囲っているみたいだし、上手いことやっているよな。


「フフッ、原作にはいなかった女ねえ……」


 ……何がおかしいんだよ。

 まるで無意識のうちに核心を突かれたような反応だな?


「いえいえ、それは良いんですけどねえ。それよりも……私が貴方の夢に現れたのは事情を説明するためなんですよ。今回の件では、こちらの不手際で迷惑をかけてしまいましたから。色々と疑問はありますよね?」


 そりゃあ、疑問は山ほどあるさ。

 古神……あの蛇の邪神とか、ゲームでは登場しなかった敵キャラだ。

 ルージャナーガが邪神の眷属などという設定もなかったし……いったい、どうなっているのだ。


「そうですねえ……まずは『古神』について説明しましょうか。アレは元々、この世界に存在した旧き支配者。天地が混じり合い、混沌としたこの世界で好き勝手に暴れ、共食いを繰り返していた怪物なんですよ」


「アレらが猛威を振るっているせいで世界には文明が生まれず、発展することもなく停滞していた。それを見かねた上司……時空を司る最高神が、世界に秩序をもたらすべく管理者を送り込んだ。それが『新神』……私ですね」


「世界の管理を任された私は、まずは古神を駆逐しました。時空の裂け目に封印したり、バラバラに引き裂いて悪魔やモンスターとして再構成したり。彼らの肉片を使って島を作ったりしてね。そうやって邪魔者がいなくなった世界に秩序を築こうとしたんですけど……世界を創る上で、私の趣味を盛り込ませてもらったんですよ。つまり、好きなゲームの世界観を元にした世界を創ったというわけですね」


「人間を生み出し、知識を与え、文明を築き、たまに干渉して歴史に修正を加えたりして……数万年、数十万年の時をかけてゲームそのものの世界を創造しました。え、どうしてそんな手間をかけるのかって? ポンッてダンブレの世界を生み出せないのか? 無理をすれば出来なくはありませんけど……それは家を作るのに大木をそのまま家の形にくり抜くようなものですね。どうしたって歪で不安定になっちゃいますし、綺麗な家を作ろうと思ったら、まずは材木から加工する手間が必要でしょう?」


「そうやって苦労して、ダンブレの世界を生み出したのは良いんですけど……困ったことに、その世界には異物が入り込んでいました。貴方のことじゃありませんよ? あの男……ルージャナーガと名乗っていた人物です」


「取り逃してしまった邪神の眷属が敵キャラと融合して、混じり合う形で潜り込んできたんですよ。彼らはゲームの敵キャラを隠れ蓑にしながら、どうにかして自分の主人である邪神を復活させようと企んでいる……本当に困ったものです」


「ルージャナーガを騙っていた男は二度にわたって邪神復活のために動きました。千年前は魔術王サロモンという傑物によって防がれましたが……今度は導師として神殿を乗っ取り、王を傀儡にして復活をもくろみました。さて、どうしたものかと悩んでいたところで……ジャスト・タイミング! 貴方が砂漠に訪れたわけですよ!」


「私は貴方達に倒された怪鳥に仮初の命を吹き込み、操ることで生け贄の巫女のところに誘導しました。そこから先の展開は貴方が知っての通り。貴方は見事に巫女を救い出し、邪神復活を阻止してくれました。いやあ、狙った以上の働きで驚きましたよ~」


「いやいや、そんなに怒らないでくださいよう。鳥にさらわせたのは悪かったです。でも……結果的に丸く収まりましたよね? こうやって、最終的に平和を引き当ててしまうのが運命力。主人公らしさなんですよねえ。やはり、私の目に狂いはありませんでしたよ」


 矢継ぎ早に説明する女に、俺はわりと本気で殺意を覚えた。

 つまり、俺が怪鳥に連れさらわれて空の旅をし、ノーパラシュートでスカイダイビングをさせられたのはコイツのせいなのか。

 この女が世界のために動いていることはわかったが……それでも、割を食わされたこっちとしては堪らない。


「良いじゃないですか。結果的に新しいヒロインを食べることができたんですから。むしろ、お礼を言って欲しいくらいですよ~」


 殴ってやろうかと思ったが身体が動かない。

 そもそも、今の自分に身体があるのかすらよくわからない。

 夢の世界に五感だけが存在しており、手足の存在すらも曖昧だった。


「心配せずとも、迷惑をかけてしまったお詫びはさせてもらいますよ。邪神が復活していたら、『分け身』ではなく私が直接降臨しなければいけませんでした。そうなっていたら、せっかく創りだした世界の秩序が崩れて大変なことになっていたでしょう。リューナという娘も死んでいたでしょうし……あ、ちなみに本来のゲームの設定では、リューナは凶悪な召喚獣を呼び出すための生贄にされそうになって自害していたんですよ? 今さら、どうでも良いことですけどね」


 確かに、どうでもいい。

 すでに存在しない未来のことなんて、知ったことではない。

 そんなことよりも、お詫びとやらをさっさとよこせ。

 むしろ謝罪しろ。全裸で土下座だ。


「……私が神であると知ってそんな要求をするなんて、本当にふてぶてしくなりましたねえ。そう言う意味でも、貴方をゼノン・バスカヴィルにした私の目は正しかったですよう」


 女が呆れた様子で肩を落とす。


「まあ、全裸で土下座はできませんけど……お詫びとして、何かプレゼントをあげましょうかね。強力な武器や防具、レアなスキル、それとも新しいヒロインとの出会い。さてさて、何をあげましょう…………へ?」


 考え込んでいた女であったが……ふと真顔になった。

 悪戯っぽい表情が真剣なものに変わり、次いで驚愕に染まっていく。


「ちょ……ええっ!? 何でこんなことに、どういう確率……!?」


 おい?

 どうした?


「そんな、こんなことって……! どうしたら……ダメ、修正が効かない!ここまでされたら肉体を復活させても……!」


 女が本気で焦りだし、ワタワタと両手を振った。

 アクシデントが起こったようだ。自称・神であるこの女がここまで取り乱すなんて、何が起こっているのだろう?


「ああもうっ! どうして、ちょっと目を離した隙にこんなことになるというのっ!? 本気でありえないんですけどっ!」


 なっ……!?

 目の前の景色が急速にボヤケていく。

 まるで水面を叩いたような波紋が広がっていき、女の姿も、湖畔の風景も消えていった。


「もうっ! どう修正したら元通りになるのよおおおおおおおおおおおっ!?」


 女の絶叫を最後に、俺の意識が覚醒していく。

 本能的に悟る。どうやら、夢から目覚めようとしているらしい。

 そして、目を覚ましたときには夢の中の出来事を忘れているだろう。そんな予感が確信に変わる。


『ちょ……まだお詫びをもらってねえぞ!? 何が起こっているのか説明を……!』


 俺も抗議の声を上げるが……何者かに足を掴まれて引きずり落とされるようにして、夢の世界から追い出されたのであった。






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