第50話 青海一刀流
「何を勘違いしているのかは知らんが……あの技は俺の我流だ。青海一刀流……お前の家の流派とは無関係だ」
「そんな馬鹿な……だって……!」
「俺はスレイヤーズ王国の出身であり、お前の国に行ったこともなければ、青海一刀流とやらの道場に足を踏み入れたこともない。それとも、お前は道場で俺の姿を見かけたことがあるのか?」
「…………」
ナギサはしばし黙り込んでいたが、やがて俺の胸ぐらをつかんでいた手を離す。
「失礼をした。突然の無礼を許して欲しい」
「……ああ、それは別に構わんが」
俺は若干の残念さを感じながらナギサの身体の上からどく。圧倒的な強さとは裏腹に、意外なほど柔らかく女性らしい感触だった。
もっと堪能しておけばよかったと悔やみながら手を差し伸べると、躊躇いがちにナギサがつかんでくる。そのまま引き寄せて地面から引っ張り起こした。
「事情を聞いても構わないか? 話したくないなら無理にとは言わないが……」
「いや……是非に聞いてもらいたい」
ナギサは己の武器である刀を抱き寄せて胸に抱え、ぽつぽつと彼女がスレイヤーズ王国にやって来るまでの経緯を話し出した。
その内容は大部分がゲームで語られたエピソードと同じものだったが、一部俺が知らない事情も混じっていた。
ナギサ・セイカイは青海一刀流という流派の道場に所属する女剣士だったが、ある日、師範であった父親を含む門下生の大半が殺害されてしまう。
仇を追ってスレイヤーズ王国へと留学してきたナギサであったが、仇討ちとは別に彼女が目指している目標があった。
それは青海一刀流の再興。失われた流派を取り戻すことである。
ナギサにとって青海一刀流は己の父親の極めた剣であり、家族の絆といっても過言ではないものだった。それを取り戻すことは、仇討ちと並んでナギサの人生で重要なものである。
しかし――それは容易いことではない。
ナギサは天才的な才能を持つ剣士であったが、まだ10代と若いのだ。父親の剣の全てを伝授されたわけではなかった。
特に、流派の奥義とされるいくつかの技については、その極意を教えられることはなく、継承を保留されていたのである。
「父は若く心が育っていないうちに過分な強さを得れば、道を踏み外してしまうと言っていた……ゆえに、私が十分な人生経験を積んでから伝授してくれると話していたのだが……」
「伝授するまでに亡くなってしまったわけか……なるほどな」
ナギサの話を聞いて、俺は深々と嘆息する。
冷静な女剣士が我を失ってしまった気持ちがようやく理解できた。
どうやら、俺が先ほど見せた『カウンターパリイ』は青海一刀流の奥義の1つと酷似しているようだ。
父親の死とともに失われたはずの技を、異国で別の剣士が使っている。そんなありえない光景に冷静さを無くしてしまったのだろう。
ナギサが一族の仇を討つためにこの国に来たことは、ゲームでも語られていたことである。しかし、流派の復興やら奥義の失伝やらは裏設定なのか、そんな話は聞いたこともなかった。
こうして事情を聞いてしまうと、このまま決闘が終わって「はい、さようなら」とするのも哀れである。
「青海一刀流という流派は知らんが……今の技であれば、コツを教えることくらいはできる。もちろん、そちらが良ければだが……」
「本当か!?」
「わあっ!」
ナギサが再び距離を詰めてきた。
2つの黒い瞳が爛々と輝いて、俺の顔を覗き込んでくる。
「本当に教えてくれるのか!? あの技を、私に……!」
「お、教えるくらいならもちろん。別に俺に損はないし……」
「何ということだ……ああっ、こんな異国で再び父の剣に出会えるとは……!」
ナギサは感極まったように俺の手を握ってきた。
刀を握り過ぎてタコができた手は固いが、指先は女性らしく細いものである。
「ご伝授、よろしくお願いする。新たなる師よ!」
「師……だって?」
「ああ、教えを乞うのだから、貴方は今より私の師だ! 弟子として、身命を賭してお仕えする所存!」
キラキラと瞳を輝かせるナギサに、俺はどう反応していいのかわからず呆然と立ちすくむ。
少し離れた場所からは、治療が終わったらしく、ウルザとエアリスが並んで歩いてきた。
こうして、フォーレル森林での探索が終了する。
手に入れた成果は目的の紅竜花と、美人でスタイルの良い弟子であった。
――――――――――
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