第6話 模擬実践
午前中、最後の授業は実技科目だった。
授業内容は『対人戦闘』。魔物ではなく、人間と戦う訓練をするための授業である。
体力を使う授業だったが、座学の授業の大半を睡眠に費やしたたおかげで何とか参加することができそうだ。
「うむ。皆、集まったようだな。これより『対人戦闘』の授業を始める!」
校庭に集まった生徒を見回し、科目担当の教師が厳かに授業の開始を宣言した。
この科目はAクラスとBクラスの合同で行われる。2つのクラスの生徒は動きやすい体操服に着替えて整列している。
生徒達の前に立っているのは40代ほどの男性教員だった。
石のように強面な顔立ちの教員はかつて王宮の警護をしていた近衛騎士であり、ケガで片脚が動かなくなったことがきっかけで引退して教職につくことになった人物である。
ゲームにもサブキャラとして登場しており、後に魔物との戦いで生徒を逃がすために戦って落命するという、悲しい役割を与えられている教員だった。
「今さら、説明をすることもないだろうが……この授業では盗賊などの犯罪者と戦う時のため、人間との実戦経験を積んでもらう」
教員はタカのような鋭い眼差しで生徒を順に見やり、口元にいびつな笑みを浮かべる。
「それでは……2人ずつペアを作れ。これから順番に模擬実践を行ってもらう。武器は模擬戦用の刃引きしたものを使用する。魔法は使っても構わんが、くれぐれも相手を殺さないように注意するように。この手の授業では不慮の事故がつきものだが……万が一にも対戦相手を殺害した者は先生が殺すからな。そのつもりで戦闘を行うように」
厳かな教員の言葉に一部の生徒が震え上がる。
この教員……名前はたしか『ジャガート』というのだが、強面な顔のせいで生徒からは鬼のように恐れられていた。
実際は生徒想いの教師であり、さっきの言葉の「私が殺す」というのは彼なりの冗談のようなのだが……残念なことに、下手くそすぎるジョークに気がついた者はいないようだ。生徒らは一様に顔を蒼褪めさせていた。
「……ドンマイだぜ、先生」
同じく悪人顔で損をしている人間としては、この教員は他人のような気がしない。
純粋に生徒のことを考えているだけの教師なのに、生徒から怖がられてばかりいるジャガートの境遇には涙が出そうになってしまう。
「我が主よ、組む相手がいないのならば私と戦おうか?」
周囲のクラスメイトがペアを作る中、ナギサが声をかけてくる。
ナギサとは日常的に稽古をしていた。今さら模擬戦をしても勉強にはなりそうもないのだが……。
「先日、教わった技を見てもらいたい。今日こそは1本取らせてもらうぞ」
「ま……いいだろう。どうせ俺と組みたがる奴はいないだろうからな」
ジャンをはじめとして、一部のクラスメイトは俺が噂されているような悪党ではないとわかってくれている。
しかし、いまだに大部分は恐れており、ろくに話しかけてくることもない。
代わり映えのしない相手ではあるが……ナギサとペアを組むのが無難だろう。
「待ってくれ、バスカヴィル。よかったら僕とやらないか?」
「む……?」
そうかと思ったら、背中に声をかけてくる人間がいた。
振り返ると……そこには主人公であるレオン・ブレイブが立っている。
俺は予想外の人物の登場に、怪訝に眉をひそめた。
「どういう気の吹き回しだよ。お前が俺と戦いたいなんて」
「バスカヴィルには決闘でやられたことがあったからな。今日はリターンマッチをさせて欲しい! 修行して成長した僕の姿を見てくれよ!」
「ナギサさんはあ……よかったら、私と組みましょうかあ?」
レオンに続いて、間延びした声の女子が会話に入ってくる。
眠そうな眼を擦りながら現れたのは、レオンの新しいパーティーメンバーであるルーフィー・アストグロウであった。
毛先にパーマを入れた灰色の髪をサイドテールにしてくくっており、体操服を胸の下の位置で結んでヘソを出した格好をしている。
化粧もしており、全体的にギャルっぽい容姿のルーフィーは、半開きの眠そうな目でナギサのことを見据えていた。
「確か、アストグロウ……だったな。君に私の相手が務まるとは思えないが?」
ナギサが冷たい口調で断言する。
最近はだいぶ人当たりが良くなっているナギサであったが、俺との戦いを邪魔されたことでご機嫌斜めになっているようだ。
「ふうん? ひょっとして、私と戦うことにビビってるんですかあ?」
ルーフィーが間延びした声で挑発じみた言葉を吐いた。
眠そうな顔つきのギャルの口から放たれた思いもよらない言葉に、ナギサが目尻をつり上げて怒りの表情に変わる。
「何だと……それは私に言っているのか?」
「ナギサさん以外にいませんよねえ。まあ、私はBクラスあがりですしい、クラスでも1番の下っ端ですから、負けちゃったら恥ずかしいって気持ちはわかりますけどねえ。いいですよう、怖かったら断ってくれても」
「……面白いではないか。まさか、初めて会話をするクラスメイトに喧嘩を売られる日が来るとは思わなかったな。そこまで言うのなら相手になってやろうではないか。今さら、吐いたツバを飲み込むなよ?」
あからさまな挑発だったが、ナギサには効果があったようだ。
ルーフィーの眠そうな目を睨みつけて、メラメラと闘志の炎をバックに背負う。
どうやら、ナギサとルーフィーが戦うことに決まったようだ。
ヘソ出し体操服のルーフィーの隣で、レオンがうんうんと何度も頷く。
「セイカイさんがルーフィーと戦うのなら、バスカヴィルは僕がもらってもいいよな。構わないだろう?」
「ふん……好きにしろよ。相手になってやる」
俺は肩をすくめて挑戦を受け入れた。
面倒臭い流れではあったものの、レオンの現在の実力を確認してみるのも悪くはない。
はたして、主人公の刃が魔王に届くレベルに至っているのか……俺がここで見定めてやろうじゃないか。
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