第29話 不運からの運命
「ご主人様ああああああああああああああっ!」
「ゼノン坊ちゃまあああああああああああっ!」
下からウルザとレヴィエナの叫び声が聞こえる。
足を藻掻いて絡みついたネットを外そうとするが、ガッチリと足首にくい込んだそれはいっこうに外れる様子がない。
剣で斬ってやろうとするが……これまた災難なことに、逆さ吊りになった際に鞘ごとベルトから外れてどこかに消えていた。
マジックバッグも落としてしまったし、俺が持っているアイテムはさっきまで手の中で弄んでいたドロップアイテムの鱗だけである。非常に貴重なアイテムではあったが……握りしめていたそれが役に立つ状況ではなかった。
俺は空中で逆さ吊りにされながら、下にいる仲間に向けて声を張り上げる。
「王都だ! この国の王都で合流するぞ! 俺は何とかして自力で脱出するから、お前らも……!」
「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」
「生き残れ! 必ず、生きて合流するんだ!」
口にすることができたのはそこまで。すぐにファルコン・ファラオが高度を上げてしまい、2人の姿が見えなくなってしまう。
最後に俺に向けて何事かを叫んでいた気がするが……その声は届かなかった。
「ピュウウウウウウウウウウウウウウッ、ピュウイイイイイイイイイイイイッ!」
ファルコン・ファラオは笛の音のような叫びを放ちながら、大空を飛んでいく。
先ほどよりも随分と速度は落ちているが……やはり戦いによるダメージのせいだろうか。
「そもそも……コイツはどうやって生き返ったんだ?」
空中を揺られながら、俺は疑問を口に出す。
あの時、間違いなくこの怪鳥は死んでいた。デンジャラスポップの討伐証明であるメダルが落ちていたことからも明らかである。
つまり……この怪鳥は1度死んでから、息を吹き返したことになってしまう。
「『不死鳥の卵』のような復活アイテムを持っていた……ありえないな。誰かが死霊魔法を使ってアンデッドとして生き返らせた……誰かって誰だよ」
あの時、あの場所には自分と仲間以外に誰もいなかったはず。
仮にファルコン・ファラオが死霊術によってアンデッドとして甦っているとしても、リンファのような【死霊術士】が魔法をかけた様子はなかった。
「事前に何らかの魔法をかけていたのか? あの怪鳥が死んだら死霊術が発動するように、体内に呪いを仕込んでいたとか……」
「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」
「いや……そんなことはどうでもいいか。さっさと地上に降りる方法を考えないとな」
俺は依然として宙ぶらりんになりながら、このピンチを乗り越える手段を考える。
武器もアイテムバッグは落としてしまったものの……考えても見れば、俺は魔法だって使えるのだ。魔法を使って足に絡みついたネットを切断することは可能である。
「とはいえ……この状況でそれをやったら墜落死するかもしれないな」
正確な高度はわからないが……100メートルの高さはないと思う。
人間が地面に落ちて平気な高さは40メートルほどまでだと聞いたことがある。いくら俺の身体が常人よりも丈夫であったとしても、無傷で済むとはとても思えない。
マジックバッグを落としてしまったことで、ポーションでダメージを回復することもできなくなっている。
そもそも、ここがどこかもわからないのだ。下に降りることができたとしても、食料も水もない状況で砂漠を無事に脱出できる保証はなかった。
「とはいえ……このまま逆さ吊りになっているわけにもいかないか。どこに連れていかれるかもわからないし、このままだと頭に血が昇って爆発しちまう」
世紀の大悪党。バスカヴィル家の現・当主であるゼノン・バスカヴィルの死因が逆さ吊りとは笑えない。
どうにかここから脱する手段を考えていると……反転した視界にとある景色が映し出される。
「あれは……オアシスか!?」
怪鳥の進行方向上に大きな水たまりがあるのが見えた。オアシスのサイズは大きめの公園にある池といったほどである。
オアシスは何故か天幕のようなカーテンで外周を覆っており、その周囲には砂竜を連れた旅人らしき人間達がテントを張っていた。
「
怪鳥がこのまま飛んでいけば、ちょうどオアシスの真上を通ることになる。
オアシスの上でネットを切断して落下すれば、水面に落ちて衝撃を減らすことができるだろう。
行商人と交渉して食料や水を分けてもらい、人が住んでいる町まで案内してもらえば……生き残る可能性は十分にある。
「千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかない……ミスるなよ、俺!」
オアシスの周囲では、接近してくる怪鳥に気がついた行商人らしき者達がわあわあと騒いでいた。ジャンボジェットほどの大きさの鳥が飛んできたのだから当然の反応である。
「シャドウエッジ!」
俺は慎重にタイミングを計り……ここぞというタイミングで魔法を放つ。闇魔法の刃が脚を拘束しているネットを切断した。
「っ……!」
俺は頭から下に落ちていき……大きな水しぶきを上げてオアシスに着水した。
上手い具合にオアシスの中心部分に落ちることができた。それなりの深さがあり、衝撃を十分に減らしてくれる。
(よし、大丈夫だ……生きている……!)
水中に沈みながら、俺はガッツポーズを決めた。
頭部からの落下で首の骨が折れるリスクがあったが……それほど痛みは感じない。ムチウチくらいは起こしているかもしれないが、大きなケガはなさそうである。
(賭けに勝ったな……生きているって素晴らしい!)
両手で水を掻いて体勢を変え、水面から顔を出す。
「プハアッ!」
水面に出ると同時に灼熱の太陽が浴びせられる。
冷たい水の感触が心地良い。全身の汗が洗い流される心境だ。
「気持ちいい。最高だな……まさに生き返った心境だな!」
オアシスの中央部分はかなり深かったが、浅瀬に向かって泳いでいくとちゃんと足がついた。
俺は生きている喜びと爽快感に包まれながら、オアシスの縁に向かって歩いていき……
「ヒッ……!?」
「え……?」
水に浸かっているのが自分だけではないことに気がついた。
「あ……?」
オアシスには2人の人間が水浴びをしていた。それも若い女性である。
俺と同じか、少し下くらいの年齢の少女達。一方は引きつった顔でこちらを凝視しており、もう一方はきょとんとした表情をしていた。
2人とも水浴びをしていたため、一糸纏わぬ全裸の姿になっている。
オアシスの外周をわざわざ天幕で囲っていたのは、彼女達の裸体を周囲にいる人間に見せないためだったのだ。
「あ、貴方、いったい何処から出てきて……!?」
「あなたは、まさか……?」
「…………」
背の高いスレンダーな身体つきの少女。
小柄だが、なかなか発育の良い身体つきの少女。
2人から同時に驚きの視線を向けられて……俺は無言でお手上げをした。
言い訳の出来ない状況で、せめて敵意がないことだけでもアピールしようとした結果である。
それにしても……
「……どうして君がここにいるんだよ」
俺は声に出すことなく、口の中でつぶやいた。
翡翠色の鮮やかな髪を水で濡らした2人の少女。
その一方は、俺がこの国に来た目的であるサブシナリオのヒロイン──シャクナ・マーフェルンだったのである。
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