第56話 持ち主を選ぶ指輪


「40階層突破。モンスターハウスが出てきてどうなることかと思ったが……どうにか乗り越えることができたな」


 不定形の暗闇が消滅したのを確認して、俺は安堵から肩を落とした。

 正直……このダンジョンに入ってから一番の難関だったと思っている。一歩間違えれば仲間の誰かが命を落としていたかもしれない。


 それでも、乗り越えることができた。

 誰一人として犠牲者を出すことなく、ボスモンスターを撃破することに成功したのだ。


「よく頑張ったな、みんな。作戦通りに見事な戦いぶりだったぞ」


「……貴方に褒められると気味が悪いわね。言われたとおりに動くだけなのだもの。当然じゃない」


 シャクナが腕を組んでそっぽを向いた。

 そっけない態度であったが、頬がかすかに赤く染まっており、褒められて照れているのかもしれない。

 一方で妹のリューナの方は素直に喜んでいるらしく、穏やかな笑顔を向けてくる。


「はい、頑張りました。とはいえ……バスカヴィル様からあの魔物の情報を教えられていなければ、私達は全滅していたことでしょう。まさかあそこで魔眼を使ってくるとは思いませんでした」


「まあ、リューナにはどちらにしても効かなかっただろうが……何事もなくて何よりだ」


 リューナは盲目。相手と目を合わせることで発動する魔眼はそもそも通用しない。

 とはいえ……シャクナとハディスは状態異常になっていた可能性が高く、事前情報が役に立ったのは事実だろう。


「さて……それじゃあ、そろそろ成功報酬と顔合わせといこうか。リューナ、今度はお前が開けるといい」


 すでにボス部屋の中央には宝箱が出現している。40階層のクリア報酬だ。


「あ、私でよろしいのですか?」


「構わん」


「リューナ、こっちよ。私の手を持って」


「これですね? よいしょ……」


 盲目のリューナの手を引いて、シャクナが宝箱のところまで案内した。リューナが手探りで宝箱の蓋を掴んで押し開ける。


「これは……指輪でしょうか?」


 リューナが宝箱に入っていた小さなアクセサリーを取り出して首を傾げる。

 それは金細工の指輪だった。台座のところには十二星座の『乙女座』のマークが彫られており、白いダイヤがキラキラと輝いている。


「ああ。『持ち主を選ぶ指輪』だな」


 俺はリューナの疑問に答えた。


 持ち主を選ぶというと大それたもののように聞こえるのだが、40階層のクリア報酬であるこの指輪は宝箱を開ける人間が就いているジョブによって変わるのだ。

 その種類は12種類。それぞれが十二星座に対応しており、【神官】や【巫女】が宝箱を開けた場合には『乙女座の指輪』が出てくる。

 指輪の効力は12種類でそれぞれ変わり、各々の職業に合った効力を持っていた。

 さらに12種類の指輪をコンプリートすることでシークレットの『蛇使い座』の指輪が出てくるなど、なかなかのやりこみ要素があったりする。


「プレゼントが欲しいって言ってただろ? それで満足しておけよ」


「はい……良ければ、指にめていただけませんか?」


「……俺がか?」


 リューナが指輪を差し出してきた。

 まさかとは思うが、それを俺に嵌めろと言うのだろうか?


「……まあ、別にいいけどな」


 変に拒むのも、かえって意識しているようでおかしな空気になってしまう。

 俺は差し出された指輪を受け取り、リューナの右手を手に取った。


「あ……」


「これで良いだろう? 満足したかよ」


 そして、間髪入れずにその人差し指に指輪を入れる。

 ゴールドのリング。ダイヤの宝石がリューナの人差し指でキラリと輝く。


「ありがとうございます……とても嬉しいです」


「別に構わんが……そんなに照れるようなことかよ」


 リューナが頬を朱に染めてはにかんでいる。

 あくまでもドロップアイテムを装備させただけ。何をそんなに過剰な反応をしているのだろうか。


「ま、まさか右の人差し指に指輪を付けるだなんて……」


「…………」


「あ? 何の話だよ」


 何故か横で見ていたシャクナまでもが戦慄の表情をしており、少し離れた場所にいるハディスも目を見張っていた。


「おいおい……俺は嵌めやすそうな指を選んだだけなんだが……」


 エアリスのように借りパクした指輪を結婚指輪と勘違いされないようにと無難な一指し指を選んだつもりなのだが……。


「この国では男性が女性に求婚をする際、人差し指に付けるリングを贈るんですよ?」


「は……?」


「つまり、バスカヴィル様は私に求婚したことになりますね。ふふっ……とても嬉しいですわ」


「いや、ただの偶然に決まっているだろうが!? 結婚指輪といったら左の薬指だろうが!」


 叫びながら指輪を取ってやろうと手を伸ばすも、リューナは奪われまいと姉の背中の後ろに逃げ出した。


「はい、そうでしょうね。バスカヴィル様は外国人ですから、こんな習慣は知らぬことでしょう。ですが……私はバスカヴィル様がこの指にリングを嵌めてくれたことを忘れません。何があろうと決して」


 リューナはそう言い切って、大切そうに指輪を嵌めた右手を胸に抱く。


「クッ……」


 俺は今さら指輪を取り返すこともできず、好意を隠すことなくはにかんでいる巫女の美貌から目を逸らすのであった。






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