第55話 暗闇の悪魔
「さて……臭い飯を食って一休みしたところで、そろそろメインディッシュにありつくとしようか」
保存食を食べて休憩を取り、程よく体力と魔力が回復したところで切り出した。
その気になればここで一晩を過ごすこともできるが……流石に石の床と壁で覆われた部屋で眠りたくはない。
硬い床に寝具もなしで眠ったら、かえって身体を痛めてコンディションを崩してしまうだろう。
「このままボスモンスターを倒して、休憩部屋で存分に眠るとしよう。準備はいいよな?」
「ええ、構わないわ!」
「大丈夫です。回復は任せてください」
シャクナとリューナ……翡翠の髪の姉妹が頼もしく了承する。
その後ろに立ったハディスもまた、無言で頷きを返してくれた。
「さて……事前に話しておいた通りの作戦で行くが、予定していたよりも俺達は消耗しているから気を付けろよ? 命は一つ。死んだらお終いだぜ?」
「そんなことは言われるまでもないわ! いちいち命令されなくても、リューナのことは私が守る……貴方は別に死んでも構わないけどね!」
「そうかよ。そりゃあ、頼もしいね」
シャクナの吐いた毒に肩をすくめながら、俺はボス部屋の扉に向き直る。
「それじゃあ……戦闘開始だ!」
扉を開くと、これまで通過してきたボス部屋と同じような構造の部屋が広がっていた。
異なっているのは部屋の中央にいる「敵」の姿。そこにいたのは虫や獣の化け物ではなく、不定形の黒い闇がぼんやりと浮かんでいる。
あのぼんやりとした暗闇こそが40階層のボスモンスター。姿形なき闇の形状をした魔物である。
「40階層ボスモンスター、『凝る暗黒』――クラフォメット。姿形だけ見たらゴーストに近いが、あれでも悪魔系の魔物だ。実体もあるからちゃんと物理攻撃も通る。見た目に惑わされないようにガンガン攻めるぞ!」
『AJTIOE*G*EFEK*GVJ+PGEJWE*GJ+EWGOEI!』
わけのわからない音声を吐きながら不定の闇が襲いかかってきた。人間サイズの黒い球体から無数のトゲが吐き出される。
「天使の加護よ、我らを守り給え……『サンクチュアリ』!」
すぐさまリューナが結界魔法を展開させる。白い半球状のバリアーが黒いトゲを弾き飛ばして敵の攻撃を無力化させた。
このモンスターは戦闘開始直後、いきなり全体攻撃を放ってくる。
ゲームであれば回避不可能で喰らってしまうのだが、事前にリューナに話を通しておいたおかげで回避することができた。
「よし、反撃だ!」
敵の攻撃が止んだ途端、俺達は走り出した。
右側から俺、左側からシャクナが、攻撃直後にフリーズした敵に向けて肉薄する。
「黒狼斬!」
「剣の舞!」
『AGAERGE$EG#$T!』
クラフォメットが人間の耳では聞き取れない音域の声で叫んだ。
顔もなければ手足もない不定形の暗闇であったが、とりあえずダメージは通っているようである。
「このまま畳みかけるぞ! 反撃の隙を与えるな!」
「当然! 貴方こそ遅れないでね!」
『A$WGYW#HTRJ%&%1#!!』
不定形の暗闇から漆黒の触手が生えてきた。
数本の触手がムチのようにしなって襲いかかってくる。俺とシャクナは触手を避けながら相手の懐に潜り込み、連続攻撃を叩きこむ。
クラフォメットは明確な形がないせいで攻撃の予備動作が読みづらい。次に何を仕出かしてくるのかわからない『初見殺し』のモンスターである。俺は余裕で相手の攻撃を避けることができていたが、シャクナは何度か被弾している。
直撃こそないものの、身体のあちこちから血がにじんでいた。
昨日のうちに攻撃パターンを教えていたから辛くも躱すことができているが、事前情報なしで戦っていたら、シャクナはとっくにやられていただろう。
「無理するな、ダメージを受けたら下がって回復しろ」
「クッ……どうして貴方は当たってないのよ! 私ばっかり怪我をして、負けたみたいじゃない!」
「知るか。くぐった修羅場の数が違うってことだろうよ!」
「ひゃっ!」
クラフォメットの身体から槍のように鋭い暗闇が突き出してきた。
俺は剣で敵の攻撃を叩き折ってシャクナを助ける。もしも俺が助けなければ、シャクナの褐色肌の身体は串刺しになっていたことだろう。
「ほら、下がれ下げれ。回復したら攻撃魔法で援護しろ。もうじき
「うー……しょうがないわね! 言うとおりにしてあげるわよ!」
シャクナが悔しそうに呻きながら後方に下がる。事前に渡しておいたポーションを飲んで傷を癒す。
ハディスは後方で大盾を構えてリューナのことを守っている。これで前衛は俺一人になってしまい、クラフォメットの攻撃が集中してくる。
「ここからが修羅場……命がけの闘争だ!」
『A‘GRPGJ’OGVJE」PTIE)FHGG*!!』
クラフォメットが闇の弾丸を撃ち込んできた。闇属性魔法――『ダークブレット』である。
「鬱陶しい!」
こんな攻撃は躱すまでもない。
闇耐性が強い俺にとって、闇の下級魔法など恐れるに足りなかった。
弾丸を喰らいながらクラフォメットを斬りつけると、相手も返す刀で闇の槍で攻撃してきた。
「フッ!」
敵を蹴りつけながら下がって刺突を回避する。
近距離からの攻撃を回避するも、クラフォメットが今度は触手のムチで攻撃してきた。
先程はかすらせることなく躱すことができたが、シャクナが後方に退避したことで的が俺だけに絞られている。
今度は躱しきれず、胴体にムチの一撃を喰らってしまった。
「グッ……!」
『Ag@rjewga94GERG#qg!』
「舐めるな!」
クラフォメットが体当たりで押し潰そうとしてくる。
ゴロリと床を転がって不定形の暗闇を避け、立ち上がりざまに斬撃で攻撃した。
「サンダーボルト!」
『AHWHHWhrsgs$TrGH#QHsgrH%Wwy!?』
シャクナが雷魔法で援護射撃を放ってきた。
雷撃に打たれたクラフォメットが形のない暗闇の肉体を激しく震わせ、一際大きな悲鳴を上げる。
『AAGGGAGAAAAAGAFADFAFAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
すると……暗闇の悪魔に異変が生じた。
球体の暗黒の中心が
さらに黒く凝った暗黒からカタツムリのような触角が生えたかと思うと、そこにも目玉が現れた。
「来た……! リューナ、構えろ!」
「はい!」
それは待ち望んでいた攻撃。
クラフォメットが一定以上のダメージを受けた際に放ってくる大技だった。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
中心の単眼。突起状の複数の目。
それぞれの瞳から妖しげな光が放たれ、俺達に襲いかかってくる。
その眼光はまさに魔眼。
中央の眼球から放たれたのは『即死』の効果が込められており、周囲の突起の眼球には毒、麻痺、火傷、凍り、石化といった状態異常が付与されていた。
即死攻撃の成功率は10%。状態異常はそれぞれ50%。おまけに回避不可能の全体攻撃である。
よほど運が良くなければ、高い確率でいずれかの効果にはかかってしまうだろう。
「だが……俺には即死、状態異常を回避するスキルがある。そして、リューナには……!」
「ミラーシールド!」
リューナが事前に指示しておいた通りに魔法を発動させる。
結界魔法の一つ――『ミラーシールド』。
序盤で覚えることができる魔法なのだが、防御効果が薄くて中盤以降は使う機会がなくなる防御魔法。
しかし、この魔法で生み出された障壁にはいくつかの攻撃を反射させる効果があるのだ。
『AGRBENJW$%HUNWJW#HAEHh3qyh#$H#WQYH!?』
リューナが生み出した鏡の盾によって、クラフォメットが放った魔眼の光が反射される。
盾を作ったリューナはもちろん、彼女の背後に回り込んでいたシャクナとハディスも無事だった。
不思議なことに、魔眼を持ったモンスターには状態異常耐性がないことが多い。
ペルセウスと戦ったメデューサのように、クラフォメットの不定形の肉体が石化していく。
「反射の対象となる攻撃の一つが魔眼。パーティー壊滅必至の大技が下級魔法で回避されるとか、悪夢でも見たような気分だろうな」
「よし、反撃ね! 一気に終わらせるわよ!」
「承知!」
シャクナとハディスが鏡の盾から飛び出してきて、石化した悪魔に攻撃を浴びせる。
「ツイてなかったな。死んでいいぞ?」
俺も二人に続いて剣を振りかざし、石化した悪魔に叩きつけた。
40階層攻略完了。
誰一人欠けることなく、俺達はまた『サロモンの王墓』のさらに奥深くへと進攻したのである。
――――――――――――――――――――
「異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?」の連載を再開いたしました。
改めまして、こちらの作品をどうぞよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます