第69話 怒りと殺意
目の前に現れた2体の異形。
トカゲの背中に蝶の翼が生えた悪魔――『不死蝶』バタックス。
宙に浮かんだ魔法陣から牛の頭部が生えている悪魔――『賢陣』ランダリオン。
いずれも下層の守護者だけあって恐ろしいほどの威圧感があり、単体でも容易に撃破することは難しいボスモンスターである。
「ボス2体がかりって……そんな無茶でしょう!? さっきの敵だって4人がかりでギリギリだったのに、私達は2人しかいないのよ!?」
現れた2体の怪物を前にして、シャクナが戦慄に身体を震わせる。
50階層のボスモンスターである『堕天使』ヴェリアルもかなりの強さを持った強敵だった。
それと同等以上の強さを持った悪魔が2体。悪夢としか思えないような状況である。
理不尽な要求に声を荒げるシャクナに、サロモンも困ったように肩をすくめる。
「ま……有り得ない要求をしているのはわかっているけどね。だけど、20階層分の攻略をショートカットしてあげるんだから、ボス2体を同時に相手にさせるくらい試練の難易度を上げないと天秤が釣り合わないんだよ」
「でも……こんなのってないわよ」
「強制はしていないよ。この2体を倒せれば60階層と70階層のそれぞれの秘宝をあげる。これが僕にできる最大限の譲歩だ。僕だって邪神に復活して欲しくはないからね」
サロモンは天井を仰いで目を閉じる。
試練を受けるのも勝手。他の方法を探すのも勝手。完全にこちらに選択権を投げ渡してきた。
俺の見立てではあるが……60階層と70階層、それぞれのクリア報酬を手に入れることができれば、千載一遇の勝機を手にすることができる。
ルージャナーガとヴェイルーンを打ち倒して儀式を打破し、リューナが生贄にされるのを防げるはず。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……いや、虎の穴というよりもそのまま悪魔の巣か」
「ねえ……どうするの? 私達、この悪魔と戦って勝てるの?」
シャクナが不安げに袖を引いてくる。
可愛い妹のためならば何だってする覚悟があるお姉ちゃんだったが……さすがに上級悪魔2体の威圧感に腰が引けているようだ。
臆病だとは思わない。悪魔が放っているオーラは、人間に対して根源的な恐怖を与えるもの。どれほど気丈な人間であっても、心を折られずにはいられないのだから。
「ああ、やるよ。コイツらを潰してクリア報酬を手に入れる。他に方法が思い浮かばないからな」
だが……それでも、俺は断言した。
たとえどれほど無茶な試練であったとしても、他に手段がないのであればそれを選択せざるを得ない。
リューナを見捨てるという選択肢がない以上、サロモンの要求を呑むほかになかった。
「そう……わかったわ。私も戦うわ」
シャクナは顔を青ざめさせながら、それでもしっかりと頷いた。
格上の悪魔に対して怯えた様子のシャクナであったが、妹への愛情が優ったようだ。震える手でシャムシールの柄を握りしめて心を奮い立てようとする。
「相手は2体いるから、1体ずつ受け持ちましょう。先に倒した方がもう一方に加勢するのよ」
「いや……必要ない」
「え?」
「この悪魔どもは俺だけで殺る。お前は後ろに下がっていろ」
「ちょ……何を馬鹿なことを言ってるのよ!? 一人で勝てるわけないでしょう!?」
シャクナがもっともなことを言って詰め寄ってくる。
「この悪魔はさっきの堕天使よりも強いんでしょう!? さっきも4人がかりでようやく勝てたのに、貴方だけでどうにかなるわけないじゃない!」
「……なあ、シャクナ。俺はわりと怒っているんだよ」
「え……?」
「ルージャナーガに怒っている。ヴェイルーンに怒っている。何よりも……目の前で女を攫われた自分の間抜けさに殺したいほど腹を立てている!」
俺は静かな口調で内心を吐露して、奥歯を軋むほどに噛みしめた。
「このままじゃ怒りでどうにかなってしまいそうだ……せっかく、目の前に憂さをぶつける相手が現れたんだ。好きに殺らせろよ」
「ッ……!」
シャクナが息を呑み、怯えたように一歩二歩と後ずさる。
召喚された悪魔を目にしたときよりもビビっているようだが……そんなに俺は怖い顔をしているだろうか?
「へえ……すごい殺気。まるで人間のものとは思えないな」
抑えきれない殺意を漏らした俺に対して、サロモンも驚いたように目を見張る。
「とはいえ、感情で差が埋まるほど僕の悪魔は弱くはないよ? 1人で戦うのは無理だと思うけどね?」
「…………」
「聞く耳持たないってことね。いいよ、好きにするといいさ」
無言で剣を抜いた俺に、サロモンも興味深そうな笑顔になった。
俺は視線でシャクナを下がらせ、数メートルの距離を取って2体の悪魔と相対する。
EXダンジョン下層のボスキャラである2体はいずれも強敵。現在の俺では1体ずつでも勝てるとは断言できない相手だった。
『シャアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『RyUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!』
悪魔の口から威嚇するような奇声が放たれる。
襲いかかってくる様子はない。どうやら、先手を譲ってくれるようだ。
俺は溶岩のように煮えたぎっている怒りと殺意を声に込め……全力で叫んだ。
「悪魔だろうが邪神だろうがぶち殺す! オーバーリミッツ――冥将獄衣!」
本日、2度目の発動。
地獄の蓋が開いたような暗黒のオーラが俺を包み込み、最強の戦闘形態へと変身したのである。
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