第16話 金の卵


「エイッ! 当たれっ!」


『ピギュウウウウウウウウウッ!』


 モニカが振るった蛇腹剣によってオレンジ色のスライムが撃破された。

 破裂したスライムがドロドロに溶けて地面に広がり、ドロップアイテムの『核』部分だけが残される。


『キイイイイイイイイッ!』


「モニカさん、後ろです!」


 エアリスが叫んだ。

 別の方向から大きな蝙蝠が迫ってくる。モニカは弾かれたように振り返り、よどみのない動きで蛇腹剣を操作した。


「ヤッ!」


 手首のスナップによって蛇腹剣が向きを変え、大蝙蝠の額に突き刺さる。

 あらかじめ弱らせておいた大蝙蝠がバタリと地面に落ちてピクピクと痙攣し……やがて動かなくなった。


「やった! 勝ったよ!」


 戦いが終わり、モニカが喜びに飛び跳ねる。


 ダンジョン探索開始から一時間。

 最初こそ緊張して動きも硬かったモニカであったが、随分と肩の力を抜いて戦うことができるようになっていた。

 扱いづらいはずの蛇腹剣にも慣れてきた様子で、今ではほとんど狙いを外すこともなくなっている。

 エアリスの補助魔法があれば、この階層の敵くらいなら一人でも倒せることができるくらいに強くなっていた。


「【村人】は魔法も武技も使えない代わりに、成長速度が他のジョブよりも速い……とはいえ、この子の成長ぶりはちょっと異常だな」


 俺は呆れ混じりにつぶやいた。


 モニカは戦いの才能がある。

 いや……ハッキリ言って、普通に天才ではないかと思えるような戦闘のセンスがあった。

 ただ闇雲に敵を攻撃するのではなく、全体を俯瞰して戦況を把握し、どの敵を優先的に倒すべきかキチンと判断して攻撃している。

 今日、ダンジョンに初めて潜ったとは思えないような仕事ぶりは、目を見張るものがあった。


「さすがは勇者の血筋。あるいはレオンの妹といったところか。この調子なら、今日中には剣魔学園ウチのモブ学生くらい余裕で追い越せそうだな」


「はい、モニカさんはとても素質があるようです。いずれは立派な騎士や冒険者になることでしょう」


「うむ、青海一刀流の門下生にしたいくらいだ。ひょっとしたら、ブレイブよりも剣才に恵まれているのではないか?」


 エアリスが笑顔でモニカを称賛する。ナギサも冗談めかしたことを言いながら、感心したように頷いていた。


「むう……強敵出現の予感ですの」


 一方で、ウルザが不満そうに唇を尖らせている。

 ツリ目がちな瞳に警戒を込めてモニカを見つめ、何故か自分の胸をわしわしと触っていた。


「小さくて愛らしくて、おまけに戦いの才能まである。ウルザとキャラが被っていて侮れません……ご主人様の貧乳ロリ枠が激戦区になっていますの!」


「だから、そんな枠は最初から存在しねえんだよ! ついでにキャラも被ってない!」


「あうっ!」


 ウルザの頭を強めにはたいておく。

 悪魔のアミュ・アガレスの登場。そこから間を置くことなく現れたモニカという少女に対して、ウルザはかなり警戒しているようだ。

 百歩譲ってアミュは合法ロリだから良しとしても、モニカは普通に子供だ。手を出すことなどあり得ないのだが。


「お兄さん、ドロップアイテムを回収してきたよ! こっちの袋に入れたら良いんだよね?」


 スライムの核を回収して、モニカがピョンピョンと駆け寄ってくる。

 まるで子犬のような少女である。お尻にブンブンと激しく揺れる尻尾が見えるようだ。

 少し前から、モニカは俺のことを「お兄さん」などと呼ぶようになっていた。ちなみに、レオンのことは「お兄ちゃん」と呼んでいる。


「ああ、それで問題ない。それにしても……随分と活き活きしているな。ここが何処だかわかっているのか?」


「うん、もちろん! ここがダンジョンの中だってことはわかっているんだけど……不思議と身体が軽くて、とっても動きやすいんだ! まるで背中に羽でも生えているみたい!」


「へえ……怖がるどころか、その反応は頼もしいな。冒険を楽しむのも結構だが、本来の目的を忘れないでくれよ?」


「うん、わかってる! レオンお兄ちゃんは私が助けるよっ!」


 モニカが両手で蛇腹剣の柄を握りしめ、「むんっ!」と気合を入れる。

 本当に大した変わりようだ。

 昨日は兄が死んでしまっているのではないかと涙まで浮かべていたというのに、ダンジョンに潜って戦うようになってから、まるで水を得た魚のように元気になっていた。


「さあ、どんどん進もっ! どんどん魔物をやっつけるよ!」


「……戦いの中に活を見出す。これも勇者の才能なのかもしれないな」


 メソメソと泣かれるよりもよっぽど良い。

 俺は腕を引いてくるモニカに逆らうことなく、ダンジョンを奥へ奥へと進んでいくのであった。

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