第35話 巌窟王の寝所

『ダンブレ』は、ダンジョンを攻略しながらヒロインと絆を深めていくことがテーマのRPGである。そのため、舞台となっているスレイヤーズ王国にはいくつものダンジョンがあった。

『巌窟王の寝所』もその1つであり、洞窟型のダンジョンにはゴーレムなど岩石型モンスターが多数生息している。

 ウルザは鬼棍棒という打撃系の武器を使用するため、岩石型モンスターに対して特攻を持っている。力を振るうには絶好の場所だろう。


「潰れろ、ですの!」


「ギャアッ⁉」


 ウルザが棘のついた棍棒を振り上げて、目の前のモンスターに叩きつける。石の装甲を持つ大きな蜥蜴の頭部が破壊されて、ぐったりと地面に横たわった。

 ウルザが戦っているのはストーンリザードという岩石型モンスターで、『巌窟王の寝所』の上層から中層にかけて多数生息している。

 決して弱いモンスターではないが、ウルザは一撃で危なげなく倒している。打撃攻撃という岩石型モンスターの弱点を突いているとはいえ、なかなか見事な戦いぶりだった。


「やりましたの、ご主人様!」


「ああ、よくやった」


 華やいだ声を上げて報告してくるウルザ。俺は白い髪の頭を軽く撫でる。

 周囲にはストーンリザードの死骸が十数匹ほど転がっていた。倒したのは全てウルザであり、俺は手出すまでもなかった。

 さすがは勇者を叩きのめしただけのことはある。改めてウルザの強さに感心した。


「エアリスのパーティーとはなかなか会わないな……どうやら、もっと深い階層まで潜っているようだ」


『巌窟王の寝所』は全10階層のダンジョンである。現在はその中腹にあたるのだが、まだエアリスらに追いつくことはできていない。

 メインヒロインであるエアリスはもとより、あの3人組の男子生徒もそれなりに優秀なようだ。もっと深くまで潜っているのだろう。


「もう少し深くまで潜ってみるか。魔物も強くなってくるから気をつけろよ」


「わかりましたの」


 階段を降りて下の階層に行くと、今度は石でできた熊のモンスターが出現した。


「ストーンベアー……! こいつは強いぞ!」


 俺は剣を抜いて、切っ先を敵に向ける。ようやく歯ごたえのある相手が出てきた。ここはウルザだけに任せておけない。俺の出番だろう。

 そう思って前に出ようとするが、それよりも先にウルザが飛び出した。


「はらわたぶちまけろ、ですの!」


「あ……」


 ウルザの鬼棍棒がうなりを上げて、ストーンベアーの右脚を粉砕する。モンスターの体勢が崩れたのを見て、ウルザが跳ねる。


「ぶっころですの!」


 ウサギのように飛び上がったウルザは、ストーンベアーの頭部を鬼棍棒で叩き割る。

 石の巨体が地面に倒れて、そのまま動かなくなってしまった。


「やりましたの、ご主人様-!」


「…………そうか」


「ほめてほめて」とばかりに走り寄ってくるウルザに、俺はなんとも言えない微妙な声で応じる。

 ストーンベアーは序盤ではかなり手こずるモンスターのはずなのだが、ウルザはこれまた余裕で倒してしまった。

 どうやらウルザのポテンシャルは俺が思っていたよりも高いようである。中盤の戦士職くらいはあるのではないか。


「頼もしい限りだが……俺の鍛錬にはならないな」


 今回、このダンジョンにやって来たのはエアリス・セントレアのことが気になっていたからだったが、可能であればスキルの熟練度を上げておきたいとも思っていた。しかし、このままウルザの無双状態では俺の鍛錬にならない。

 ガーゴイルとの戦闘以来、まともに強い敵と戦っていない。下層で強力なモンスターと遭遇する前に、少し肩慣らしをしておきたいところなのだが。


「仕方がないな……ウルザ、次の戦闘では俺が良いというまで下がっているように」


「ええっ!? そんな、ご主人様を危ない目に遭わすわけにはいきませんのっ!」


「これは命令だ。拒否は許さない」


「あうう……」


 ウルザは小動物のように瞳をウルウルとさせて、上目遣いで見つめてくる。

 そんな目で見られてもダメなものはダメだ。俺は溜息をついて、肩をすくめた。


「そんなに俺が信用できないのか。俺はお前に守られなければ何もできないような雑魚じゃないぜ?」


「ガアアアアアアアアッ!」


「お?」


 ちょうどいい場面で新しいストーンベアーが現れた。

 俺の力を見せてやるとばかりに前に出る。


「フッ!」


「ガアッ!?」


 振り下ろされた爪を軽やかなステップで躱し、相手の胴体を剣で斬りつけた。

 怒ったストーンベアーがさらに攻撃を放ってくるが、こいつの攻撃モーションはすべて把握している。相手の攻撃をかすらせもせず、軽々と避けていく。


「グルルルルルルッ!」


 ストーンベアーが四つん這いになり、グッと後ろ脚に力を込める。

 これは突進攻撃のモーションだ。俺はあえて背後に壁があるような位置に移動した。


「ガアアアアアアアアッ!」


 ストーンベアーが勢いよく突進してきた。ヒグマは時速40キロで走ることができると聞いたことがあるが、こちらも負けてはいない。かなりの勢いである。


「よっと」


「ギャンッ!?」


 しかし――俺はひょいと上方に飛んで、突進をいなした。勢いを緩めずに突き進んできたストーンベアーが、背後にあった壁に頭から衝突する。

 頭をぶつけてふらふらとよろめくストーンベアー。俺はその背中に、上から容赦なく剣を突き刺した。


「ガッ……」


 首の後ろ――弱点部位を攻撃されたストーンベアーが倒れ込み、それきり動かなくなる。

 俺は剣をしまい、ウルザを振り返った。


「どうだ。心配いらなかっただろ?」


「流石ですの! ご主人様!」


 ウルザが賞賛の言葉とともに抱き着いてきた。そのまま俺の胸に顔をうずめて、匂いでも嗅ぐようにスンスンと鼻を鳴らす。

 随分と大げさな反応である。いったい、どれほど俺が情けない奴だと思っていたのだ。


「やっぱりご主人様はお強いですの。私の主にふさわしいですの!」


「お前に言われるとちょっと嫌味だな。まあ、悪い気分ではないが」


 しかし――魔法を使うことなくソロで中級クラスのモンスターを倒したのだ。多少は自分の強さに自信を持っても良さそうだ。

 俺はまだスキルの熟練度という点では未熟なのだが、ゲームの知識や技能のおかげで格上の相手でも優位に戦うことができている。

 自分よりも強いモンスターを倒せば、それだけ熟練度も上がりやすい。この調子ならば、すぐにダンジョンを踏破できるくらいまで成長することができるはずだ。


「とはいえ……油断は禁物だな。この程度じゃ魔王や側近には通用しない。それに……ダンジョンには『デンジャラス・エンカウント』の心配もあるからな」


 己に驕らないように言い聞かせて、俺はウルザを引き連れてさらに奥へと進んで行った。

 それから何度かストーンベアーや、それよりも強いロックゴーレムなどのモンスターに遭遇したが、俺とウルザで問題なく倒すことができた。

 さらに奥まで潜っていき、やがて俺達は『巌窟王の寝所』の8階層まで到達する。ダンジョンの最深部は近いのだが、まだエアリスの姿はない。

 ひょっとしたら、どこかで追い抜いてしまったのかもしれない。すでに彼らはダンジョンの外に引き返しているのではないか。

 そんなふうに考えていたところで、ダンジョンの奥から誰かの悲鳴が聞こえてきた。

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