第36話 聖女の犠牲
「きゃああああああああああっ!」
「っ……!?」
ダンジョンの奥から空気を切り裂くように悲鳴の声が響いてきた。甲高い女性の声である。
俺とウルザが声がした方向を向いた。引き上げるべきか考えていた矢先の悲鳴に、揃って目を険しくさせる。
「クソッ!」
「何であんなモンスターがいるんだよ!」
声がした方向から3人組の少年達が走ってきた。鎧を身に着けて武装した彼らの顔には見覚えがあった。数時間前に学園でエアリス・セントレアをナンパ……もとい勧誘していた少年達だ。
少年達は俺達の姿にギョッとした顔になったが、構わず横をすり抜けていこうとする。
「シャドウ・バインド」
「うわあっ!?」
しかし、俺が放った魔法によって動きを止めることになった。足元から影の触手が這い出してきて少年達を拘束する。
「おい、お前ら。ちょっと止まれ」
「お、お前はバスカヴィル⁉ どうしてお前が……!?」
「そんなことよりも質問に答えろ。どうしてお前らがここにいる? それに、彼女……エアリス・セントレアはどうした?」
「お、俺達はアイテムと素材集めのためにダンジョンに潜ってただけで……」
「し、しょうがなかったんだ! あんな強いモンスターが出てくるなんて!」
「そうだ! 置いていくつもりなんてなかったんだ! だけど……」
「チッ……」
俺はすぐに状況を察して、舌打ちをした。
どうやら彼らは予想外に強力なモンスターと遭遇してしまい、エアリスを残して自分達だけで逃げだしてきたのだ。
「行くぞ、ウルザ!」
「はいですの!」
俺はすぐさま踵を返して、ダンジョンの奥へと向かおうとする。
回復職であるエアリスが、たった1人で窮地を脱して来られるとは思えない。すぐに駆けつけなければ命に関わるだろう。
拘束された少年達を放っておき、そのまま奥へと進もうとする。
「ま、待ってくれよ!」
「この魔法を解除してくれ! 逃げられないじゃないか!」
「知ったことか。馬鹿が」
俺は吐き捨てて、振り返ることなく走って行く。
この辺りのモンスターはあらかた倒してしまっている。運が良ければ、拘束魔法の効果時間が切れるまで無事でいられるだろう。
運悪くモンスターに見つかってしまったとしても、仲間を……それも強引に勧誘した女性を見捨てて逃げ出すような連中の命などどうだっていい。
俺は迷うことなく、奥へ奥へと進んで行った。
しばらく進んで行くと、少し開けた場所に出る。
そこにいたのはエアリス・セントレアと、1体のモンスターだった。
「あれは……ギガント・ミスリルか!」
見覚えのあるモンスターの姿に、俺は奥歯を噛んで唸った。
視線の先では輝く青銀色のゴーレムが、エアリスめがけて拳を振り下ろしている。
エアリスは聖魔法の1つである『サンクチュアリ』という魔法を使用しており、半球状のバリアーによって敵の攻撃を防ぎながら必死な様子で祈りを捧げている。
サンクチュアリは聖属性の僧侶が使用できる結界で、一定時間相手の攻撃を防ぐことができる魔法である。
強力な防御魔法であったが、結界に守られている間は動くことも他の魔法を使用することもできず、効果時間も長くはない。
ギガント・ミスリルが繰り返し結界に拳を叩きつける。すでに半透明のバリアーは消えかかっており、効果時間が残っていないことは明白だった。
「ダークブレット!」
「ガッ?」
黒い弾丸がギガント・ミスリルの頭に着弾する。
初級魔法による攻撃は目立ったダメージにはなっていないが、注意を向けることには成功した。青銀色のゴーレムは結界を殴るのをやめて、こちらに顔を向けてきた。
「貴方は……バスカヴィル様!?」
突然の闖入者に、エアリスが顔を上げて驚きの声を上げた。
大きな瞳がこれでもかと見開かれ、少し離れた場所にいる俺を凝視している。
「逃げてください! このモンスターには敵いません!」
「……この状況で『助けて』じゃなくて『逃げて』ときたか。本当にお前はゲームと変わらないんだな」
俺は歎息しながら、状況も忘れて笑ってしまう。
エアリス・セントレアは非常に心優しく、自己犠牲の精神にあふれた女性なのだ。我が身を犠牲にして他者に献身することが己の存在意義だと思っているのか、困っている人がいたら命すらも犠牲にして助けようとしてしまう。
おそらく、こうしてギガント・ミスリルに攻撃されていたのも、あの3人組を助けるためにあえて自分が囮になった結果なのだろう。
「エアリス・セントレア、お前のそういうところは昔から尊敬したが……同じくらいムカついてたよ!」
「ガガガガガガガガガガッ!」
俺は振り下ろされたギガント・ミスリルの拳を躱して、エアリスの元へと駆け寄った。
「ウルザ、少しの間時間を稼げ! 無理に攻めずに回避に専念しろ!」
「はいですの!」
ウルザは命令された通りに、左右に動いて敵の注意を引き付ける。ギガント・ミスリルは攻撃力こそ高いものの、命中率は非常に低い。ウルザほどのスピードと戦闘センスがあれば、体力が尽きるまで避け続けることは難しくない。
俺がたどり着くのと同時に、エアリスの結界が解除される。精魂尽きたとばかりに倒れ込むエアリスの身体を抱き起こす。
「おい、大丈夫か!?」
「う……」
エアリスが弱弱しくうめく。
出るところがはっきりと出たグラマラスな肢体の彼女であったが、こうして抱きかかえてみると驚くほど細くて軽い。
こんな身体で、たった1人で戦ってきたのか。誰かを助けるために。己を犠牲にしてまで。
「逃げて……私のことは構いません。このままじゃ、あの子や貴方まで死なせてしまう……どうか私のことは放っておいてくださいませ……」
「まーだ言ってんのかよ、お前は……」
エアリスは弱々しく俺の肩をつかんで、またしても逃げろと訴えてくる。
俺は若干、苛立ちながら、エアリスの口に回復薬のビンを押しつけて強引に液体を嚥下させた。
どうやら、あのデカブツを叩き壊す前に、目の前の馬鹿な女に説教をしてやる必要がありそうである。
俺はエアリスの肩をグッと握り締めて口を開いた。
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