第67話 古神と新神
「早速で申し訳ないのだけど、リューナが何処に連れていかれたのかを教えてもらえないかしら!? 私達はすぐに追いかけないといけないのよ!」
妹を奪われたシャクナが焦って訴えた。
ルージャナーガがリューナを攫ったのは生贄にすることが目的である。いつ儀式が行われるかわからない。予断は許さない状況である。
しかし、焦るシャクナとは対照的にサロモンは楽観的な表情をしていた。イスに座って足を組んだ姿勢で、ヒラヒラとどうでもよさそうに手を振ってくる。
「心配しなくてもすぐに儀式はできないよ。蛇神イルヤンカ・ノブルナーガを復活させるための儀式は皆既日食の最中にしかできないんだから」
「皆既日食……?」
「そうそう、時間で言うところの18時間後。明日の正午ちょうどに儀式は行われるだろうね。時間はたっぷりあるよ。余裕余裕」
「……余裕というほどの時間はないだろう。1日もないじゃないか」
この世界は天文学がそれほど発達しているわけではなく、いつ日蝕が起こるかなんてわからない。とはいえ……サロモン王はその時刻を正確に把握しているようである。
おそらく、ルージャナーガも知っているはず。さほど時間に猶予がないから、転移の力を持った悪魔を呼び出してリューナのことを捕まえさせたのだろう。
そんな推測を口にすると、サロモンが頷いて肯定する。
「悪魔の召喚には対価がつきもの。地獄の騎士ほどの高位悪魔であればなおさらにね。僕みたいな天才ならまだしも……あのジジイにとっては、身を斬られるような苦渋の選択だったと思うよ? たぶん、かなりの魔力を消耗しているはず」
「つまり……ルージャナーガはそれほど戦力には成りえない。厄介なのはヴェインルーンだけか」
「導師に操られた兵士や神官、貴族もいるはずよ。あの悪魔に比べると大したことはないけれど……」
「ああ……やはり2人だけでは厳しいな。援軍が欲しいところだ」
俺はチラリとサロモンの顔を窺った。
どういう事情があるのかは知らないが、サロモンはルージャナーガと敵対している様子。
味方になって一緒に戦ってくれるのなら力強いのだが……。
「それは無理だよ。僕はあくまでもこの遺跡に宿った亡霊。ここから出ないことを条件としてこの世に残ることができているんだから」
「条件って……悪魔に捕らわれて遺跡に縛りつけられていると聞いていたのだけど?」
シャクナが首を傾げると、サロモンが唇を尖らせる。
「僕を誰だと思っているのさ。自分が召喚した悪魔に捕まるほどヤワじゃないさ。僕がこの遺跡に留まっているのは、邪神の復活に備えるため。邪神とその眷族と戦う戦士を育てる試練となるためだよ」
「試練って……?」
「その話をしてあげる約束だったね。まずは……ルージャナーガが復活させようとしている邪悪な神。蛇神イルヤンカ・ノブルナーガについて話そうか」
サロモンはテーブルの上で腕を組み、朗々とした口調で語る。
「遠い昔、この世界には『古神』と呼ばれる存在がいた。砂漠を横断するほどに巨大な蛇だったり、海を飲み干すような象だったり、天の果てに頭が突き出るような猿だったり。そんな怪物じみた存在がたくさんいたんだ。神と眷族以外に世界に住む者はなく、生物が生まれたとしてもたちまち喰い殺されて消えてしまう……そんな混沌が世界を支配していた」
「…………」
「けれど、異界から人の姿をした『新神』が現れて古神を封印した。混沌として油と水が混濁したようだった世界に秩序が生まれた。天地は分かれ、大地は固まり、海が湧き出て、生態系が生まれた。僕達が暮らす世界の原型が完成したのさ」
サロモンは言葉を止めて、天を仰いで長く息を吐く。
「だけど……それが嫌だって奴もいるんだよな。古神に統治されてた混沌の世界のほうが居心地がよかったって連中がさ。そういう奴らが古神を復活させようとしている。ルージャナーガもその1人ってわけ」
「アイツは魔王の手下のはずだが……魔王も古神と関係があるのか?」
「さあ、知らないけど? そもそも、魔王なんて僕が生きていた頃にはいなかったからね。もちろん、魔族だっていなかった。名前からすると『悪魔』に関係がありそうだけど……彼らはどこからやってきたんだろうね?」
「……さあな。俺も知らないな」
「ふうん? それは今、考えることじゃないね。僕とルージャナーガの関係だけど……千年前にもアイツは巫女を生け贄にして邪神を復活させようとしたんだ。眷族の大軍を率いてね。古神が復活すれば世界は破滅。僕は召喚した悪魔の軍勢で当時の巫女を守り抜き、神の復活を阻止した。仲間の大部分を失ったルージャナーガはどこかに逃げてしまってそれきりさ」
サロモンはそこで初めて申し訳なさそうな表情になり、軽く頭を下げてくる。
「僕らの世代で解決できなかった問題を君達に押しつけてしまって、本当に済まないと思っているよ。僕が君達の前に出てきたのは、邪神復活を阻止するために少しでも助けがしたいと思ったからさ。遺跡から出ることはできないけれど……多少の便宜は図ってあげるよ?」
「だったら、まずは『蛇神の祭壇』とやらの正確な位置を教えてくれ。復活の儀式を止めようにも、場所がわからなくちゃどうにもならない」
「ん、いいよ」
サロモンが軽く手を振ると、テーブルの上に1枚の羊皮紙が現れた。
それはマーフェルン王国の地図であり、『王墓』の東側に赤い星印が付いている。
「ここから祭壇までは歩いて6時間ほどかな? 皆既日食まで18時間あるから、たどり着くだけなら問題ないね」
「……問題は『祭壇』に到着した後。ヴェインルーンをはじめとしたルージャナーガの手下を倒せるかどうかだな」
サロモンがダンジョンから出られない以上、こちらの戦力は俺とシャクナの2人だけ。
変態悪魔──ヴェインルーンだけでも勝てるかどうかわからないのに、ルージャナーガに操られた配下とまで戦うとなると勝率は限りなく小さい。
「だけど……それでもリューナを助けるために行かないわけにはいかないわ! どれほど危険であったとしても、私は絶対に行くわよ!」
「それは俺も同じだ。あの変態悪魔にはリベンジしなくちゃいけないしな」
「決まりね……行きましょう。『蛇神の祭壇』へ!」
シャクナがイスから立ち上がり、力強く拳を突き上げる。
俺もまたイスから立ち上がって……シャクナの肩に手を置いた。
「いや、それはない」
「へ……?」
「『勝てない戦』と『負け戦』は別物だろうが。どうして、敗北するとわかっている戦いに赴かなくちゃいけないんだよ」
ここぞという場面で冷や水のような言葉を浴びせられ、シャクナは拳を頭上に突き上げたポーズのまま固まっている。
しばらく銅像のように同じ体勢でいたシャクナであったが……やがてトマトのように顔を真っ赤にした。
「だ、だったらどうしろって言うのよ!? リューナを見捨てるつもりじゃないでしょうね!?」
「そんなことは言ってない。そして……俺はもう言ったぞ。ルージャナーガも変態悪魔も殺すと。リューナを必ず助けると言ったはずだ。俺達がやるべきことは『祭壇』に向かうことじゃない。12時間という時間の猶予の中で、どうやって0パーセントの勝率を100に近づけるか考えることだろうが」
「阿呆め」と俺は呆れ返ったように吐き捨てた。再びイスに座って腕を組み、勝利のための戦略を考える。
このまま『祭壇』に乗り込んでも返り討ちに遭うだけ。
リューナを助けることはおろか、ヴェインルーンに勝利することだって難しい。
だったら……確実に勝利するための切り札を手に入れればいい。
「……サロモン、お前は先ほど便宜を図ると言っていたな? その言葉に偽りはないな?」
「もちろん、王様は噓をつかないよー」
「だったら……このダンジョンのクリア報酬を渡してもらおうか。60階層と70階層。いや……他の報酬も全部まとめてよこしやがれ!」
俺は目の前に座っているサロモンへと、まるで財宝を奪い取ろうとしている盗賊のように言い放ったのである。
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