第38話 巨人殺し
「だ、ダメです! あの魔物に魔法は効きません!」
魔法の詠唱を始める俺に、エアリスが慌てて声を上げる。
「フンッ……」
ああ、知っているとも。
ギガント・ミスリル――あの危険種指定モンスターは、体の表面をミスリル鉱石のコーティングで覆っているのだ。
ミスリルは魔法に対して強い耐性がある金属だ。おかげで魔法攻撃は弾かれてしまい、まったくダメージが通らない。
「いいから黙って俺に従え! お前はお前の仕事をしやがれ!」
「うっ……」
エアリスは困惑に瞳を揺らしながら、それでも俺の指示通り、時間稼ぎをしているウルザに治癒魔法を飛ばす。
緑色の光に包まれて、ウルザの身体についていた大小の傷が跡形もなく消える。
「ヒール……ストレングスアップ……ガードアップ……スナミナチャージ……ラピッドフット……」
「っ……!? 急に力が湧いてきましたの! まだまだ戦えますの!」
続けて、次々と補助魔法をかけてウルザの能力を底上げしていく。
後衛として適切な行動である。やはりメインヒロインの1人であるエアリスは有能だ。共闘して改めてその偉大さを思い知る。
「それでいい……お前の持ち味は回復とサポートなんだ。自分から前に出て誰かの盾になろうなんて、自分の強みを消してどうするよ」
「……わかっています。だけど、それでも私は誰かが傷つくところを視たくはないのです」
「傷ついたのであれば、お前が治してやればいい。それがヒーラーの仕事じゃないか。そして、前に立って後衛を守るのが前衛の仕事だ」
「…………」
「さて……」
エアリスが黙り込んだのを確認して、俺もまた自分の仕事に集中する。
ギガント・ミスリルには魔法は通用しない。ならば物理攻撃はどうかというと、これも実のところ効果は薄いのだ。
このモンスターは非常に堅く、ヒットポイントも無尽蔵。物理で押し切ろうと思えば、ゲーム後半くらいのスキル熟練度が必要になる。
「まったく……初見殺しもいいところだな……」
俺は意地の悪い制作スタッフに悪態をついて、詠唱を止めることなくマジックバックからアイテムを取り出した。
これから発動させる魔法は、現在の闇魔法の熟練度では使用することが出来ないものである。
レベルシステムが存在しない『ダンブレ』の世界では、新しい魔法を修得するためには『魔法書』を取得しなければならない。魔法書によって魔法を覚え、さらにその魔法を発動できる熟練度までスキルを鍛えることにより、新しい魔法が使えるようになる。
裏を返せば、熟練度が低くとも魔法書さえあれば強力な魔法を覚えることはできるのだ。発動することができないだけで。
「ミスリル・ギガント――奴を倒す方法は2つ」
1つ目は、物理攻撃によってゴリ押しをすること。
敵の攻撃を避け続け、ひたすら攻撃を与えることにより、耐久値を削りきることだ。
そして、もう1つは――魔法を使うことである。
ギガント・ミスリルは魔法を無効化する。実はそれフェイクなのだ。
このモンスターは一定以下の威力の魔法によるダメージはゼロにできるものの、それ以上の魔法をぶつけられるとミスリル装甲が破壊されて、途端にタダのゴーレムになってしまうのである。
ちなみに……この攻略法はゲーム上では得ることができず、途方もない数のプレイヤーがギガント・ゴーレムに挑戦して、その末に攻略サイトに載せられた魂の情報だった。
俺はアイテムバックから虹色のボトルを取り出して、手の中で握りつぶす。
途端、極彩色の光が俺の身体を包み込んだ。
「課金アイテム――ドーピング・ボトル」
とはいえ、今の熟練度でギガント・ミスリルの装甲を崩すほどの魔法は使えない。
俺は一時的にスキルの熟練度を最大値にする課金アイテムを使用した。これで闇魔法の熟練度がマックスになり、現在の俺では使えない魔法でも発動できるようになる。
今の俺であれば、最上級の闇魔法だって使うことができる!
「下がれ、ウルザ! 闇魔法――アビスゲート!」
俺の声に反応して、即座にウルザが離脱する。
次の瞬間、ブラックホールのような漆黒の闇がギガント・ミスリルを飲み込んだ。
単体攻撃系闇魔法『アビスゲート』。
闇魔法の熟練度を90以上まで上げなければ発動できないその魔法の威力は、まさに屈指である。
『ダンブレ』の登場人物でこの魔法を使うことができるのは、ゼノン・バスカヴィルを除けば魔王だけ。
闇の極致ともいえる一撃が、ギガント・ミスリルを喰らい尽くす。
「ガガガガガガガガガガガッ……!」
最上級の単体攻撃魔法を受けて、紙切れのようにミスリルの装甲が破壊される。装甲の下から現れた石の本体をも打ち砕く。
ギガント・ミスリルを破壊しても奈落の闇は止まることなく浸食を続け、石の残骸が粉々の砂状になるまですり潰していく。
明らかなオーバーキルである。ギガント・ミスリルが消滅した後に残されたのは、手の平に乗るサイズの小さなコインだけだった。
「討伐完了……やれやれだな」
「やりましたの! さすがはご主人様!」
「すごい……」
ウルザが華やいだ声とともに抱きついてきて、エアリスは呆然と溜息をつく。
「お母様……私はようやく……」
「ご主人様ー! カッコよかったですのー!」
エアリスが小さくつぶやくが、か細い言葉は俺の耳に入ることなくウルザの明るい声にかき消された。
そのつぶやきを聞き逃したことが後に致命的な問題であることに気がつくのは、わずかに先のことである。
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