第65話 連れ去られた巫女


「そうか……とりあえず、死ね」


「FOOOOOOO! あっぶねえなあ! 急に斬りかかってくるなよ、マイハニー!」


 俺が全身全霊の殺意を込めて斬りつけるが、またしても攻撃が空を切った。ヴェイルーンが転移魔法を発動させて回避したのである。


「そういうところも最高に愛してるううううううっ! とはいえ……今は任務の真っ最中だ。離れ離れになるのは惜しいけど、俺様ちゃんはここは退散させてもらおうかNA!」


「待ちなさい! リューナを置いていって!」


 シャクナの叫びを無視して、ヴェイルーンがボス部屋の扉に手をかける。

 褐色肌の悪魔が押し開いたのは奥の休憩部屋につながる扉ではない。来た道を引き返す扉だった。

 男が扉を開くと、そこには先ほどまではなかった淡い緑の光を放つ魔法陣が出現している。


「クソ……! 逃げるつもりか!」


 それはダンジョンの外につながっている脱出路だった。

 ボスモンスターを攻略することにより、ボス部屋の手前の部屋に外につながる道が出現する仕様になっているのだ。

 そこに入ればすぐにだって帰ることができる。男は迷うことなく魔法陣へと足を踏み入れる。


「俺様ちゃんとしてもハニーとは離れたくないけど……会いたいのなら、『蛇神の祭壇』まで追いかけてくるといいZE! ハニーと本気で殺し合いデートをするのを楽しみにしているからYO!」


「待ちなさい! リューナ!」


「…………」


 リューナとヴェイルーンの姿がかき消える。

 今度は転移魔法ではなく、ダンジョンに設置された魔法陣の効果によって外に脱出したのだろう。


「チッ……やってくれやがったな……!」


 二人が消える寸前にリューナと目が合った。

 美貌の巫女は俺を見つめてわずかに微笑んでおり、その唇は『信じてます』とつぶやいているように見えたのだ。


「クッ……追いかけないと! このままじゃリューナが生贄にされて殺されてしまうわ!」


 シャクナが慌てて追いかけようとする。

 地上につながる魔方陣に飛び込もうとするが……その首根っこを掴み、こちらに引き戻す。


「きゃっ! 何をるのよ!?」


「……無駄だ。今からでは追いつけない」


 俺は怒りに表情を歪めながら、それでも淡々と説明する。


「奴は転移魔法の使い手だ。ダンジョンの外に逃がしてしまった時点で、もう追いつく手段はない。すでに転移してどこかに逃げているだろう」


「そんな……だったら、リューナはどうなるのよ!?」


「…………」


 噛みつくように訊ねてくるシャクナに、俺は無言のまま拳を握りしめる。


「そんな……冗談でしょう?」


 俺の反応に、シャクナが呆然としてつぶやく。

 しばし途方に暮れたように立ちすくんでいたシャクナであったが……やがてその感情を爆発させた。


「ふざけないでよ! リューナの命を諦めるつもり!?」


「…………」


「見損なったわ……貴方にとってリューナは他人だからあきらめられる存在かもしれない。だけど、私にとってはたった一人の妹なのよ!? 可愛い妹を見捨てることなんてできない。あの子を生け贄になんて絶対にさせない!」


 シャクナは俺の手を振りほどこうと藻掻いた。


「死なせない……絶対に助けてみせる! だから離しなさい! 貴方の助けなんてなくても、私はリューナを助けて……」


五月蠅うるせえ、黙れ!」


 俺はシャクナに思い切り頭突きをかました。

 ゴツリと岩が割れるような音を立てて、渾身の一撃がシャクナの額にヒットする。


「~~~~~~~~~~!」


 シャクナが自分の頭を押さえてその場にうずくまった。

 もはや声になっていない。とんでもなく痛かったようである。


「黙ってろ! アイツは殺すし、リューナは助ける。そんなことは言われなくてもわかってるんだよ! 今、その方法を考えているんだからピーピーとご機嫌に鳴いてんじゃねえよ!」


 もちろん、俺だってリューナを見捨てるつもりはなかった。

 黙り込んでいたのは、あくまでもどうすればリューナを助けられるか考えていただけである。


「このまま追いかけても転移魔法を使える悪魔には追いつけない……だったら、奴が言っていた『蛇神の祭壇』とやらに行くしかないか。だけど、どこにあるんだそれは?」


『蛇神の祭壇』などという場所はゲームに出てこなかった。もちろん、場所も知らない。


「おい、お前は何か知って……って、いつまでうずくまって悶絶してやがる。さっさと立て!」


「痛~~~! 誰のせいだと思ってるのよ、女の頭を殴るなんて最低っ!」


「殴ってねえよ。頭突きしただけだ」


「同じでしょうが! ああ、もう……まだガンガンするじゃない……」


 シャクナが額を撫でながらノロノロと立ち上がる。


「『蛇神の祭壇』なんて場所は知らないわ……祭壇というくらいだから、ひょっとしたら神官であれば知っているかもしれないけど……」


「神官、か……」


 俺は胸を貫かれて倒れているハディスに歩み寄る。

 念のために脈や呼吸を確認するが……予想通り。すでに絶命しており、ポーションを飲ませても無駄だろう。

『ダンブレ』の世界にも多くのゲームと同様に『蘇生魔法』が存在するが、これは死んでから30分も経つと効果が無くなってしまうことは検証済みである。

 ヒーラーであるリューナがこの場にいれば蘇生可能だったかもしれないが……もはやハディスを救う手立てはなかった。


「色々と悪かったな……それと、ありがとうよ」


「ハディス……」


 シャクナも辛そうに目を伏せる。

 先ほどまでは妹のことで頭がいっぱいになっていたようだが、遅れて仲間を亡くした実感が湧いてきたのだろう。


「…………」


 俺は少しだけ目を閉じて斃れた仲間を悼む。

 今さらではあるが……この世界に来てゼノン・バスカヴィルになってから、一緒にパーティーを組んだ仲間を喪うのはこれが初めての経験である。

 決して親しい仲というわけではなかったが……ようやく、仲間になれたと思った矢先にこれだ。

 胸にぽっかり穴が開くようなこの感覚には、きっとこれからも慣れることはないのだろう。


「だが……いつまでも悲しんではいられないな。リューナを助ける。そのためにすぐにでも行動を開始する」


「ええ……そうね。でも、これからどうするつもりかしら? リューナがどこに連れ去られたのかもわからないのに……」


「そうだな……まずは『蛇神の祭壇』とやらの場所を調べなくてはなるまい。どれほど時間に猶予があるかはわからないが、広大な砂漠をやみくもに歩き回るわけにもいかないからな」


 俺は長い溜息をつき、眉間にシワを寄せて頭に浮かんだ考えを口にする。


「祭壇……というからには、宗教上の建物なんだろうな。どこかの町に行って聖職者に聞くのが良いのだろうが……知っている人間を上手い具合に見つけられるかは運次第ということに……」


「必要はないよ。僕が知っているからね」


「ッ……!?」


 突然、会話に割り込んできた声。

 俺は弾かれたように顔を上げて腰の剣を握りしめる。


「おいおい、物騒な物を抜かないでくれ給えよ。僕は君達の敵じゃない」


「お前は……?」


 声の先に立っていたのは中学生になるかどうかという年頃の少年である。

 白い僧服のようなものを着ており、いつの間にそこにいたのか、ボス部屋の中央にある宝箱の上に腰かけていた。


「何者だ……名を名乗れ」


「人の名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀……とか言いたいところだけど、僕は君たちの名前を知っているから自己紹介はいらないね」


 少年は宝箱に腰かけたまま、優雅な所作で脚を組んだ。

 そして……まるで手品でも披露するかのように両手を広げて名乗りを上げる。


「僕の名前はサロモン……キング・サロモンだ。この迷宮を支配する王様だよ?」


 少年はそう言って、あどけない顔にニッコリと親しげな笑みを浮かべたのであった。






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