第65話 主人公の独白

 俺達はレオンらを伴い、劇場の近くにある公園へと足を踏み入れた。

 広々とした公園にはブランコやジャングルジムなど、様々な遊具が設置されている。

 普段は大勢の子供が走り回っている公園であったが、すでに日が傾きかけた時間帯になっているため、人影もまばらになっていた。

 俺は遊具から少し離れた場所に置かれたベンチに座る。すぐにウルザが隣に座ろうとするが、手でそれを制する。


「悪いな、ウルザ。ちょっと飲み物でも買って来てくれよ」


「え……ですの?」


「ほら、たまに行く屋台の『ランゴーフルーツジュース』があるだろ? あれを買って来てくれ」


 銀貨を数枚手渡すと、ウルザが赤い瞳を瞬かせる。


「おつりで好きな物を買っていいぞ。30分は戻ってこなくていいからな」


「え、ええっと……でも、ですの……?」


 ウルザが俺の顔と、レオンを交互に見る。

 ウルザにとって、レオンはかつて学園で俺を襲おうとした敵対者だ。敵を放っておいて買い物に行くなど、考えられないのだろう。


「ナギサ、ついて行ってやれ」


「承知した。ほら、ウラヌスも行くぞ」


「あ! ちょっと、何で私まで……!」


 ナギサがレオンの後ろにいたシエルの手を掴み、引きずるようにしてこの場を去ろうとする。

 突然のことにシエルは抵抗しようとするが、魔法職であるシエルでは、戦士職のナギサを振り払うことはできなかった。


「男と男の会話に首を突っ込むなど、野暮なこと。ウラヌスも『良い女』であろうとするのであれば、それを心得よ」


「ちょ……レオンに変なことをしたら許さないからね!」


 シエルは叫びながらも、ナギサに連れられて公園から出て行く。

 ウルザは何度も振り返りながらも、主人の命令に逆らうことはできず後に続いていく。


 公園には俺とレオンの二人だけが残された。

 茫然した様子で連れて行かれる幼馴染みを見送っているレオンに、淡々と声をかける。


「さっさと座ったらどうだ? いつまで阿呆みたいに立っているんだよ」


「え……ええっと……?」


「隣が嫌なら、地べたでも構わないぞ? 正座ならばなお良いな」


 言ってやると、レオンはわずかに表情をしかめながら、俺が座っているベンチの端に腰かける。

 主人公であるレオンと、悪役であるゼノン。2人が並んでベンチに座るという謎の構図が出来上がった。


「…………」


「…………」


 俺達はしばし、言葉を発することなく黙り込んだ。

 話があるような口ぶりをしていたのはレオンだというのに、何故かレオンは気まずそうな顔をするばかりで、口を開く様子はない。


「…………チッ」


 何を黙りこくっているのかは知らないが、このままレオンが話し出すのを待っていたら席を外してくれた3人が戻ってきてしまう。

 気を遣ってやる義理などないが、ここはこちらから話を切り出すとしようか。


「こうして会話をするのは久しぶりだな、ブレイブ。お前が学園で、ウルザと喧嘩をしたとき以来になるか?」


「うっ……!」


 レオンが顔を引きつらせて、両手で股間を押さえる。

 どうやら鬼パワーで金的を蹴られたことがトラウマになっているらしい。


「まさか、あの時のことを因縁つけに来たわけではないのだろうな。アレは先にケンカを売ってきたそちらの手落ちだ。わかっているのだろう?」


「ああ……学校で先生からも言われたよ。あの時は僕が悪かった」


 意外なことに、レオンはあっさりと自分に非があることを認めてきた。

 てっきりまた文句の1つでも言ってくるかと思ったのだが、予想外の展開である。


「勘違いしないでくれ。子供を奴隷にすることが正しいことだなんて、僕は決して認めない…………だけど、あのウルザって子が無理やり奴隷になっているわけじゃないのは、さっきのやり取りを見ていればわかる」


 レオンの視線が公園の外へと向けられる。

 先ほど、ウルザは心から俺のことを心配して、ゆえにレオンに対して警戒を示していた。あの姿を見ておいて、ウルザが嫌々奴隷として従っているなど、正義感の塊であるレオンにだって思えなかったのだろう。


「……バスカヴィル。僕はどうやら、君のことを誤解していたみたいだ」


 レオンはわずかに目を伏せて、そんなことを言ってきた。


「あ? 何の話だよ?」


「あの子の事だけじゃない。ダンジョンの中に取り残されたセントレアさんを、君が助け出したと聞いた。それに……悪い教師の不正を暴いたり、ギルドでそれほど儲けにならない人助けの依頼を受けているという噂も」


「フン……」


「正直、僕はお前のことを極悪人だと思っていた。悪の権化であるバスカヴィル家の人間で、君自身も罪のない人を傷つけているんじゃないかと……だけど、それは偏見だったみたいだ。悪かったよ」


「……えらく素直だな。少し、気持ちが悪いぞ」


 率直な感想を言ってやると、レオンは悔しそうな表情になって頭を掻く。


「……わかってるんだ。僕だって、自分が時々暴走してしまうことくらい。それで誰かに迷惑をかけてしまっていることも、ちゃんと理解できている」


「…………」


「だけど……自分ではどうしても抑えられないんだ。困っている人を見たら助けたくなる。間違っていることを見たら正したくなる。その結果として、誰かに迷惑がかかっちゃうことがわかっていても、頭がカッとなって堪らなくなってしまうんだ」


 正義感に満ちた『主人公』が独白する。

 なるほど、レオンはこんなふうに考えて行動していたのか。


「ほお……それは興味深い話だな」


『ダンブレ』のゲームにおける『レオン・ブレイブ』という少年は、モニターの外にいるプレイヤーの写し鏡である。悪い言い方をするのであれば、『操り人形』と言ってもいい存在だ。

 その行動はプレイヤーの支配下にあり、どこからどこまでがレオン自身の意思であるのかなど誰にもわからない。


 プレイヤーの操作を受けているわけでもない……素の『レオン・ブレイブ』は、自分のことをこんなふうに考えていたのか。


 考えても見れば、レオンもまたゲームの製作が作った設定に縛られた被害者なのだろう。

 俺が『悪役キャラ』という宿命を背負っているように。エアリスが『自己犠牲の聖女』、ナギサが『仇討ちを求める女剣士』という役割を与えられているように――レオン・ブレイブという男もまた、『正義感に燃える無鉄砲な主人公』という人格キャラクターを与えられた上でこの世界に存在しているのだ。


 レオンもまた、俺達と同じように、制作によって与えられた設定に苦悩しているのかもしれない。


「お前が暴走した理由はわかった。とりあえず、謝罪は受け取ろう」


「……そうか、ありがとう」


 レオンは肩の荷を下ろしたかのように肩を落とす。


 おそらく、レオンはずっと気にしていたのだろう。

 ゼノン・バスカヴィルが悪人であると信じ、敵意を向けてきて……それが勘違いかもしれないと気がつき、自分の過ちに苦悩した。

 そして――俺に謝罪をする機会を探していて、今日、ようやくそれを果たすことができた。


「……悪い奴ではないのだろうが、不器用な奴め」


 俺は歎息しつつ、レオンとの因縁がとりあえず片付いたことに安堵する。


 レオンはいずれ勇者になる男。魔王を倒す主人公である。

 魔王がいる限り、この世界には破滅しかないのだ。レオンと争ってもいいことなど一つもない。


「とはいえ……今度はこっちの都合を果たさないといけないな」


「え……?」


 ベンチから立ち上がった俺に、レオンが目を白黒させる。

 キョトンとした顔になっている同級生に、俺は牙を剥いて言い放つ。


「レオン――俺と戦えよ。今から、この場所で」

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