第66話 主人公と悪役

「戦えって……お、おい! 急にどうしたんだよ!?」


 突然の宣戦布告を受けて、レオンが動揺に声を荒げる。


 レオンは学園で迷惑をかけたことについて謝罪をして、俺はその謝罪を受け入れた。つまり、俺達は和解をしたということになる。

 それにもかかわらず俺から戦いを申し込まれ、わけがわからない状態になっているに違いない。


 だが――そもそも、俺がこの公園にレオンを連れてきた本題はそっちなのだ。


「なあ、レオン。お前は入学式で言ったよな。『自分は英雄になる』――と」


「あ、ああ。言ったけど……それがどうしたんだ?」


「それで……学園に入ってからの数ヵ月で、お前は何をしていた? 本気で、全力で英雄になるための努力をしていたのか?」


「それは……もちろん、そのつもりだ。僕は強くなるために努力していた!」


 レオンはわずかに言葉を濁しながらも、しっかりと頷いて見せる。


「ハッ!」


 しかし、俺はそれを平然と笑い飛ばして、嘲るように唇を吊り上げる。


「だったら、どうしてナギサが俺の下にいるんだよ! アイツは言っていたぞ……『ブレイブと行動を共にしていても、自分が望む力は手に入らない』とな!」


「っ……!」


 レオンが驚愕に目を見開いて息を飲む。


 最初のダンジョン探索の授業で、レオンとシエル、ナギサの3人は共にガーゴイルと戦った。

 そこでの共闘がきっかけでその後もパーティーを組むようになり、魔王との決戦まで運命を共にするというのが、本来あるべきゲームのシナリオである。


 しかし――ゲームが現実となったこの世界では、ガーゴイル戦後にわずかな期間だけ一緒に行動をしていただけで、すぐにナギサは単独行動をとるようになっていた。


 一族の仇をとることを目的にスレイヤーズ王国にやって来たナギサは、仇討ちのための力を付けることを至上命題として己に課している。

 そのためのパートナーとして、レオンは見限られたということだ。


「お前が本気で力を求めて躍進を続けていたというのであれば、ナギサはお前のパーティーから抜けることはなかったんじゃないか? お前は本当に、全身全霊で上を目指していたのかよ?」


「せ、セイカイさんは……」


 俺の詰問に苦々しい顔をしながら、レオンは弁明のために口を開く。


「セイカイさんは自分の意思で抜けたんだ。僕とシエルが他のクラスメイトを助けて、みんなと足並みに合わせてダンジョン攻略をしているのが気に入らなかったらしくて、それでパーティーから外れたんだよ」


 以前、ナギサから聞いたことであるが……レオンは成績下位者を指導してダンジョンを攻略しているらしい。

 ゲームと違う展開になっているのは、俺がガーゴイルからジャンを救ってしまったことにより、レオンが必要以上の力を求めなくなってしまったことが原因だろう。

 クラスのできない連中に合わせてダンジョン攻略をしているレオンは、学年主席としては素晴らしいことをしているのだろう。けれど、仇討ちのための力を求めているナギサには相容れなかったのだ。


「……弱い奴に合わせるつもりはない、か。ナギサらしいな」


「でも……それって僕が悪かったのか!? 困っているクラスメイトのために行動することが間違っているっていうのか!? バスカヴィルもそう思ってるのか!?」


「…………フン」


 俺は鼻を鳴らして、反対に問い詰めてくるレオンを睥睨する。


「正しいか、間違っているかという話はしてないぜ? 俺は『それが英雄になるための努力なのか』と聞いているだけだ」


「…………そうだよ。困っている人を助ける、それが僕の目指す英雄だ!」


「ハハッ! 俺の意見は違うな。誰にも出来ないことをやってのける奴が英雄だ。群れに埋もれたマジョリティーじゃあない。他を圧倒して突出した圧倒的な『マイノリティー』こそが英雄と呼ばれる存在だ!」


 俺は別にレオンがやっていることが間違っているとは欠片も思ってはいない。


 弱い人を助ける。

 みんなと足並みをそろえる。

 1人が100歩を進むのではない。みんなで1歩を進むことが大事。


 それはきっと、現代日本のような平和な国において、非常に道徳的で尊ばれる考え方だと思う。

 もしもレオンが日本で生きるごく普通の少年であったのならば、正義感が強くてみんなを引っ張っていくクラスの人気者になっていたかもしれない。


 だが――それはきっと、『英雄』とは程遠い考え方だ。

 この世界には魔物がいる。魔物以上に腐った人間がいる。それすらも上回る脅威である魔王がいる。

 魔王に立ち向かうことができるのは100人の凡俗ではない。圧倒的な強さを持った『個』こそが魔王を倒すことができるのだ。


「人助けが悪いとは言わない。虐げられている弱者に心を痛めるなとも言わない。だが……足の遅いノロマに合わせて歩いていたら、一生かかってもお前が目指す山の頂にはたどり着くことはできないぜ?」


「それ、は……」


「お前が目指す英雄は……かつて魔王を封印して世界を救った勇者のようには、決してなることはできない。断言しよう――お前は一生、凡俗のままで終わることを」


「っ……お前に何がわかるんだ! 知ったようなことを……!」


 繰り返し言葉の刃で斬りつけられ、いよいよレオンが激昂する。

 立ち上がって俺の胸ぐらをつかんでくるが……そんなレオンを、俺は容赦なく投げ飛ばした。


「カハッ!?」


 背中を地面に強かに打ちつけられ、レオンが苦しげに息を吐く。


「今のはスキルでも技能でもない。『腰車』という柔道の技なんだが……まあ、それはいい」


「ぐっ……!」


 苦しげにうめきながら地面から起き上がり、レオンはこちらを睨みつけてくる。

 そんなレオンの足元に、アイテムボックスから取り出した剣を放り投げた。


「使えよ。デート中じゃあ、帯剣もしてないだろ?」


「バスカヴィル。お前、まさか本気で……」


「別に殺し合いをしようというわけじゃあない。これはタダの模擬戦だ」


 軽く周囲を見回すと、日が落ちてきたせいか人通りは消えていた。

 斬り合いをするにはちょうどいい。いくら模擬戦とはいえ、衛兵を呼ばれたら説明が面倒だ。


「お前が堕落した原因の一端は、最初のダンジョンで俺がガーゴイルを倒してクラスメイトを救ってしまったことにある。だから、責任を取ってお前のもうひらいてやろう」


「…………」


「お前が本当に英雄になる努力をしてきたと胸を張るのなら、剣を取れ。勝利によって己の正しさを証明してみやがれ!」


「……いいさ。そこまで言うのならやってやる!」


 レオンは地面に転がっている剣を手にして、立ち上がる。

 みなぎる闘志。ヒシヒシと空気を伝わってくる戦士のオーラは、間違いなく目の前の男が類まれな才能の持ち主であることを物語っている。


「入学試験の成績は僕のほうが上だったんだ! 後悔するなよ!?」


「いいぜ。そうこなくっちゃな!」


 俺は唇をつり上げて嗤笑し、もう1本剣を取り出して構える。


 王道を歩む主人公――レオン・ブレイブ


 邪道をゆく悪役――ゼノン・バスカヴィル


 2人が始めて、仲間を交えることなく真っ向から相対した瞬間であった。


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