番外編 エアリスの休日(前編)
突然の三人称。
キリがよいところでヒロインサイドの話になります。
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スレイヤーズ王国。王都にある教会にて。
その教会には長い列ができていた。大勢の人が教会に集まっており、収まりきらなかった人々が外にまで溢れかえっている。
「ヒール」
教会の中では一人の女性が椅子に座っており、集まってきた人々に治癒魔法を施している。
教会に集まっているのは、いずれもボロボロの服を着た貧民層の人間ばかり。どうやら、治療費を払えない人間のための奉仕活動として治療が行われているらしい。
「ありがとうございます! 聖女様!」
「はい、お気をつけてお帰りください」
怪我や病を治してもらった人々は何度も頭を下げて教会から出ていく。中には涙を流し、感謝の祈りまでささげていく者までいた。
『聖女』などという大それた呼称で呼ばれた女性は、困ったような微笑を浮かべて元気になった怪我人を見送る。
「私はそんなに崇められるような人間ではないのですが……困ったものです」
教会で治療を行っているのは『セントレアの聖女』という名前で知られている美貌の女性――エアリス・セントレアだった。
修道服に身を包んだエアリスは柔らかそうな金髪を背中に流し、青い瞳に優しげな色を浮かべて座っている。
背筋を伸ばして優雅に椅子に座っているエアリスであったが……その姿はあまりにも美しい。
ただ座っているだけなのに全ての仕草が恐ろしく絵になっている。
金細工のような髪。ブルーダイヤのような瞳。ステンドグラスから差し込んでくる淡い光がきめ細やかな白い肌に反射して、限界まで磨き抜かれた大理石のように荘厳に輝いている。
おまけにスタイルまでもが一級品。豊満に膨らんだ乳房は全てを包み込むような母性にあふれかえっており、もしも赤子でも抱いていようものなら彼女こそが聖母であると疑わないだろう。
完璧な美女。絶対不可侵の神聖の化身。
それがエアリス・セントレアという女性が纏っている空気であった。
「ありがたや、ありがたや……」
「儂らは果報者じゃ。本物の聖女様が治療してくださるなんて……」
「ええっと……」
あからさまに手を合わせて拝んでくる老夫婦に、エアリスは端正な顔をわずかに顔をひきつらせた。
これが1人や2人ならばまだしも、教会に集まった人々がみんな同じような尊敬と崇拝の眼差しを向けてくるのだ。優越感を覚えるよりも先に、気圧されて居心地が悪くなってしまう。
「つ、次の方もどうぞ。すぐに治療しますので」
「おお、私の番だ……女神よ、感謝いたします!」
「き、傷を見せてください。これは……骨折ですね。こんなに腫れてしまって可哀そうに……」
エアリスは自分に向けられる崇拝に困惑しながらも、テキパキとした手つきと魔法で怪我人を治していく。
エアリスは以前から聖職者として奉仕活動を行っている。
教会に勤めるものの義務として、枢機卿の娘として、治療を受けたくとも受けられない貧しい人々に救いの手を差し伸べていたのだ。
そんなエアリスは以前から尊敬の目が向けられていた。向けられていたのだが……最近になって、エアリス自身が神であるかのように崇拝を受けるようになっている。
「まったく……これもゼノン様のせいですわ」
エアリスは周囲に気づかれないようにそっと溜息をつく。
エアリスは1年ほど前からゼノン・バスカヴィルとパーティーを組んでいた。ゼノンと行動を共にするようになって以来、エアリスのヒーラーとしての実力は飛躍的に上昇している。
スキルの熟練度が上がったことで魔力や治癒力が向上し、重症者であっても一瞬で治すことができるようになった。【神官】から上級職である【聖女】にクラスチェンジしたことで、いよいよ本物の聖女様だと崇められるようになってしまった。
(そして……極めつけにこの指輪。ゼノン様の愛の証である
エアリスが自分の左手に視線を落とすと、その薬指に指輪が嵌まっている。
かつてゼノンがエアリスに貸し出し、そのままプレゼントすることになってしまった装備アイテムである。
魔法による消費魔力を半減させるアクセサリーのせいで、エアリスはちょっとやそっとでは魔力切れを起こさないようになってしまった。それが民衆から向けられる崇拝に拍車をかけ、エアリスの神格化を後押ししている。
(まったく……私が聖女だなんて崇められているのも、全部全部ゼノン様のせい。私を鍛えて本物の【聖女】して、こんな指輪までプレゼントするだなんて。本当に夫の愛が重くて困ってしまいます)
などと考えながら、エアリスはそっと左手の指輪に口付けを落とした。表情には少しも困った様子はなく、頭の中で思い人の顔を思い浮かべて幸せそうに頬を染めている。
怪我人の手当てをしながらも、時折「夫、夫だって。ウフフフフ……」と妖しげな笑みをこぼして治療に来た人々を困惑させている。
そんな美しくも妖しい笑みを浮かべるエアリスであったが、支持者が少しも減る様子がないのはやはり人徳だった。
最近では貧民層を中心に『蒼穹教』なる謎の新興宗教が発生しているらしい。
エアリスを支持し、神の御使いとして崇拝しているこの宗教なのだが……名前の『蒼穹』の意味がエアリスの瞳の色ではなく別の由来からきていることを知れば、包容力溢れる聖女であっても卒倒することだろう。
「ありがとうございました、聖女様!」
「はい、もう怪我しちゃダメですよー」
本日最後の怪我人……年端もいかない少年を教会から送り出し、エアリスは「ふう」と肩を落とした。
指輪の効力で魔力の消費は抑えられているが、やはり数十人の人間に治癒魔法を施すのは精神力が消耗してしまう。
すでに夕刻が近づいており、やってきた怪我人も元気になって教会から出ていった。今日の奉仕作業はここまでである。
さて、帰り支度をしようかと立ち上がったエアリスであったが……その背中に1人の男性が声をかけた。
「お疲れさま、セントレア嬢」
親しげな笑顔で近づいてきたのはさわやかな顔立ちの青年である。
エアリスよりも2つか3つ年上で、男性の神官用の修道服を身に纏っていた。
「ああ、アイスロット司祭様。ご無沙汰しております」
顔見知りの神官のエアリスは頭を下げて挨拶を返す。
お辞儀をする際にふくよかな胸元が大きく揺れる。アイスロットと呼ばれた男の目がそこに引き寄せられて嫌らしく細められたのだが……エアリスは気づくことなく頭を上げるのだった。
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明日の18時に後半を投稿させていただきます。限定近況ノートで続きのエピソードを先行配信中です。
また、本作とは別に以下の作品を投稿しています。こちらもよろしくお願いします!
・毒の王
https://kakuyomu.jp/works/16816927862162440540
・異世界で勇者をやって帰ってきましたが隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?
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