第50話 即席パーティー始動

 ダンジョン『賢人の鍛錬場』は塔の形をしたダンジョンである。

 難易度は上の下。ゲーム後半で登場するダンジョンの中では比較的、攻略しやすい場所だった。

 とはいえ、すでに勇者パーティーの一員として実績を挙げているシエルはともかくとして、王城育ちのお姫様であるエレクトラには少々荷が重い場所かもしれない。


「とはいえ、このダンジョンを攻略できないようなら『永久図書館』を踏破するなんて夢のまた夢だ。ギブアップするようなら図書館には連れていかないが、それで構わないな?」


「ええ、もちろんですわ。バスカヴィル卿に迷惑はお掛けしませんから安心してくださいな!」


 エレクトラが力強くいって、「ムンッ!」と両手の拳を胸の前で握りしめる。

 エアリス以上のサイズの胸が左右から圧迫されてえらいことになっているが、俺はそっと目を逸らした。


 パーティーを組んだ以上、リーダーである俺に従ってもらうことは同意を得ている。

 王族を相手にタメ口を利くことが許されているのもそのためだ。

 シエルの方は俺に従うことにやや不服そうな顔をしているものの、それでもレオンを助けるためにと不承不承ながら了解してくれた。


「ゼノン様、魔物が出ましたよ」


 塔の一階に足を踏み入れてしばらくすると、前方の横道からマネキンのような人型が現れる。

 目も鼻もない木偶人形は片手に斧を持っており、曲がり角から一体、二体、三体……合計六体出現する。


「マーダードールか。このダンジョンではよく出る奴だな」


『カタカタカタ』


「ほら、来るぞ」


 マーダードールとはまだ十メートルほど距離がある。

 素早い魔物というわけでもないし、準備の時間は十分にあった。


「ここは私がやりますわ。手助けは無用です」


「エレクトラ殿下?」


 目に進み出たエレクトラにエアリスが心配そうに声をかける。


「大丈夫ですわ。私はこう見えて、ダンジョンに潜ったことは何度もありますの」


 エレクトラは慌てることなく、懐……というか胸の谷間から取り出したロッドを構えた。


召喚サモン……ホワイトドラゴン」


 石造りの床に魔方陣が出現して、アフリカ象ほどの大きさのドラゴンが出現した。

 純白の雪のような鱗で体を覆ったドラゴンは不思議と愛嬌のある顔立ちをしており、クリクリと猫のような瞳で主人に鳴く。


「クオウッ」


「今日のよろしく頼みますわ。スノウ」


「クオッ!」


「強化いたします。ホワイトブレスです」


 エレクトラがロッドを軽く振ると、赤い光がホワイトドラゴンを包み込む。魔法攻撃を強化させる補助魔法だ。


「クオウッ!」


 補助魔法によるバフを受けたホワイトドラゴンがマーダードールの方に顔を向けて、口を開いた。


「コオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」


 白い息吹が六体のマーダードールに吹きかけられる。

 武器を持った木偶人形がそろって氷の中に閉じこめられ、次の瞬間、バラバラに砕け散った。


「終わりましたわ。思った以上に歯ごたえが無かったですわ」


 エレクトラが得意げに巨大な胸を張った。


 これが『高位呪術師ドルイド』の戦い方。

呪術師シャーマン』と『召喚師サモナー』を併せたジョブである『高位呪術師』は召喚獣を呼び寄せて、バフをかけて戦わせるのが基本的なスタイルである。

 さらに相手にデバフをかけたり、回復量は少ないが治癒魔法を使ったりもできるため、万能職として活躍することができるのだ。

「パーティー枠が余ったらとりあえず入れておけ」というのが『高位呪術師』に対するプレイヤーたちの評価である。


「ドラゴンを召喚することができるだなんて、エレクトラ殿下は優秀な魔法使いだったのですね」


「王族といえども武芸の嗜みが必要だというのが父の教育方針ですわ。これくらいのことはできて当然ですとも」


 どうだとばかりに腰に手を当てるエレクトラであったが……氷の残骸の中から一体のマーダードールが起き上がり、両腕を失った身体で突っ込んできた。

 決死の一撃。渾身の体当たりをエレクトラにぶちかまそうとする。


「カタカタカタ……!」


「キャアッ!」


 驚いて悲鳴を上げるエレクトラ。

 俺も動きそうになるが……後ろから飛んできた炎弾がマーダードールの頭部を吹き飛ばした。


「姫様、油断大敵ですよ」


 長い杖を構えているのはシエルだ。

 マーダードールが起き上がったのを見て、咄嗟に攻撃魔法を放ったのである。


「た、助かりましたわ。ウラヌス伯爵令嬢……」


「シエルで構いませんよ。姫様」


「私もエレクトラで構いませんわ、シエルさん」


「では、改めてよろしくお願いします。エレクトラ様」


 マーダードールのおかげで新参者二人の絆が深まったようである。

 エアリスも二人が握手をする姿に微笑ましそうな顔をしていた。


「うん、これなら心配無用だな」


 高位召喚獣であるドラゴンを召喚できるのであれば、最低でも足手纏いにはならないだけの熟練度はあるのだろう。

 シエルの実力も申し分ない。引き分けとはいえ、魔王軍四天王と戦うことができたのだから当然である。


「あとはチームワークだな。それもこの塔で育ててもらうとしよう」


 第一階層ではほとんど俺の出番はなく、エレクトラとシエルだけで十分にモンスターを片付けることができた。

 即席パーティーはほぼノーダメージのまま、『賢人の鍛錬場』の第二階層へと上がることができたのだった。

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