第51話 シエル、凌辱される


『賢人の鍛錬場』の第二階層も第一階層と難易度はさほどかわらない。

 魔物の強さも同程度であり、楽に攻略できるレベルだった。

 苦戦をさせられたのはその次の第三階層。

 そこでは、少し経路の違うモンスターが出現した。


「落ち着いて狙い撃ちにしろ。一匹ずつ片付けるぞ」


「「「キャキャキャキャキャ」」」」


 高い天井の部屋に無数のコウモリが飛んでいる。

『バッドバット』という名前のモンスターで、様々な状態異常をもたらしてくるモンスターだった。

 十数匹のコウモリは天井近くを飛びながら、状態異常を引き起こす超音波を放ってくる。

 初見では厄介な敵であったが、事前に状態異常を予防する魔法やアイテムを使用していれば怖い相手ではない。一匹一匹撃ち落としていくだけの作業である。


「クッ……速い! 全然、当たりませんわ!」


「ああもうっ! イライラする……これって範囲攻撃で一気に倒しちゃったらダメなの?」


 エレクトラとシエルが下から攻撃魔法を放っている。

 しかし、すばしっこいコウモリになかなか命中しない。

 当たらない攻撃、嘲笑うような泣き声を発しているコウモリの群れに二人は不機嫌も露わになっている。


「やめておけ、後悔するぞ」


「何よ、もったいぶっちゃって」


 シエルが俺の返答に唇を尖らせ、「だったら……」と呪文の詠唱を始めた。

 赤い魔方陣がシエルの周囲に展開される。火属性の魔法の発動エフェクトである。

 やめろと言ったのに、忠告を無視して強力な魔法攻撃で一気に焼き払おうとしているようだ。


「エアリス、小さめで良いから結界を張ってくれ。エレクトラもこっちに来た方が良いぞ」


「はい? わかりました」


「何か起こるんですの?」


「待っていればわかる。ほら……来るぞ」


「バーンサイクロン!」


 炎の渦が発生して、天井を飛んでいたコウモリを包み込む。

 コウモリが一気に焼き払われて一瞬で灰になる。

 やはり魔法使いとしてはかなり優秀だ。申し分のない威力である。


「「「キュイイイイイイイイイイイッ!?」」」


 しかし、仲間が焼き払われたのを見た他のコウモリ達が錯乱して、上へ下へと飛び回った。

 先ほどまで天井付近をずっと飛んでいただけなのに、床にぶつかり壁にぶつかり、メチャクチャな勢いで暴れ出す。


「キャアアアアアアアアアアアッ!?」


 暴れるコウモリに全身をまとわりつかれてシエルが悲鳴を上げた。

 エアリスが張った結界の中に避難していなければ、俺達も同じようになっていただろう。


「アイツらは範囲の広い魔法を使うと、恐怖のあまりパニックになるんだよな。ああやってムチャクチャにされるからやっちゃいけないんだ」


「は、早く言いなさいよ……」


 コウモリのパニックが収まり、ボロボロになったシエルが現れる。

 バッドバットは攻撃力が低いモンスターなのでダメージはさほどないが、髪も服もボロボロ。

 自分の炎魔法で焼き払ったコウモリの残骸をモロに浴びてしまい、灰まみれになっていた。


「だ、大丈夫ですの?」


「うう……汚された。綺麗な身体でなくなっちゃった……」


 服の中にまでコウモリが入ってきたのだろうか、シエルは服が半脱ぎになってスカートの下からパンツがずり落ちている。

 涙目になってこちらを睨んでくるその姿は、まるで凌辱を受けた直後のようだった。


「綺麗な身体って……レオンはまだお前に手を出してなかったのか?」


「いや、最初に聞くのそこじゃなくない? まずは謝ってよ……」


「こっちの忠告を聞かなかったそっちが悪い。だが……おかげでかなり数が減ったな」


 シエルの犠牲のおかげでコウモリは半分以下になっている。

 可哀そうだから、残りは俺が片付けてやるとしよう。


「手本を見せてやるよ……シャドウバレット」


 俺は下から影の弾丸を撃っていき、残っていたコウモリを片っ端から落としていく。

 バッドバットの動きは素早いが単調だ。

 慣れた人間であれば、それほど苦労することなく撃ち落とすことができる。


「これで最後。終わったぞ」


「すごい……これが『バスカヴィルの魔犬』の力……!」


 エレクトラが驚いたように目を見開いている。


「うう……だったら、最初からアンタがやりなさいよ」


「俺が全部倒しちまったら、お前らの修行にならないだろ」


「シエルさん、回復しますからこっちに来てください」


 全てのコウモリを撃ち落として、戦闘が終了した。

 エアリスがボロボロのシエルの手当てをして、浄化の魔法で身体も綺麗にしてやっている。

 エレクトラは能力のわりに経験不足が強く、シエルは無鉄砲が強い。

 二人の欠点が露わになった戦闘であった。


「浄化の魔法で身体は綺麗になったけど……お風呂、入りたい。本当に汚された気分……」


「我慢しろよ。第五階層に休憩スペースがある。そこで休めるからもうちょっとの辛抱だ」


「もうちょっとって……今は三階じゃない。まだまだ先じゃないのよ……」


 ガックリと肩を落とすシエルを連れて、俺達はダンジョンを進んでいった。

 まだまだ塔の攻略は始まったばかり。

 シエルの苦難もまだ、続いていくのであった。

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