第52話 王女の事情
その後もダンジョンを攻略していったが、意外なことに、お姫様であるエレクトラは少しも弱音を吐くことはなかった。
足手まといになるようなら『永久図書館』には連れていないと事前に言っておいたので、必死になって食らいついてきた。
パーティーの中でもっとも足を引っ張っていたのは、レオンの幼馴染ヒロイン……シエルである。
基礎能力もスキルの熟練度もエレクトラが優っているのだが……全体的に浮足立っているというか、焦りが行動に透けて見えている。
おそらく、レオンを助けるという目的、一ヵ月後に見合いを控えていることに急かされており、冷静さを欠いているのだろう。
「このまま改善が見られないようであれば、『永久図書館』には連れていけないな」
「……わかってるわよ。頭を冷やせって言うんでしょう?」
「その通りだ。冷水シャワーでもかけてやろうか? せっかく風呂に入っていることだしよ」
風呂。
そう、風呂である。
シエルは現在、ダンジョンの中だというのに入浴をしていた。
場所は先ほどと同じく『賢人の鍛錬場』。
第五階層にある休憩スペースである。
敵が出現することのない安全圏であるこの場所で、シエルを含む三人の女性が風呂に入っていた。
ダンジョンの途中に浴室があったわけではない。
休憩スペースの一部にカーテンで仕切りを作っており、そこにアイテムバッグから取り出したバスタブを置いて簡単な風呂を作ったのである。
「何というか……サービスシーンだよな。見えないけど」
カーテンの外で、俺は携帯食を齧って休憩をとっていた。
ダンジョン内部での休憩や夜明かしはすでに慣れたもの。
ゲームの世界と違って、この世界ではダンジョンの内部でもちゃんと時間が流れているのだ。
外では日も暮れるし、夜にもなる。
休憩スペースで眠ったり風呂に入ったりは、さほど珍しいことではなかった。
「……という設定だな、うん」
そう、設定である。
このゲームのヒロインはダンジョンの中だろうと、平気で風呂や水浴びをしたがる。
おそらく、そうやって定期的にサービスカットを入れてくるのは、『ダンブレ』が元々、エロゲであることの名残なのだろう。
「驚きましたわ。まさか、道具袋にバスタブなんて入れているなんて」
「ゼノン様のパーティーメンバーは私も含めて女性ばかりですからね。私達の方からお願いをしたんですよ」
カーテンの向こう側。
エレクトラの疑問にエアリスが答えている。
カーテンに仕切られている向こう側を見ることはできないが、外からでもシルエットくらいはわかる。
目を引いてくるのは、エアリスの見慣れた爆乳。
そして……向かい合うような位置にある、さらに大きなサイズの『魔乳』であった。
「…………」
何というか……このシルエットだけでも飯が食えそうだ。
服の上からでもわかっていたが、こうやって服を脱いでいるのを眺めていると改めてとんでもないサイズである。
さすがはゲーム内でも一、二を争う乳の持ち主だ。
「ところで……エレクトラ様、貴女はどうしてそんなに『永久図書館』に拘るの?」
頭から湯を浴びながらシエルがエレクトラに訊ねた。
「私はレオンを助けるためという目的があるけど……エレクトラ様にそれほどの理由があるとは思えないのだけど?」
「……私にだって理由はありますわ。助けなければいけない人もね」
「それは……?」
「知っているでしょう。私に姉と妹がいることを」
エレクトラが声のトーンをわずかに落とす。
「それはもちろん……エモーション殿下とエレメント殿下でしょう?」
スレイヤーズ王国が王家の三姉妹。
長女エモーション。
次女エレクトラ。
三女エレメント。
ややこしい名前でゲーム中には混同させてしまい、苦労させられた『E』の三姉妹である。
「長姉であるエモーション姉様は有名でしょう。騎士団の一つを率いて、魔物との戦場に出ているのだから」
「ええ、面識はないけれど」
「でも……妹のエレメントのことは知らないでしょう?」
「…………はい」
シエルが記憶を探っているような空気が伝わってくる。
スレイヤーズ王家の三姉妹は長女、次女は人前に出てくることがあるのだが、三女は全くといって良いほど情報が表に出ていない。
その事情を知っているのは、王家の人間と俺のようなプレイヤーだけだった。
「妹は寝込んでいるのです。もう三年になるかしら?」
「え……」
「目を覚ますことすらなくて、ずっと寝たまま。医者や神官に見せても原因もわからないのですわ」
「…………!」
シエルが唖然としているのがカーテン越しにも分かった。
そう……スレイヤーズ王国の王家三姉妹、末妹であるエレメント・リ・スレイヤーズは三年前から寝込んでおり、人形のように眠り続けているのだ。
原因はある魔女から呪いをかけられていることなのだが、面倒なことにこの呪いはその魔女を倒しても解くことはできない。
呪いを解くためにはとあることをしなければいけないのだが……俺はそれをエレクトラに伝えるつもりはなかった。
絶対に嘘だと思われるだろうし、場合によっては王女に対する不敬罪で捕まりかねない内容だからだ。
『永久図書館』にいけばその真実もわかるのかもしれないが……そこから先は俺には関係ない。
俺の知らないところで、勝手にやることをやって呪いを解除してもらいたいものである。
「フウ、さっぱりしましたわ」
やや微妙な空気にはなったものの、女性陣の入浴が終わったようである。
「私達は沐浴が終わりましたわ。貴方も入っては如何ですか、バスカヴィル卿」
「あ」
カーテンが開いた。
エレクトラが開けたのである。
「ちょ、エレクトラ様!?」
「え、エレクトラ殿下……いきなりは困ります」
露わになった三人の裸体。
いや、そんなあっさりと見せてくれるのなら何のためのカーテンだったのだと、ツッコみたくなる。
見慣れたエアリスの身体。
相変わらず胸が大きいのに腰がキュッと締まった奇跡の裸身。
宗教画に登場するヴィーナスのように美しい。
転生してから初めて見ることになるシエルの身体。
掌にジャストフィットするサイズの程よい胸。
決して貧乳ではないがヒロイン三巨頭の中ではもっとも小さいため、気にして毎晩のように豊胸マッサージを自分でしているという設定だった。
そして……エレクトラ。一国の王女の黄金のような裸体。
スイカのような巨大な果実が重力によって下にタプタプと揺れており、腰のラインもムチムチだ。
見ようによってはだらしなくも見えてしまうのだが……「それがイイ!」とプレイヤーの中では話題になっていた身体つきである。
「ちょちょちょ! 早く閉めてください!」
「え?」
シエルが慌ててカーテンを掴み、閉じてしまった。
「何をやっているんですか!? バスカヴィルにバッチリしっかり見られちゃいましたよ!?」
「え? 何か問題ありましたか?」
「あるに決まっているでしょうが! どうして男に見られても平気なんですか!?」
「入浴時には大勢の人に見られるでしょう? 恥ずかしがる理由がありませんわ」
エレクトラが何でもないことのように言う。
王族らしい世間知らず。普段から周りで多くの人間に日常生活の世話をしてもらっており、今さら裸くらい見られても何も感じないのだ。
ちなみに、エレクトラの姉と妹も似たような感じ。
彼女達も仲間にすることができるのだが、主人公がいる前で平然と着替えたり裸になったりしていた。
「それは侍女とかメイドでしょうが! 男の人に見られるのは違うんです!」
「は、はあ? そうなんですか?」
シエルが立場を忘れてガミガミと説教をしている。
「……意外と相性がいいよな。この二人は」
俺はそんな二人のシルエットを見つめながら、先ほどの光景をしっかりと脳内フォルダに記録しておくのであった。
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