第94話 卑劣な勝利

「……やれやれ、流石に死んだかと思ったぞ。こんなギャンブルは金輪際ごめんだな」


 俺はふさがった胸の傷を撫でながら、深々と息を吐いた。


 ポケットに手を入れると、中に入れていたアイテムが粉々に砕けている。

 すでに原形をとどめていないが……そこに入っていたのはアクセサリーとして装備していた『不死鳥の卵』。復活効果のあるアイテムだった。

 かつて、マルガリタ峡谷ではシンヤ・クシナギがこれを使って復活していたが、俺も周回アイテムとして同じ物を所持していたのである。


「シンヤに感謝しないといけないな。アイツが『実験台』になってくれたおかげで、安心してこれを使うことができた」


 不死鳥の卵は復活アイテムだが……その効力がどれほどなのか、実を言うとわかっていなかった。

 ゲームでは戦闘不能になったキャラクターを自動的に復活させていたが、はたして現実で死んだ人間を蘇らせるほどの効力があるのか。

 死者を生き返らせることができたとして、肉体の損傷が激しいものまで修復できるのか、わかっていなかった。

 使用する前に試してみたかったが……命懸けの実験などそう簡単にできるものではない。どうしたものかと思っていた矢先、ちょうどシンヤがそれを使用する場面を目の当たりにしたのである。


 シンヤはナギサに首を斬り落とされた状態からでも、このアイテムで復活することができていた。

 それを見て確信した。不死鳥の卵は死者を生き返らせることができ、ある程度の肉体的損傷ならばなかったことにできるのだと。


 そこで……俺は父親を倒すための奇策として、これを装備して戦いに臨むことにした。

 復活アイテムである『不死鳥の卵』。これを装備して死んだふりをして、ガロンドルフの隙を突くという奇策を使うことにした。

 加えて、万が一、息子を殺してもガロンドルフの意識が揺らがなかったときのために、ウルザには【威圧】のスキルを覚えさせている。

 俺が目の前で刺されれば、ウルザの性格からして、すぐさま怒り狂ってガロンドルフに襲いかかるだろう。そこで【威圧】のスキルが発動されれば、流石のガロンドルフの注意もウルザに向くはずだ。


 ガロンドルフからしてみれば、二重のドッキリだった。

 外野で警戒していなかったウルザから【威圧】を喰らい、その隙に死んだふりをしていた俺が生き返って斬りかかる。

 この奇策に対応できるというならば……もはやガロンドルフを倒す手段など存在しないだろう。


「タイマンの決闘……仲間の『声援』は借りたが、『手出し』はさせちゃいない。ルール違反じゃないよな?」


「…………」


 揶揄うように訊ねるも、ガロンドルフは無言のまま答えない。胸部を大きく斬られて膝をついたまま、肩で息をしている。

 辛くも致命傷を逃れているが、放っておけば数分で死に至ることだろう。


「フン……つまらんな」


 無反応の父親に興醒めし、鼻を鳴らす。

 もう少し悔しそうな顔をしてくれれば溜飲も下がるのだが、退屈なリアクションである。


「ご主人様!」


「ゼノン様、ご無事ですか!?」


 俺が勝利したのを確認して、仲間達が駆け寄ってくる。


 最初に胸に飛び込んできたのは鬼人の少女――ウルザ。

 俺が無事でいるのを見て暴走状態が解けたウルザは、目からポロポロと涙を流しながら突進してきた。

 うん……鎖を巻いたままだから、すごく痛い。頭の角も刺さっている。


「さて……約束を守ってもらうぞ、親父。バスカヴィル家の家督を俺に譲れ。『バスカヴィル家の当主は最強でなくてはならない』――そう言ったのは親父だろう? 敗者であるアンタにその資格はない」


「…………」


「まさか卑怯な手を使われたから自分は負けていない、とか言い出さないよな? どんな手段を使おうが勝ちは勝ちだぜ?」


「……いいだろう。私の負けだ」


 長い沈黙の後、ガロンドルフがポツリとつぶやいた。

 地面に膝をついたまま顔を上げて、下からまっすぐに見つめてくる。


「そして……今日からお前が我が家の当主――『バスカヴィルの魔犬』だ」


「魔犬……?」


 これまで何度か聞かされた単語である。

 はたして、それが意味するものは何なのだろうか。


「親父、いい加減に説明しろよ。それはいったい……」


「何を油断している? 私はまだ生きているぞ!」


「っ……!?」


 詳しく聞こうとするが……深手を負って膝をついていたガロンドルフが突如として動いた。

 命に関わるようなケガをしているとは思えない機敏な動きで、俺が握っている剣先を掴んでくる。


「グッ……」


「なっ……!?」


 そして、ガロンドルフは力強く剣先を引き寄せた。


 予想外の動きに目を見開いたのは一瞬のこと。

 次の瞬間には、尖った剣先がガロンドルフの左胸を抉っていたのである。


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