第93話 死闘の終わり
空中からの奇襲。
フラッシュボムによる目つぶし。
スキルによって加速を加えた斬撃。
あらゆる手を尽くし、これならばガロンドルフであろうと討てるであろう『必勝の奇策』だったが、右の鎖骨を断ち斬っただけで終わってしまった。
対するガロンドルフの剣は俺の胸を貫いている。
どちらが勝者でどちらが敗者か。誰の目にも明白だった。
「ぐ……がっ……!」
心臓が貫通して、膨大な血液が剣を伝って流れ落ちていく。
自分の身体の中にこんなにも大量の血が循環していたのかと、薄れゆく頭にぼんやりと浮かんでくる。
「馬鹿な……ゼノン、私は何ということを……!」
「…………?」
一方で、敵に致命傷を与えたはずのガロンドルフは、何故か焦ったような表情になっていた。
ずっとぶっきらぼうなしかめ面をしていた父親の顔に、初めて人間らしい感情が浮かんでいる。
それはまるで……息子を案じる父親のような顔だった。
親子の情愛など欠片も持っていないはずのこの男が、どうして今更そんな顔をするのだろうか?
「っ……!」
そんな疑問を胸に抱くと同時に、視界がかすれて意識が遠のいていく。
身体が恐ろしく冷たい。全身の熱が血液と共に消え失せていくような感覚だ。
これが……『死』というものなのか。
ゼノン・バスカヴィルになってから何度も修羅場を潜り抜けてきたが、初めて己の首筋に突きつけられる死神の鎌の感触が明白にわかった。
「ぁ……!」
これは本当にヤバいかもしれない。
力を失った手足がだらりと垂れて、冷たい闇の中へと魂までもが飲み込まれそうになる。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
だが……そんな俺の意識を何者かの絶叫が呼び止めた。
雷鳴のような怒声が放たれ、死にゆく俺の身体を貫いて意識をつなぎとめる。
「よくもよくもよくもおおおおおオオオオオオオオオッ! 殺すっ! 殺してやりますの! 皮剥いで喰い殺してやる!」
大気を震わせる爆音を口から放出したのは、鍛錬場の端で戦いを見守っていたウルザである。
頼もしき従者である白い小鬼が、かつてナギサと決闘した時と同じ
白い髪が蛇のようにうねり、真っ赤に染まった両目の中央で金色の虹彩が激しく明滅している。
「待て! 引っ張るんじゃない!」
ナギサが慌てて叫び、俺の言いつけ通りに鎖を引く。エアリスやレヴィエナも顔を真っ青に染めながらも鎖に縋りついている。
そんな仲間の制止を受けながらも、ウルザは怒りのままに暴れ狂う。己を拘束する鎖をギチギチと引っ張って力任せに引きちぎろうとしていた。
とはいえ……ウルザの暴走を抑えるために用意した特注の鎖だ。簡単に破れるわけもなく、ウルザは『火眼金睛』となった両目を苛立たしげに吊り上げる
「このっ…………グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「うっ……」
「きゃあっ!?」
「ぐ……ぬうっ……これは何という
ウルザの咆哮が音波となって周囲の木々や建物を震わせる。その場にいた多くの者達が驚き、耳を押さえ、恐怖に表情を引きつらせた。
小さな身体から放出されたのはタダの咆哮ではない。以前、スキル晶石を使って取得させておいた【威圧】のスキルが発動しているのだ。
敵のヘイトを集める【威圧】を喰らってしまい、その場にいる全員――ガロンドルフすらもウルザのほうに意識を向けて釘付けになってしまう。
「…………」
ああ、全く。
この展開。この有様。
本当に、何ということだろうか……
「……やれやれ、ここまで都合良くいくとは思わなかったな。心臓刺された甲斐があった」
俺はポツリとつぶやく。
ウルザの絶叫のおかげで意識も保たれている。痛みも徐々に引いてくる。
心臓を貫かれていながら、つぶやいた言葉は思いのほかハッキリと口から出てきた。
「ぬうっ!?」
死んだはずの息子がしゃべり出した。
その異常事態に、ガロンドルフはウルザから俺に意識を戻す。
だが……流石に遅い。
いくら百戦錬磨とはいえ、予想外の事態が続いたせいで隙だらけになっている。
「魔法剣――黒狼剣破!」
俺は親父の右肩に食い込んだままの剣に力を込めて、闇の魔法剣を発動させた。
「ぐおああああああああああああああっ!?」
漆黒のオーラが剣から溢れ出る。黒い斬撃が右肩から腰までを深々と切り裂き、今度はガロンドルフの鮮血が薄闇に飛び散った。
「俺の勝ちだぜ……親父。物言いは受け付けねえよ!」
会心の笑みを浮かべて言い放ち、今更のように自分の胸を貫いている剣を引き抜いた。
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