第95話 覇者の最期


「なっ……」


 己の剣が父親の胸を抉っているのを目の当たりにして、俺は思わず目を見開いてしまう。

 慌てて剣を引き抜くと、ガロンドルフの胸から勢いよく返り血が噴き出した。


「っ……何をしていやがる! テメエは死ぬつもりか!?」


 自分でもおかしなことを言っていると思う。

 ガロンドルフを殺すつもりで戦っていたというのに、いざその時が来たら激しく動揺してしまった。

 治療しようと手を伸ばすが、地面に倒れたガロンドルフが息子の手を振り払う。


「必要ない……私の役目は終わった……」


「役目だと!? 何を勝手な……」


「次はお前だ。息子よ……役目を、引き継げ……」


 ガロンドルフの口からゴポリと血の泡が噴き出した。

 ダラリと両手が地面に落ちて、瞳から力が失われていく。


「おい、勝手なことを言ってんじゃねえぞ!? 死ぬなら説明してから死にやがれ!」


「…………」


 両肩を掴んで揺さぶるが……もはやガロンドルフは言葉を発することもしない。


 ガロンドルフ・バスカヴィル。

 スレイヤーズ王国の夜を支配した裏社会の覇者は、あっけないほどあっさりと命を落としてしまった。


「……ふざけやがって!」


 俺は倒れる父の亡骸に奥歯を噛みしめ、硬く拳を握りしめた。


 何故だろう。

 勝利したはずなのに、悔しさが溢れてくる。

 まるで勝った気がしない。理由不明の敗北感が胸の内を覆っていく。


「おめでとうございます、ゼノン様。勝利を心からお慶び申し上げます」


「……ザイウスか」


 背中に声をかけてきたのはロマンスグレーの髪とヒゲ。左目にモノクルをかけた老執事――ザイウス・オーレンであった。

 ザイウスの後ろにはバスカヴィル家の使用人らが勢ぞろいしており、黒ずくめの正体不明の人物らも一緒に並んでいる。


「バスカヴィル家の新たな当主――『魔犬』となられたお方に忠誠の儀を」


 ザイウスを筆頭に、その場にいたもののほとんどが膝をついて頭を下げてくる。


「これより、ゼノン様を新たな当主としてお仕えいたします。どうぞ我らを好きなようにお使いください」


「…………」


 俺は跪いている使用人、裏社会の人間らしき者達の前に立って口を開く。


「……バスカヴィル家はこれで解散する。傘下にある裏の組織もだ。もう悪の権化であるバスカヴィル家はない。お前らも好きにするんだな」


 それは以前から決めていたこと。

 裏社会の支配者として恐れられるバスカヴィル家を解体して、悪の根を断つこと。

 俺ができる最大の善行。勇者として魔王を倒すこととは別に、スレイヤーズ王国を脅かす邪悪を消し去る手段であった。


「……我らを見捨てるおつもりですか。そんなことは許されませんぞ?」


「知ったことかよ。俺は悪の親玉になんてなるつもりはない。悪さがしたいのなら、自己責任で勝手にやりやがれ」


「なるほど……それは困りましたな」


 ザイウスは残念そうに言うが……不思議とその口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。

 怪訝に思って理由を尋ねようとするが、そこで新たな闖入者が現れる。


「うむ、バスカヴィル家がなくなってしまうのは困るな。我が国の損失となろう」


「っ……!」


 第三者の声が突如として割り込んできた。

 声がした方向に目を向けると……闇の中からにじみ出るようにして大柄の中年男性が現れた。

 貴族が着る豪奢な服を着た男、その左右には鎧を身に着けた騎士が立っている。城で働いている近衛騎士だった。


 いくら夜更けとはいえ、篝火が焚かれた鍛錬場で並んだ3人の人影を見落とすわけがない。おそらく、魔法かマジックアイテムで姿を消していたのだろう。


「近衛騎士だと……お前は一体……?」


「貴方はもしや……!」


 男の登場に反応したのは俺ではなく、傍にいたエアリスである。

 エアリスは信じられないとばかりに青い瞳を見開き、驚愕に肩を震わせていた。


「知っているのか、あの男を?」


「どうしてゼノン様は知らないのですか!? あの御方は……」


「よい、セントレアの娘よ。楽にせよ」


「は、はいっ……!」


 中年男性が鷹揚な口調で言うと、エアリスが頭を下げて畏まる。

 エアリスの態度といい、近衛騎士を連れていることといい、目の前の中年男性がやんごとなき身分であることがわかった。


「卿と会うのはこれが初めてだったな。バスカヴィルの嫡男……いや、新たな『バスカヴィルの魔犬』よ」


「…………」


「余の名はジュリアス・ジ・スレイヤーズ。スレイヤーズ王国が十三代国王である!」


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