第96話 バスカヴィルの魔犬


「……国王だと?」


 いたな、そんなの――流石にその言葉は口にすることなく、しげしげと中年男性の顔を見る。

 記憶を探ってみれば、ゲーム上にも国王ジュリアス・ジ・スレイヤーズは登場していた。主人公が魔王を倒した後、エンディングでわずかに登場しただけなのですっかり忘れていた。


「くくっ、王と知ってその口調か。ガロンドルフの息子だけあって不遜なことよ」


 知らぬうちに無礼な態度をとってしまった。

 ジュリアスは愉快そうにしているが……王に対して不敬だったかもしれない。

 俺はそっと溜息をついて、やや口調を改めて疑問をぶつけることにした。


「これは失礼を、国王陛下。それで……いったい、どうしてこんな所にいるのですかな?」


「無論、新たな『魔犬』の誕生を見届けにきたのだ。ガロンドルフの自慢の息子とやらの顔を拝みにな」


「自慢の息子……?」


 意外過ぎる言葉に思わず疑惑の声を上げてしまう。

 父親――ガロンドルフとは2、3度ほどしか顔を合わせていないが、会うたびに侮辱の言葉を浴びせかけていた。

『自慢の息子』などという称賛を口にしている父親の姿が全く想像できなかった。


「『魔犬』を継ぐお主に説明しなくてはならないな。バスカヴィル家の役割について。スレイヤーズ王国の夜を守る一族の歴史について」


「…………」


「バスカヴィル家は人々の間では悪の首魁。闇ギルドや犯罪結社を支配する黒幕であり、人身売買や違法薬物の販売、要人の暗殺に関わる邪悪の化身として知られている。だが……その実態は王家の命により、スレイヤーズ王国の『悪』を統制する役目を負った管理者なのだ」


「管理者だと……?」


 思わず丁寧な口調が崩れてしまった。

 そんな設定は聞いたことがないし、息子を平然と拷問するような父親がそんな重大な役割を背負っているとは思っても見なかった。


「意外に思うだろうな。ガロンドルフはそんなことは少しも話してはいなかったのだろう?」


「ええ……初耳ですね。国王陛下にこのようなことを申し上げるのは無礼ですが、信じられませんね。陛下の正気を疑うほどですよ」


「ぜ、ゼノン様。陛下にそのような態度は……」


 国王の言葉を疑うという無礼を働く俺に、エアリスが不安そうに袖を引いてくる。

 無礼を咎められないかと戦々恐々としているようだが、当のジュリアスは特に気にした様子もなく苦笑を浮かべていた。


「構わん、構わん! ガロンドルフが役目を終えて、余に遠慮のないことを言える人間がいなくなってしまったのかと落ち込んでいたのだ。そのふてぶてしさは、父親に似て好ましいぞ!」


「……父のことを随分と買っていたようですね。そんなに親しい仲だったのですか?」


「うむ、余は表から、ガロンドルフは裏からこの国を守っていたからな。同志といってもよい間柄だったかもしれん」


 ジュリアスは昔を懐かしむような遠い目をして、説明を続ける。


「バスカヴィル家は代々、この国を陰から守ってきた。暗殺者や殺し屋のような裏稼業の人間が王家に牙を剥かぬように抑え込み、道を踏み外して行き過ぎた犯罪者を処理し、奴隷や薬物の売買を牛耳ることで他国の無法者が国内で力を持たぬように管理していた。他の貴族からは不正貴族として蔑まれ、民草からは悪党として恐れられ、それでもこの国のために尽くしてきたのだ」


「…………」


「ガロンドルフがお前に冷たく接してきたのも、役目を果たす力をつけさせようと心を鬼にしていたのだ。自身が悪役となることで悪を憎む心を植え付け、成長を促すために邪悪な父親を演じていた。本当は息子のことを誰よりも愛していたはずだぞ」


 ジュリアスは地面に倒れたガロンドルフに目を向けた。

 友を見るような親愛の目。それでいて、辛い仕事を続けてきた部下を労うような優しげな表情である。


「バスカヴィル家の役割は一子相伝。子が親を倒すことによって継承される。ガロンドルフもまた父親を殺め、闇を管理する『魔犬』の役割を引き継いだのだ」


「成程……やり方に疑問はありますが、理屈は納得しましたよ」


 国王の説明をまとめると……ガロンドルフは裏社会に巨悪として君臨することにより、スレイヤーズ王国内部に蔓延る『悪』を統制していたのだろう。

 どれほど豊かな国。技術が進んだ先進国であっても、道を踏み外して悪人になってしまう人間は必ずいる。それは『あちらの世界』にも暴力団やギャングと呼ばれる存在がいたことからも、明らかである。

 いくら法を整備して取り締まりを強化しても、完全に悪の芽を断つことは敵わない。

 それ故に、この国ではバスカヴィル家が首魁として『悪』を管理していたのだ。


「ああ、畜生……馬鹿親父め……!」


 俺は表情を歪めて悪態をついた。


 もしも息子を罵ったり、暴力を振るったりすることが、息子を後継者として成長させるための手段だったとするのなら……ガロンドルフは完全に教育方針を間違えている。


 確かにゼノン・バスカヴィルは父親の狙い通りに成長して、決闘に勝利するまでに強くなったが、それは『俺』という存在が憑依した結果。ゲームのシナリオでは、愛情を知ることなく生きてきたゼノンは決定的に道を踏み外していた。

 勇者として栄光を得たレオンに激しい嫉妬と憎悪を抱き、ヒロインを寝取り、結果として魔王を復活させて王国を滅ぼしてしまったのだ。


 つまり、ガロンドルフの教育は『俺』に対しては有効に働いたが、『ゼノン』にとっては逆効果でしかなかったことになる。


「それで……国王陛下、貴方は俺に何を望んでいるのだ?」


「無論、バスカヴィル家の役割を引き継ぐこと。新たな『魔犬』としてこの国を陰から守ることだ」


 俺の問いに、ジュリアスは間髪入れずに返答する。


「バスカヴィル家が役割を放棄すれば、これまで抑えられていた犯罪者が暴走することになるだろう。暗殺者どもは仕えるべき主を失って刃を向ける先を見失い、無法者がこぞって犯罪結社を立ち上げて相争うことだろう」


 ジュリアスはビシリと指を突きつけ、ハッキリと言葉に出して命じてくる。


「ゼノン・バスカヴィルよ! 新たな『魔犬』となり、スレイヤーズ王国の夜を支配せよ! この国の『悪』を管理し、人々の安寧を守るのだ!」


「我らからもお願いいたします。どうか偉大なる悪の導きを」


「どうぞ道を示してくださいませ。我らが『正しき悪』の道を歩むことができるように」


「偉大なるバスカヴィル。我らが管理者よ」


「お情けを。我らに支配を」


 王の言葉に続いて、ザイウスや他の使用人、黒づくめが俺を囲んで跪き、祈るような言葉を発する。

 それはまるで王に仕える家臣。あるいは神に祈る宗教者のようだった。


「ゼノン様……」


「ご主人様……」


「…………」


 エアリスとウルザ、ナギサ、レヴィエナが困惑した表情で俺の顔を見上げてくる。

 俺がどのような答えを出すのかわからず、不安に戸惑っているのだろう。


「……………………そうかよ」


 俺はかなり長い時間考え込み、ようやく答えを導き出した。


 何気なく空を見上げると、いつの間にか雲が晴れて夜空に星々が瞬いている。

 だが……新月の空に月はない。月がない夜を明かりなしに歩くのは、きっと不安で恐ろしいことだろう。

 夜空には月が必要だ。夜の世界を生きる者達を照らす煌々たる月が。


「俺は……」


 そして――俺は導き出した答えを口にした。

 ゼノン・バスカヴィルとして生きることになった俺にとって、一生涯を歩むことになる道を決断したのである。

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