第13話 死ぬべき者達

 4層へとたどり着いた俺は、魔物を倒しながらさらに進む。

 現れるモンスターは相変わらず雑魚ばかり。特に苦労することもなく、剣と魔法の練習のつもりで相手をしていく。

 3層まではクラスメイトの姿をちらほらと見かけていたが、ここまで降りてくるとそれも見当たらなくなってきた。

 どうやら、クラスメイトの大部分は3層まででギブアップして引き返してしまったようである。


「……この調子なら、すぐに最奥まで潜れそうだな。レオンもすでに着いているだろう」


 倒したモンスターのドロップアイテムを拾って道具袋に入れながら、俺はポツリとつぶやく。

 初めてのダンジョン探索もじきに終わりである。ダンジョンの最深部にはちょっとした強敵ボスがいるのだが、それも先に入っているレオンに撃退されているに違いない。

 少々、もの足りない気もするが……初めてのダンジョン探索もこれで終わりである。


「うわあああああああああっ!」


「ん……?」


 特に気負うことなく、軽い足取りで進んでいく俺だったが……ふと進行方向から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああああああっ!」


「クソッ! やりやがったなこの野郎!」


「早く下がれ! 離れないと殺られるぞ!」


 聞こえてきたのは数人の男女の悲鳴。いずれも聞き覚えのない声である。

 怪訝に思いながら進んで行くと、ダンジョンの先から金属がぶつかり合う戦いの音が響いてきた。


「……誰かが戦っているのか? 随分と苦戦しているようだが」


 何が起こっているのだろうか。

 あえて姿は見せずに壁の陰に隠れ、前方で起こっている戦いを盗み見る。


「クソッ! 何でこんな強い敵がいるんだよ!」


「避けて、ジャン!」


「ぐ……うわああああああああっ!?」


 そこでは激しい戦闘が生じていた。4人組のパーティーが1匹のモンスターを相手にして戦っている。

 4人のうち2人はすでにぐったりと地面に倒れ込んでおり、生死もわからない状態だった。辛うじて、剣士の男と魔法使いの女がモンスターと渡り合っている。


「ギイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 クラスメイトの男女が戦っているのは、翼を生やした人型のモンスターである。

 モンスターは二本足で立っているが、顔には尖った嘴があり、身体は石のように固そうな質感をしている。見るからに凶暴そうな眼には鋭い殺意と威圧感が宿っており、明らかに初心者用のダンジョンでエンカウントするような敵ではない。

 そのモンスターはゲームにおいて『ガーゴイル』と呼ばれている敵だった。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ガーゴイルは洞窟の宙を舞いながら、爪を振ってクラスメイトに襲いかかる。


「きゃああああああああああっ!」


「アリサ!? この野郎おおおおおおおおっ!」


 必死に抵抗していたクラスメイトであったが、やがて女子生徒が爪で引き裂かれてその場に倒れた。剣を持った男が慌てて倒れた仲間に駆け寄っていく。


「ちくしょう……よくも、よくもアリサを!」


「ギャッギャッギャッ! ニンゲン、コロス! ニンゲン、コロス!」


 男が振り下ろした反撃の刃を軽々と躱して、ガーゴイルが耳障りな声を発した。

 嬲るような鳴き声には明らかに余裕があり、残ったクラスメイトが倒されるのも時間の問題だろう。


 そんな絶望的な戦いを隠れて見守りながら、俺は眉間にシワを寄せて考え込む。


「……どうしてガーゴイルがここにいる? アレと戦うのは最下層のはずだが」


 あのガーゴイルは本来であれば、ダンジョンの最奥にいるイベントボスである。

 ガーゴイルは実は魔王の手下であり、そう遠くない未来に復活する魔王のため、勇者の子孫を殺すためにこのダンジョンに潜んでいたのだ。

 ダンジョンの最奥にたどり着いたレオンは、勇者の子孫殺害を目的にしたガーゴイルに殺されそうになる。そして、パーティーを組んでいたシエルと駆けつけたナギサと共に戦って、最後は勇者の血の力に目覚めてガーゴイルを撃退するのだ。

 レオンにやられたガーゴイルはどこかに逃げてしまうはずなのだが……。


「……そうか。忘れていたな」


 そこまで考えて、ようやく疑問の答えにたどり着いた。ゲームではナレーションだけの情報だったから失念していた。

 ガーゴイルはダンジョンから逃げる途中で、遭遇したレオンのクラスメイト数人を殺害しているのだ。

 そして、『自分が敵を逃がしたせいでクラスメイトを死なせてしまった!』などとレオンは己の弱さを噛みしめて、さらに自分を鍛えて成長するフラグになるのだった。


「そうか……殺されるクラスメイトってのが、こいつらなのか……」


 同情を込めてつぶやいた。彼らはゲームには名前すらも登場しないモブキャラだったが、それでもこうしてイベントとして死を強制されているのを見ると、さすがに哀れに感じてしまう。

 ゲームではそれほど気にしたことはなかったが、彼らにだって自分の人生があるのだ。

 主人公の成長のためにそれを不意にしなければいけないのだから、改めて考えると惨い扱いである。


「……どうしたものかね。助けるのは……やっぱり不味いよな」


 物陰に隠れながら、俺は眉間にシワを寄せて唸る。

 主人公――レオン・ブレイブが魔族を憎み、勇者として成長するためには、ここでクラスメイトの死が必要だ。彼らの犠牲を乗り越えて、レオンは勇者としてもっと強くなることを誓うのだから。

 ここで彼らに救いの手を差し伸べてしまえば、レオンが魔王に勝利して世界を救う未来もまた揺らいでしまうかもしれない。


「……可哀そうだが、ここはスルーするしかないか。悪く思うなよ」


 俺は目を伏せて、そっとその場から離れようとした。

 しかし……立ち去ろうとする背中に、クラスメイトの弱々しい声が飛んでくる。


「だめ……逃げて、ジャン……」


「逃げるかよ! お前を置いて行けるわけねえだろうが!」


「わたしはもうだめ……だから……せめて、あなただけでも……」


「ちくしょおおおおおおおっ! 化け物が、アリサから離れろおおおおおおお!」


「…………」


 倒れた魔法使いの女が声を振り絞って逃げるように訴えており、剣士の男がそんな彼女を守るためにたった1人でガーゴイルに立ち向かっている。

 そんな声を聞いているうちに、この場から離れようとする俺の脚は自然と止まってしまう。


「ギャッギャッ、シネ、ニンゲン!」


「グッ……!」


 ガーゴイルの鋭い一撃により、男の剣が弾き飛ばされる。

 万事休す。絶体絶命の危機であった。


「ギャッギャッギャッギャッ……グベッ!?」


 耳障りな笑声と共にトドメを刺そうとするガーゴイルであったが、その顔面を魔法で生み出された黒い刃が斬り裂いた。

 俺が放った闇魔法が狙い通りにモンスターの顔面に命中したのである。


「……やっぱりダメだな。どうやら、俺は悪党が向いていないらしい」


「お前は……バスカヴィル!?」


 物陰から飛び出して右手をかざす俺の姿に、ジャンと呼ばれていた男が驚きに目を見開いた。


「……考えてもみたら、この程度のシナリオ改変で強く成長できなくなるような奴を勇者なんて呼べないよな。それに……こんな場面を見捨てたら、本物のクズになっちまうじゃねえか」


「ニンゲン、ヨクモカオニキズヲ……タダデスムトオモウナヨ!」


「タダで済むと思うな……ハハッ! 笑わせてくれるぜ!」


 ガーゴイルが忌々しそうに嘴から怒声を発するが、俺は鼻で笑って剣を抜き放つ。


「チュートリアルのボスキャラ風情が偉そうに吠えるなよ。こっちは主人公すら敵わない天下の大悪党だぜ? 薄っぺらい悪役が俺の前に立ちふさがるつもりなら……死んでいいぞ?」


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