第37話 苦渋の選択

 それから、俺達は3日3晩かけて砂漠を移動した。

 途中で町や村に寄ることはできない。シャクナやリューナを捕まえるために、王や導師の追手がかかっているかもしれないからだ。

 幸いなことに、王女一行は十分に食料を用意しており、水も魔法で賄うことができていた。砂漠横断のために十分な準備はしてあるようで、野垂れ死にすることはなさそうである。


 厄介なのは魔物や砂賊の襲撃だったが、このパーティーには俺とシャクナがいる。

 同行している護衛の大部分は大して役にも立たない雑魚だったが……年配の神官騎士であるハディスだけはそれなりの実力を持っていた。防御特化のガーダーとして活躍してくれた。

『巫女』であるリューナも治癒・補助魔法の使い手としてそれなりに有能であり、足手纏いになることはなさそうである。


 俺と王女の姉妹、数人の護衛は誰も欠けることなく、『サロモンの王墓』へと辿り着くことができた。


「ここが『王墓』か……!」


 リューナが固く緊張した声でつぶやいた。


 そこはピラミッドのような形状の建築物だった。

 砂漠の真ん中に不気味に立っており、周りには不自然なほど何もなくて砂地が広がっている。

 正面にある入口からは下に降りる階段が続いており、階段の左右には燃えつきることのない魔法の松明がオレンジの光が揺れていた。


 暗く不気味な入口はまるで怪物の口。

 1度足を踏み入れたら2度と出てこられないのではないか……そんな得体のしれない恐怖を見る者に与えてくる。


 シャクナもリューナも護衛の兵士も……一行は凍りついたような不安げな顔で三角の建築物を見上げている。

 緊張に立ち竦んでいる彼らに、俺は後ろから声をかけた。


「無事に到着したのは良いが……本当にこのメンバーで挑むつもりか?」


「ム……どういう意味よ?」


 シャクナが怪訝な目で訊ねてきた。

 俺は皮肉げに唇をつり上げて、肩をすくめて言ってやる。


「どう考えても実力不足だと思うが? このメンバーで『王墓』を攻略するとなると、どこまで潜れるかわかったものではないぞ。シャクナとリューナ、それにハディスはともかくとして、他の連中の実力じゃあ10階層がやっとだ。50階層を目指すなんて死にに行くようなものだな」


「くっ……知ったようなことを。他国人の分際で…!」


 王墓の入口を前にして、身も蓋もない評価を受けた護衛の兵士が表情を歪めた。

 ハディスを除いた数人の護衛が睨みつけてくるが……その表情には怒りよりも悔しさの方が勝っている。

 ここにたどり着くまでの道中で、彼らだって自覚しているのだろう。自分達が護衛でありながら足を引っ張っていることに。

 仮に護衛全員が束になってかかったとしても、俺の片腕ほどの力もないのだから。


「断言するが……そっちの若い護衛を連れて『王墓』に潜ったとしても、途中で命を落とすことになるだろう。絶対に50階層まではついてこれない」


「クッ……!」


 ここにいる護衛の中で上級職に至っているのは『聖騎士パラディン』というジョブについているハディスだけだった。

 リューナもずっと神殿にいたこともあって魔物との実戦経験が少ないが、こちらはヒーラーとしては十分な力を持っている。

 砂漠の魔物と戦うだけならまだしも、護衛の兵士らにEXダンジョンである『サロモンの王墓』の50階層まで潜れるほどの力があるとは思えなかった。


「だったらどうしろって言うのよ! 今さら、ダンジョンに潜るのを反対とか言わないわよね!?」


 シャクナが怒ったように言ってきた。

 仲間を侮辱されて腹を立てている王女に肩をすくめて、俺は代案を提案するべく口を開いた。

 しかし、俺が言葉を発するよりも先にリューナが右手を上げる。


「だったら……私を含めた4人でダンジョンに挑むのは如何でしょうか?」


「お?」


 俺は驚いて軽く目を見張る。

 リューナが提案したのは、俺が提案しようとしていた代替案と同じものだったのだ。


「リューナ、あなた何を言って……?」


「私と姉様、ゼノンさん、ハディス兵士長。それにヒーラーとして私を加えた4人のパーティーで挑めば、他の神官兵士の皆さんも危険な目に遭わずに済むはずです」


 驚く姉に、リューナは言い含めるような口調で説明する。


「へえ……驚いたな。姉ちゃんよりもよっぽど冷静な判断ができるじゃないか」


 俺は感心して頷いた。

 余計な足手纏いが邪魔になるのなら、最初から連れて行かない。

 少ない人数をさらに絞って、少数精鋭でダンジョンに挑む――これがこの状況における最適解に違いない。


「そんな……それではここに来た意味がありません!」


「私達だったら大丈夫です、巫女様!」


「どうか一緒に連れて行ってください! 巫女様が危険な場所に行くというのに、護衛である我らが安全な場所にいるなど耐えられません!」


 リューナの提案を受けて、神官兵士らが抗議の声を上げた。

 我慢ならないと言った顔で仕えるべき巫女に言い募る。


「我らであれば、途中で命を落とす覚悟はできております!」


「そうです! 肉の壁として使っていただいて構いませんから、どうか連れて行ってください!」


 神官兵士は口々に参加を申し出る。

 彼らの忠誠心は本物。護るべき巫女のためならば、躊躇うことなく命を投げ出す覚悟ができているのだろう。

 見事な覚悟。見事な忠臣。それは第三者である俺でさえ感心するほどである。


「だけど……逆効果だろうな、この場合は。『足手纏い』ってのはいるだけで足を引っ張るから足手纏いなんだよ」


 俺は身も蓋もなく、彼らの覚悟を切り捨てた。


「お前らがついてきたら、間違いなく怪我人が増える。そして、怪我人が出ればヒーラーであるリューナに負担をかけることになる。ついてこられる方が負担になるのがわからないのかよ」


「な、ならば……!」


「治療はいらない……とか言うなよ? リューナが怪我をしている仲間を放っておくことができる女だと思ってるのか?」


 怪我した仲間を切り捨てることができるのであれば、神官兵士らを肉壁として連れて行ってもいいだろう。

 だが……そんな犠牲を容認できるほど、リューナもシャクナも冷酷な性格ではない。


 だったら、最初から留守番をしてくれた方が助かるに決まっている。

 我ながら冷たいことを言っているとは思うが……それがもっとも合理的かつ最善の判断である。


「フム……」


 ハディスがアゴヒゲを撫でつつ、重々しい溜息を吐く。


「……御二人の言う通りでしょうな。返す言葉もありませぬ」


「ハディス殿!?」


「お前達を連れて行っても、かえってリューナ様の負担になろう。ならば、ここで留守をしていてもらった方が良い」


「ッ……!」


 神官兵士が弾かれたように俺を睨んでくる。


 うん、俺に怒ってもしょうがないだろう。

 ダンジョンに潜る上で無駄を省くのは当然の判断だし、リューナだってそれがわかっているからあんなことを言ったのだ。

 逆恨みはやめて欲しいところである。


「決まりのようだな……シャクナ、何か問題はあるか?」


「……いいえ。そういうことならば仕方ないわ。『王墓』には私達4人で挑むことにしましょう」


 シャクナは辛そうな表情をしていたが、護衛をここに置いていくことを認めた。


 こうなってしまうと、もやは神官兵士らに言えることはない。

 悔しそうな表情で拳を握り、黙り込んでいる。


「そんな顔をするなよ……元々、ダンジョンは少人数で挑むものじゃないか。数で押し切ろうとするなんて、それこそ邪道の極み……あ?」


「……これを頼む。旅の客人よ」


 適当な慰めをかけようとする俺に、神官兵士の1人が革袋を手渡してきた。


「その中には食料とポーションが入っている。王女様と巫女様のために役立てて欲しい」


「……そうかよ。了承した」


 渡されたのはアイテム収納用のマジックバッグ。俺が普段使っているもののように容量無制限ではなく、個数制限があるものだ。


 神官兵士らは未練たらたら、苦渋の表情を浮かべている。

 力不足で、シャクナ達についていけないことがよほど口惜しいのだろう。


「……心配するなよ。シャクナもリューナも死なせはしない。俺が付いているから心配するな」


 神官兵士の肩を拳で叩き、ハッキリと約束する。


 俺は絶対に、ヒロインが命を落とすような鬱展開は認めない。

 シャクナやリューナのような美女が無残に命を落とすところなど、絶対に見たくはなかった。


「それじゃあ……挑むとしようか。『サロモンの王墓』──世界屈指の悪魔の巣窟へ!」


『夜王』ゼノン・バスカヴィル


『魔舞踏士』シャクナ・マーフェルン


『巫女』リューナ・マーフェルン


『聖騎士』ハディス


 かくして、砂漠で結成された即席の4人パーティーが悪魔の巣窟である遺跡へと足を踏み入れたのであった。




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