第14話 不可解な消失
「あ……お話、終わったの?」
シエルを寝かしつけた俺は仲間のところに戻ってきた。
エアリスの背中からひょこんと顔を出し、モニカが訊ねてくる。
「シエルお姉ちゃん……寝ちゃったのね。やっぱり疲れてたのかな?」
「ああ……そういえば、お前はウラヌスと面識があったんだな?」
「うん、幼馴染だし」
モニカが頷いた。
シエル・ウラヌスは貴族令嬢だったが、お忍びで屋敷から抜け出し、領地にある村に遊びに行ったところでレオン・ブレイブと知り合った。
レオンの妹であるモニカとも同じように面識があったのだろう。
「レオンお兄ちゃんが行方不明になってるって、手紙で教えてくれたのもシエルお姉ちゃんだったの……『私が見つけ出すから心配しないで』って書いてあった」
「それでかえって心配になって来ちゃったわけが……逆効果だったようだな」
シエルも詰めが甘い。
本当に心配をかけたくないのなら、生死がわかるまで何も言わなければいいものを。
おそらく、第三者の口から中途半端な情報が家族の耳に入ったら、余計に心配をかけてしまうと判断してのことなのだろうが。
レオンは勇者として活動するようになって、それなりに名前が売れてきている。そういうこともあるだろう。
「結果的に俺とモニカが出会ったのだからオーライというわけか。まったく、因果はわからないもんだな」
「アレえ? バスカヴィルさんじゃないですかー」
「あ?」
気安い口調で別の誰かが声をかけてきた。
振り返ると、そこには三つ編みにメガネをかけた少女がニヤニヤとした笑みを浮かべて立っている。
「バスカヴィルさんも来てくれたんですねー。いやあ、やっぱりレオン君のことが心配で……」
「フンッ!」
「ビーエル展開に……って、痛あっ!?」
俺はその少女の脳天にチョップを喰らわせた。
少女が頭を両手で押さえて、その場にうずくまる。
「な、何するんですかあっ!? 友好的に声をかけただけですよっ!?」
「すまん……何かイラっとしてしまってな。反省しているが後悔はしていない」
俺は申し訳ない気持ちで三つ編みメガネの少女に謝罪した。
彼女の名前はメーリア・スー。レオンのパーティーメンバーの一人である。
後ろには僧兵のルーフィーの姿もあり、旧友であるエアリスに向けて手を挙げて挨拶してきた。
「エアリス様、いらしてたのですね」
「はい。ルーフィーさんも。ご無沙汰しています」
和気藹々と会話をはじめるエアリスとルーフィー。
一方で、メーリアが涙目になってこちらに詰め寄ってくる。
「声をかけただけで殴ってくるとか鬼畜ですか!? 酷いじゃないですか、その悪人顔は飾りじゃなかったということですかあ!?」
「いや……自分でもよくわからないんだがムカつくんだよ。お前の声を聞いていると」
「ムシャクシャしてやったというわけですか、どこの犯罪者ですかあ!?」
俺だって混乱しているのだ。どうして、コイツの声にこんなに腹が立つのかわからない。
まるで嫌いな誰かが別人の顔をして立っているような……そんな印象を受けてしまうのである。
「それはともかくとして……お前らもレオンの捜索か?」
「そうですよう、シエルさんと一緒にね」
メーリアが少し離れた場所で毛布をかぶって眠っているシエルを見やる。
「……バスカヴィルさんが寝かせてくれたんですね。いい加減に、どうにかしないとって思っていたので助かりました」
「まあ、な。アレが限界なのは誰の目から見ても明らかだろうよ」
やはり仲間達も追い詰められたシエルに危機感を持っていたようだ。
「それで……ブレイブの手掛かりは掴めたのか?」
「…………」
訊ねると、メーリアが難しそうな顔をする。
「……わかりません。でも、少なくとも四天王と相討ちになって死んだわけではないことはハッキリとしました」
「ん? どういうことだ?」
「穴の真下に遺体がありませんでしたから。レオンさんのものも。四天王のものも。二人分の血痕がダンジョンの奥に続いていて、
「なるほどな……だが、話を聞く限り楽観視はできそうもないな」
片方がダンジョンの奥に逃走して、もう片方が後を追いかけて行ったのか。
それとも……どちらかが生きていて、もう一方の身体を引きずっていったのか。
どうして、そんな状況になっているのかはさっぱりだが……レオンが無事であるとは言い難い状況である。
「わかった。ここから先の捜索は俺に任せろ。ウラヌスを宿に連れて行って休ませてやれ。もしも目を覚ましたら……」
「今度は私達が寝かせつけてやりますよ。ちゃーんと薬は用意してありますから」
メーリアが悪戯っぽい笑顔で何かの袋を見せつけてきた。
睡眠薬でも用意していたのか。こちらも無理をするシエルを強制的に眠らせるつもりだったようである。
「そうしてやれよ……まったく、アイツはレオンが死んだらどうにかなってしまいそうだな」
「後追い自殺でもしかねないですよね……やれやれですよ。本当に何が起こっているのかさっぱりです」
「緊張感のない奴だな……まあ、ウラヌスのように思い詰めるよりもいいけどな」
俺はフフンと鼻で笑って、ダンジョンの入口へと向かっていった。
仲間達も二人に簡単な挨拶をしてついてくる。
大穴の縁までたどり着くと、そこには太いロープが付けられて下に降りられるようになっていた。
「さて……それじゃあ、突入だ!」
シエルのためにも、一刻も早くレオンのことを見つけ出さねばなるまい。
必ず見つけ出す……その決意を込めて、穴へと飛び込んだ。仲間達も当然ながら後に続いてくる。
「……頼みますよ。ゼノン・バスカヴィル。私の主人公を救ってください」
メーリアの口からこぼれた小さなつぶやきは、俺に届くことなく風に溶けて消えていったのである。
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