第13話 残された者

 ホテルでの一夜が明けて、翌日。

 浴室でハプニングはあったものの、そこからは何事もなく朝がやってきた。

 もちろん、夜の過ちなども起こっていない。モニカという第三者の存在が幸いして、夜這いをかけてくる女などいなかった。


「さて……それじゃあ、『アルテリオーレの奈落』に挑むとしようか」


 早朝、目を覚ました俺達は朝食を済ませて装備を整える。

 村娘の格好をしているモニカには、アイテム袋に入っていた装備品を渡しておく。

 ダンジョンに潜るとなればこんな服装では不可能だ。サイズや筋力の問題で装備できるものは少なかったが……それでも、どうにか見繕って武器と防具を整えた。


「ありがとう、ございます。何から何まで……こんなにしてもらって、どうやってお礼をしたらいいのかな?」


「気にするな。こっちも打算があってのことだ」


「ださん……?」


「ああ、打算だ。こっちの都合だから気にしなくていい」


 いずれ身体で返してもらう……俺は心の中でそうつぶやいた。

 もちろん、性的な意味で言っているわけではない。魔王軍との戦いで役に立ってもらうという意味である。


 モニカが装備しているのは『皮の軽鎧』と『レザータイツ』という防具。どちらも駆け出しの冒険者が装備するものだった。

 特殊なのは武器の方で、『蛇腹剣』と呼ばれるファンタジー御用達の不思議な形状の剣を装備させている。

 これは複数の刃をワイヤーでつないだ武器であり、用途としては剣よりも鞭に近い。

 見るからに扱いが難しい武器だったが、敵に近づくことなく間接攻撃をできるのが魅力である。


「これなら敵の攻撃を受けずにダメージを与えることができるだろう。何より、これは『剣』として判定されるからな。スキルの熟練度も稼ぐことができる」


 モニカが所有している戦闘スキルは『剣術』のみ。これを主体にして成長させていくしかない。

 スキルオーブを渡して新しいスキルを覚えてもらうという手もあるが……【村人】は三つまでしかスキルを習得することができないという制限があった。

 モニカのスキルスロットはすでに埋まっている。既存のスキルを捨てることもできるが、『勇血』は魔王討伐に必要不可欠なスキル。『掃除』もとある理由から捨てることができないため、『剣術』をメインにして成長させるしかなかった。


「みんなも準備は良いな?」


「はい、大丈夫です」


「無論。いつでもいける」


「問題ありませんのー」


 エアリス、ナギサ、ウルザもすでに装備を整えている。

 準備万端。いつでもダンジョンに潜ることができるだろう。


「よし、それじゃあ行くか」


 俺達は宿屋のチェックアウトを済ませて、崩れた城壁の方へと向かっていった。

 街は全体的に閑散としていたが、城壁に近づくにつれてさらに人気が消えている。

 やはりモンスターの襲撃を受けたショックが大きいのだろう。この辺りに住んでいる住民もどこかに避難しているようだった。

 しばらく歩いていると崩れた城壁が見えてきて、アルテリオ公爵家の兵士が道を封鎖している。


「申し訳ありません、ここは許可のない者は立ち入り禁止ですよ」


 若い男の兵士が丁寧な言葉で止めてくる。

 昨日、モニカを突き飛ばした兵士とは違って紳士的な男だった。


「公爵殿の許可ならばもらっている。これが証明だ」


「これは……失礼いたしました。お通りください」


 アルテリオ公爵から受け取った許可証を見せると、兵士が道を開けて通してくれた。

 昨日、遠目でも目にしたのだが……城壁に近づくにつれて、その凄惨さが目についてくる。

 ボロボロに崩れた城壁。あちこちに散乱している瓦礫の山。大勢の人々が瓦礫の撤去作業を行っている。

 何よりも惨たらしいのは、兵士らしき者達の骸が布をかけられて並んでいることである。

 防衛戦からすでに二週間が経過しているが、まだ瓦礫に埋もれた兵士の死骸を回収しきれていないようだ。

 神官らしき人物が掘り起こされた骸に浄化処理を行っており、アンデッド化するのを防いでいるのが見えた。


「酷い……」


「…………」


 エアリスが表情を歪めてつぶやいた。

 その背中にしがみつくようにして、モニカが顔を蒼白にして口元を手で抑えている。


「……これが魔王軍との戦争というわけか。実際に目にすると腹が立ってくるな」


 俺は大きく舌打ちをした。

 バスカヴィル家の当主になって凄惨な現場は何度も目にしているが、戦争の跡が色濃く残っている場所に来るのは初めてだ。

 もちろん、吐いたりはしないが……胃がムカついてくるのは仕方があるまい。


「行くぞ、ここにいても俺達にできることはない」


 俺はすぐさまきびすを返して、大穴へと向かった。

 崩れた城壁のすぐそばには深い深い穴が口を開けている。この都市の地下にあるダンジョン――『アルテリオーレの奈落』に通じる穴だった。

 穴のそばには調査を依頼されたらしい冒険者の姿がある。何組かの冒険者が地面に座り込んで身体を休め、傷の手当てなどを行っている。


「む……」


「あ……」


 その中に顔見知りの姿を見つけた。

 あちらも同時に気がついたらしく、こちらを見て瞳を見開いた。


「バスカヴィル……! アンタ、どうしてここにいるのよっ!?」


 真っ先に声を上げたのは赤髪セミロングの女性。魔法使いのローブを身にまとって手には杖を持っていた。

 レオンの幼馴染にしてパーティーメンバーの一人……シエル・ウラヌスである。

 俺は怪訝に思いながら仲間から離れて、一人で瓦礫に座っているシエルに話しかけた。


「ウラヌスか。お前はどうして……いや、愚問だったな」


 シエルもまた行方不明のレオンを探しているのだろう。

 大穴に消えていったレオンを探すために『奈落』に挑み、怪我を負って休んでいるのだ。


「もしかして……アンタもレオンのことを心配してきてくれたの?」


「……まあ、そんなところだ」


「そっか…………ありがと」


 シエルが弱々しく礼を言ってきた。

 活発で明るい性格の少女からはいつもの強気な態度が消えており、今にも折れてしまいそうな印象である。

 やはり幼馴染で恋人でもある男が消えたのがショックなのだろう。


「ブレイブのことは聞いている。ここからは俺も捜索を手伝うから、あまり無理をするなよ」


「……無理するに決まってるわ。無茶だってするわよ。だって、レオンがいなくなっちゃったんだもの」


 シエルが唇を噛み、辛そうな表情で訴える。


「レオンが今も穴の下で助けを求めているかもしれない。それなのに、落ち着いていられるわけがないわ……! 私の幼馴染なのよ……!」


「……そうかよ」


 血を吐くような勢いで言ってくるシエルに、俺はゆっくりと息を吐いた。

 どうやら……こちらも限界が近いようである。無理を通してダンジョンに潜り、いずれは命を落としてしまうだろう。

 やはり強行軍でここまで駆けつけたのは正解だったようである。


「闇魔法――『スリープ』」


「あうっ……!?」


 魔法を発動させると、シエルの身体がくたりと崩れる。

 そのまま倒れそうになる細い身体を受け止めて……ゆっくりと地面に寝かせた。


「抵抗力の強い魔法職のくせにこんな状態異常にかかるだなんて、やはり身体を酷使しすぎたようだな。そのまま寝ていろよ」


「スー、スー……」


 魔法耐性が強いはずなのにあっさりと眠ってしまったシエルに、俺は肩をすくめた。

 下級魔法にあっさりやられるくらいだ。よほど無理をして、身体に疲れを溜め込んでいたのだろう。


「そのまま寝ていろ。起きるころには……俺がすべてを終わらせているさ」


 レオンが生きているにせよ、死んでいるにせよ……いずれ結果は出るだろう。

 寝息を立てているシエルにそう告げて、荷物から取り出した毛布を身体にかけたのである。






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書籍1巻が発売いたしました!

これからも本作をよろしくお願いします!

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