第12話 浴室の怪


 作戦会議を終えて、その場はとりあえずお開きとなった。

 わざわざ部屋まで運んできてもらった夕食を取り、女性陣は部屋に備え付けられた浴室に向かっていく。

 いつもであればウルザ、エアリス、ナギサの三人と一緒に入浴するところだが……今日はモニカの目もあるので、そんな話にはならなかった。

 ちなみに、モニカもこの部屋に宿泊する予定である。

 別で部屋を取ってやろうとしたのだが、「怖いから、怖いからっ! こんな宿屋に一人にしないでようっ!」と強く遠慮してきた。

 まあ、最高級のスイートルームだけあって寝室はたくさんあることだし、絶対に間違いは起こらないだろう。


「フウ……良いお湯でした」


「オフロ、空きましたのー」


 ソファに寛いで待っていると、入浴を終えた女性陣が戻ってきた。

 ホテルが用意したバスローブに身を包んだ彼女達はツヤツヤの卵肌をほんのりと桃色に染め、ほっこりとリラックスした顔になっている。


「ううっ……」


 唯一の例外は新しく仲間になったモニカである。

 モニカは何故か両手で自分の胸元を抑えており、ウルウルと涙目になっていた。


「ひどいよう……あんなおやまがあるなんて……」


「モニカさん、気にすることはありませんの。貧乳には貧乳の需要がありますの」


「ううっ……」


 何故かウルザに慰められているモニカであったが……どうやら、浴室でエアリスとの圧倒的な実力差を目の当たりにしてしまったらしい。

 いや、まだ子供なんだから気にする必要はないと思うのだが……この手の話題に男が意見を述べても何もならないことは、自明の理である。俺は余計なことは言わずに沈黙することを選択する。


「それじゃあ、俺も風呂に入ってくるが……わかってるな?」


「わかってますの、突撃したりしませんの」


「ナギサ、ウルザを見張っておいてくれ」


「安心しろ、我が主。ちゃんと私が見ておこう」


 ウルザが不満そうに唇を尖らせた。

 こうやって言い含めておかないと、モニカの存在を無視して風呂場に突入してくるだろう。言い含めても入ってくる可能性があるのでナギサにも頼んでおく。


「さて……それじゃあ、ゆっくりと入浴させてもらうか」


 マーフェルン王国への遠征中、レオン死亡の知らせを聞いて強行軍で帰還してきた。

 帰って来るや、休むことなくアルテリオーレに向かって馬車を走らせた。

 野営による野宿を繰り返してここにやってきたため、入浴はマーフェルン王国を出て以来になる。

 俺は装備品を外して浴室に入った。

 さすがは最高級ホテルの浴室である。バスタブは十人以上が入れるくらいに広々としている。

 壁と床は大理石。ドラゴンを象ったと思われる彫刻の口から湯が出ており、バスタブに透明の湯を満たしている。


「へえ……悪くない」


 バスカヴィル家の浴室も同じくらいの広さがあったが、ここまで凝った意匠はされていなかった。

 俺は身体を軽く洗って、バスタブに身体を浸ける。


「フー……極楽極楽」


 この表現が異世界で通用するのかは知らないが……程良い温度の湯は天にも昇るような心地良さである。

 まともに風呂に入ったのが久しぶりということもあり、俺は全身をリラックスさせて湯に身を任せた。

 湯の温かさ。湯気に満たされた大理石の浴室。ほのかに香ってくる花の匂い。何もかもが堪らない。小さな悩みなど吹き飛ばされてどうでも良くなってくる。

 いつの間にか俺の隣に赤髪ツインテール、ゴシックロリータのドレスを着た幼女がいて、着衣のまま入浴している事すらどうでも良くなってくる。


「ッ……!?」


「…………」


 いや、どうでも良いわけがない。

 俺はさすがに異変に気がついて声をあげそうになるが……すんでのところで悲鳴を飲み込んだ。

 こんなところで悲鳴をあげたら、外にいる仲間が入ってきてしまう。色々と面倒なことになるのは明白である。


「お前……そこで何やってる?」


「…………?」


 俺の問いに、赤髪ツインゴスロリ幼女が不思議そうに首を傾げる。

 いや、首を傾げたいのはこちらの方だ。どうしてお前が「訳が分からない」と言わんばかりの顔をするのだ。

 いったい何処から出てきたのか……俺の隣で湯に浸かっているのはミュラ・アガレス。かつて俺がアイテムを使って召喚した悪魔の少女である。

 着衣のまま入浴しているせいで、ミュラが身にまとっているゴスロリドレスがバスタブの中でユラユラと揺れていた。まずは服を脱げよとツッコミたくなる状況である。


「……わかった」


「なっ……!?」


 まるで心を読んだようにミュラが頷いて、濡れぼそったドレスを脱いでいく。

 ボタンを外して、リボンを解いて……ああ、このドレスはそういう構造になっているんだとどうでも良いことに感心している俺の前で、ミュラがすっぽんぽんの全裸になった。

 いや、どういうシチュエーションなのだ。浴室で全裸の幼女と二人きりだなんて犯罪臭がエグイじゃないか。


「本当にどこから出てきたんだ……まさか、影に潜んでいたとかじゃないよな?」


 影の中に隠れている無口な幼女。

 うん、前世で読んだ有名なライトノベルを彷彿とさせるシチュエーションである。浴室という場所も妙にマッチングしていた。


「契約……」


「ん?」


「わたし、契約してる……あなたと、どこでもいける……」


「…………?」


 相変わらずの無口である。

 辛うじて聞き取れたのは、俺とミュラが何らかの契約を交わしているということ。召喚したのは俺だからわからなくもない。


「ひょっとして……俺と契約しているから、俺がいる場所にどこでも行けるってことか?」


「…………」


 ミュラがコクリと頷いた。どうやら正解のようだ。

 いつでも、どこでも大悪魔であるミュラを召喚できるというのはかなり魅力的だが……契約しているからなのか理解できる。

 今のミュラは本来の力を持ってはいないだろう。大悪魔であり、『ダンブレ』における最強の召喚モンスターであった頃の威容はない。

 召喚アイテムの効果が切れた後も送還されず、この世界に残っていることが原因なのか。戦闘中に呼び出せる時間も制限されている気がする。


「そう上手い話もないってわけだ……いや、ある意味では『美味い』状況ではあるけどな」


「~~~~♪」


 ミュラはどうやら風呂がお気に召したらしい。

 ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、俺の膝の上に乗っかってきた。

 全裸の俺が全裸の幼女を後ろから抱きしめる形になっている。おまわりさんが突入してきたら言い訳が出来そうもないシチュエーションだ。

 ミュラは悪魔なので年上なのだが……ウルザを始めて抱いたときに匹敵する背徳感が襲ってくる。


 久しぶりの風呂に水を差された俺であったが……どうにか連日の疲れを落として、入浴を終えた。

 身体を拭いて服を着ているうちにミュラはどこかに消えており、おかげで仲間達には幼女との入浴はバレずに済んだのである。






――――――――――

本作の書籍1巻が発売いたしました!

これからも本作をよろしくお願いします!!

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