第15話 初めての学友

「さて……」


 ガーゴイルを倒してドロップアイテムの魔石を回収した俺は、改めて背後のクラスメイト達を振り返った。

 ジャンと呼ばれていた男が仲間を治療している。恋人らしき女子生徒――アリサを含めて、3人の仲間は全員気を失っていた。特にアリサの容態が悪い。胸部からは出血しており、血を失ったことで顔が青白くなっている。


「お前ら、大丈夫か?」


「ああ……すまない、バスカヴィル。助かった」


 仲間の治療をしていたジャンがこちらを向いて軽く頭を下げるが、すぐに仲間に向き直って応急手当を再開する。

 どうやら仲間の傷が深く、手持ちの回復薬だけでは治療しきれないようだ。俺は道具入れからポーションを数本取り出してジャンの横に置く。


「使っていいぞ、必要だろ?」


「いいのか? 金は持ってないんだが……」


「構わん。どうせ安物だから気にするな」


 ジャンはしばし迷うように俺の顔とポーションを交互に見ていたが、すぐに仲間の命を優先させて薬を仲間に飲ませていく。

 緑色の回復エフェクトに包まれて、気絶していた彼らの傷口が消えていく。顔色も良くなっており、じきに目を覚ますことだろう


「大丈夫そうだな。全員、生きていたようでなによりだ」


「すまん、バスカヴィル。本当に助かった」


 仲間の無事を確認して、ジャンがこちらに身体を向き直って深々と頭を下げた。そのまま地面に頭を付けてしまいそうな勢いのお辞儀に面食らいながら、俺は軽く手を振って応える。


「気にするな。一応はクラスメイトだからな。これくらいのことは当然だ」


「……そうか。本当にありがとう。薬もそうだが、あのおかしな敵を倒してくれたことも感謝するよ」


 ジャンは先ほどまでガーゴイルがいた場所に視線を向けて、忌々しげに表情を歪める。


「まさか、このダンジョンであんな強い魔物が出てくるなんて知らなかったぜ。油断していたつもりはないんだが……」


「あの魔物はおそらくイレギュラーだ。気にすることはない」


「それでも、仲間がやられたのはリーダーである俺が不甲斐なかったせいだ……! クソッ!」


 ジャンは地面を殴りつけながら、悔しそうに吐き捨てた。

 どうやら、この男はかなり責任感が強いようだ。仲間がやられてケガをしたことに対して、重い責任を感じているようである。なかなか実直な男だ。モブにしておくのはもったいない。


「……責任を感じるのならば強くなればいいさ。次はちゃんと仲間を守れるくらい強くなれば」


 こういう時になんて声をかけてやればいいかわからないが……俺はありきたりな気休めの言葉を口にした。

 それは気の利いた慰めではなかったかもしれないが、ジャンの顔にわずかな笑みが戻ってくる。


「そうだな……強く。バスカヴィルみたいに、強くならないとな」


「別に俺を手本にする必要はないけどな……学園生活は長いんだ。適当に頑張れ」


「ああ、サンキューな。それと……本当にすまなかった」


 ジャンは神妙な顔つきになって、何度目になるかわからない謝罪の言葉を口にする。


「礼だったらもう聞いたぜ? いい加減にしつこいぞ」


「そうじゃなくて……あー、俺はお前のことを誤解してたみたいだ。そのことをちゃんと謝っておきたくてな」


 ジャンは気まずそうに頬を指先で掻きながら、ポツポツと話し出す。


「俺はお前のことをもっと嫌な奴だと思っていた。顔も怖いし、それに……バスカヴィル家にはあまりいい噂を聞かないからな」


「……だろうな。知っている」


「だけど、お前はいい奴だった。俺達のことを見捨てることだって出来たのに、わざわざ危険を冒してまで助けてくれた。回復薬も恵んでくれた。ずっと誤解して、教室でも話しかけずに無視をしていて本当に悪かった。許してくれ」


「…………」


 ジャンはわざわざ立ち上がって、腰を直角に曲げて頭を下げてくる。つくづく実直な男である。


「あー……」


 これまで学園ではボッチだったせいで、キチンと真っ向からクラスメイトと話すのはこれが初めてかもしれない。俺もまた何と返していいのかわからずに、微妙な顔になって顔を背けてしまう。

 若干照れくさい気持ちになってしまい、それを隠すために道具袋から1つのアイテムを取り出した。


「……これまでのことは気にするな。俺の顔が怖いのも、バスカヴィル家が悪党なのも事実だ。俺は先に進むから、これを使ってゆっくり外に出るといい」


「これは……?」


 ジャンに手渡したのは『魔除け香』というモンスターを追い払う消費アイテムである。弱いモンスターにしか効果はないが、このダンジョンくらいの敵であれば、エンカウントすることなく外に離脱することができるだろう。


「……重ね重ね、世話になる。このお礼は必ずさせてもらうから」


「出世払いで返してくれれば問題ない……じゃあな」


 俺はぶっきらぼうに言い残して、軽く手を振りながらその場を立ち去るのであった。

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