第75話 対アンデッド装備


 実技試験が始まってから30分ほどで、20人以上の生徒が脱落してしまった。脱落したのはD組やE組などの下位クラスの生徒が中心である。

 どうやら、上位クラスを見返すために先手必勝でダンジョンに飛び込んだものの、アンデッド対策を用意していなかったおかげで、遭遇したゴーストやスケルトンに返り討ちにされてしまったようだ。

 救援スタッフである冒険者らに連れられて、這う這うの体で帰還してきた。


 逆にAやBなどの上位クラスの生徒はすぐに峡谷に飛び込むことはなく、売店でアイテムを購入したり、パーティーで円陣を組んで作戦会議をしている。

 やはり上位クラスの生徒はダンジョンの攻略法をきちんと心得ているようだ。

 実技試験の時間は24時間もあるのだ。焦ってダンジョンに入るよりも、きちんと準備と計画を立てたほうがずっと建設的である。


「よーし、作戦会議終了! それじゃあ、俺達は先に行くぜー!」


「ああ、気をつけろよ」


 ジャンのパーティーが俺達よりも先んじて、峡谷の中に足を踏み入れていく。

 友人に先を越されてしまったが、焦ることはしない。RPGにおいて、装備を十分に整えることなくダンジョンに入ることは自殺行為なのだ。

 焦ることなく、1つずつ確認しながらダンジョン突入の準備を整えていく。


「よし……装備はこんなものだな」


 マルガリタ峡谷への侵入に先立って、俺達パーティーは装備とアイテムの準備を整えた。

 幸いなことに、アイテムボックスに入れてある引継ぎアイテムの中には、アンデッド対策の装備が貯蔵してあった。ゴースト対策の聖水や護符も大量に所有している。


 俺は光属性が付与された剣を装備して、鎧などの防具は闇属性に耐性があるものに着替えた。さらにゴーストが使う呪いを防ぐため、耐呪効果のある護符を装備する。


 仲間の装備であるが……エアリスの装備には最初から光属性が付与されており、アンデッドを遠ざける効力があるため、わざわざ着替える必要はなかった。

 しかし、今回のダンジョン攻略の要は、アンデッドを浄化することができるエアリスの魔力がどれくらい続くかである。

 魔力切れをふせぐため、消費魔力を半減させる効果があるユニークアイテムを渡しておく。


「ゼノン様が指輪を……! ああ、なんということでしょう……!」


 予想していた以上に喜ばれてしまった。

 蒼穹のごとく蒼い宝石がついた指輪は確かにとんでもなく貴重なアイテムであったが、エアリスが喜んでいる理由は明らかに異なっている気がする。

 エアリスは指輪を左手の薬指に嵌めて、感極まったように見つめていた。


「一生大切にします! 今日が人生最良の日です!」


「…………そうか」


 いや、できれば後で返して欲しいのだが。

 こうまで喜ばれてしまうと、返してくれとはとても言えなかった。

 一点物のユニークアイテムだったのだが、どうやらそれはエアリスの所有物となってしまったようである。


「ふむ……これは良い衣だな。こっちの刀もなかなかの業物だ。気に入った」


 ナギサはいつもの着物の上に、白く輝く羽衣を纏っている。

 光属性、闇耐性が付与された羽衣は黒髪で和装のナギサに非常に良く似合っており、まるで天界から舞い降りてきた天女のようだった。


 右手に携えている刀は、黒い刀身にうっすらと白い靄のようなものが纏わりついている。

 対アンデッド効果があるその刀の名前は『霊刀数珠丸』。ゲームでとあるボスモンスターからドロップしたものである。

 アンデッド系モンスターに特攻があり、形のないゴーストでさえ斬ることができるため、このダンジョンにはうってつけの武器だった。


「聖水と回復薬も配ったことだし……これで万全。よほどのことがない限りは、命の危険もないだろう」


「ええ。それはそうなのですが……私達だけこうも対策がバッチリだと、他のパーティーに申し訳ない気がしますわ……」


 エアリスが物憂げな表情になり、細い眉をへの字にした。

 俺達が装備を整えている間にも、いくつかのパーティーが救難花火を打ち上げてテストからリタイアしている。

 準備不足のためにろくに結果も残せず失格した彼らを見ると、確かに俺達が反則をしているような気分になってしまう。


「……悪いことをしているわけじゃあ、ないんだけどな」


 そう……ルール違反をしているわけではない。

 ダンジョン攻略において、あらゆる事態を想定して装備やアイテムを用意しておくことは、探索者や冒険者として誉められこそすれ責められることは決してない。

 しかし――考えても見れば、ゲームの知識や周回アイテムを所持しているというのは、いわゆるチートだ。

 前提条件からして他の生徒よりも優位に立っているのだから、罪悪感を覚えるのも無理はないことである。


「そう思ってるのなら、アイテムを恵んでくれませんかあ?」


「む……?」


 突然、後ろから声をかけられ、俺は怪訝な声を漏らす。

 振り返ると……そこには紫の髪を頭の後ろでまとめ、黒縁のメガネをかけた女子生徒が立っていた。


「えっと……お前は……?」


「やっほー。私はメーリア。メーリア・スー。一応はクラスメイトでなんだけどなー。バスカヴィルくん?」


「あ……そういえば、教室で見たことがあったか? たしか……ブレイブの新しいパーティーメンバーだったよな?」


「そうだよー、レオンくんの仲間のメーリアだよー」


 見知らぬ女子……かと思いきや、それはレオンのパーティーメンバーの女子生徒だった。

 女性用の軽鎧を着たその女子は、腰の両サイドにやや短めの剣をぶら下げている。

 いかにも優等生っぽい地味めな容姿から勝手に魔法職だと思っていたのだが、どうやら双剣使いの戦士職だったようだ。


「あー……そうだったな。スー、だったか?」


 俺は曖昧な記憶から彼女の情報を引っ張り出そうとするが……どうにも記憶にひっかかる情報がなかった。

 入学して以来、一度も話したことはない。それどころか、目を合わせたことすらないような気がする。


「お前は……1人なのか? レオンとシエルはどうした?」


 メーリアという名前の女子はゲームには登場しないモブキャラだが、レオンとパーティーを組んでいると聞いている。

 ならば、その肝心なレオンはどこにいるのだろうか?


「レオンくんだったら、購買で買った装備を着替えに行ってるよん。シエルちゃんもね」


「ふーん……で、お前は俺に何の用だよ」


「だーかーらー、アイテムを恵んでってお願いしてるんだけどなー。2人の装備品を買ったら、お金が無くなっちゃったんだよね。聖水が十分に買えなかったのよー。どこかのお金持ちが何本か恵んでくれないかなー?」


「…………」


 図々しい。

 何故、初めて話すクラスメイトにアイテムを恵んでやらねばならないのだ。


「いいじゃなーい。どうせ余ってるんでしょー? 私みたいな美少女に貸しを作れるんだから、むしろラッキーじゃん?」


「ええっと……ゼノン様。少しくらいなら差し上げてはどうですか? 困っているようですし」


「…………ああ、そうだな」


 正直――この調子のいい女を相手にするのが、面倒になってきた。

 コイツと話していると、何故か異常に疲れるのだ。

 聖水くらいやるから、さっさとどこかに消えてもらいたい。


「ありがとねー。エアリスちゃんも、感謝感謝―」


「……もういい。レオン達が戻って来る前にあっちに行けよ。ウラヌスの奴に睨まれるぞ」


 レオンはどうか知らないが、シエルは公園の一件で完全に俺を敵視している。

 一緒に話しているところを見られたら、おかしな因縁をかけられそうだ。


「はいはーい! バスカヴィルくんも頑張ってねー。くれぐれも予想外のハプニングには気をつけてねー」


 そんなことを言いながら、メーリアは聖水を抱えて去っていった。

 騒がしい女である。レオンのことは別にして、あまり関わり合いになりたくない人種だ。


 何とはなしにメーリアの背中を目で追っていると、着替えを終えたらしいレオンとシエルが合流してくる。

 レオンのパーティーは2,3会話を交わすと、そのまま峡谷へと入っていく。


「ん……?」


「…………」


 峡谷に足を踏み入れる寸前、レオンが一瞬だけこちらに視線を向けてきた。

 主人公である男の顔に浮かんでいるのは闘志に燃えた表情。まるで挑みかかるような挑発的な顔つきである。


「……はっ、上等じゃねえか」


 どうやら――公園での決闘は無駄ではなかったらしい。

 レオンの顔は勝利への渇望に満ち溢れていた。あの様子ならば、死に物狂いで強くなってくれることだろう。


「俺達も負けてはいられないな」


「はい、頑張りましょう!」


「ああ、腕が鳴るな!」


 エアリスとナギサを引き連れて、俺は遅ればせながらもマルガリタ峡谷へと足を踏み入れた。

 不吉を象徴しているかのような紫の雲の下、足元に注意しながら、坂道となっている谷を下りていく。


 王立剣魔学園、1年生実技試験――残り時間は23時間20分である。

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