第74話 勇敢と無謀


「では……実技試験のルールについて説明します」


 200人ほどの生徒の前に立ち、ワンコ先生がテストについて説明を始める。

 この場にはワンコ先生や他の教員のほかに、武装した冒険者の姿があった。おそらく、緊急時に生徒を救出するために雇われたのだろう。


「テスト会場となるのはこの場所――マルガリタ峡谷の全域になります。時間は24時間。明日の正午までになります」


 つまり――ダンジョンの中で一夜を明かさなくてはいけないということ。何の準備もなしに挑むのは、自殺行為といっても過言ではないテスト内容である。


「アイテムの持ち込みは自由。食料と水、キャンプ用具はこちらから貸し出します。手持ちのアイテム以外に必要な道具がある場合には、あちらに即席の売店を設置しましたので購入するように」


 ワンコ先生が指差した方向を見ると、そこに移動販売車のように改造された地竜車が停まっていた。

 店頭には回復アイテムを中心にした消耗品が並べられており、遠目ではあるが、アンデッド対策の聖水や護符なども売られているのが見えた。


「次はテストの採点についてですが……皆さんに決めてもらったパーティーごとにこちらのカードを配ります」


 ワンコ先生が胸ポケットから取り出したのは、トランプのような大きさの銀色のカードである。


「このカードには特殊な魔法が施されていて、そのパーティーが討伐した魔物の名前と数が記録されるようになっています。弱い魔物は点数が低く、強い魔物ほど高い点数が加点されます。さらに、発見したアイテムを納品することでボーナスポイントを得ることができます。それらの合計点を人数で割った点数が、最終的な実技試験の成績になります」


 テストのルールはゲームと同じだった。

 ダンジョンを進んで強い魔物をたくさん討伐して、ドロップアイテムや宝箱を得ることで上位の成績に食い込むことができる。

 とはいえ……ここは本物のダンジョン。魔物との戦いは訓練ではなく、紛れもない実戦だ。実力以上の成果を求めてしまえば、命を落とすことにもなりかねない。


 ワンコ先生もまた、真剣な表情でダンジョンの危険性について説明を始める。


「事前に説明は聞いていると思いますが……テスト中にケガをしたとしても、学園は一切の責任は取りません。仮に、死者が出たとしても同様です。皆さんは冒険者や騎士としてこの国を魔物の脅威から守ることを目指し、この学園に入ったことでしょう。その過程でどんなことになったとしても、それは自己責任であることを改めて胸に刻んだうえでテストに参加してください」


「…………」


「もちろん……我々教員とて、生徒に被害が出ることを望んではいません。皆さんには『救難花火』を配布しますので、もしも命の危険を感じたら、これを空に向かって打ち上げるようにしてください」


 ワンコ先生が発煙筒のような筒状のアイテムを配ってくれる。

 筒には大きく『RESCUE!』と書かれており、文字の下に花火のイラストが描かれていた。


「『救難花火』を使うと、ダンジョンの各ポイントに配置されている冒険者が救援に駆けつけてくれます。花火を使ってしまったパーティーは、その時点で実技試験をリタイアしたことになりますが、それまでに獲得した点数は没収されません。くれぐれも、命を大切にした判断をするように」


 厳しい顔をしているが、ワンコ先生の口ぶりには生徒を案じる色が込められている。

 絶対に無茶をするな――そう言外に口にしているのが伝わってくるようだ。


「それでは……これより、実技試験を開始します。準備ができたパーティーから峡谷に入ってください」


 ワンコ先生の宣言と同時に、生徒たちの間から「ワアッ!」と歓声が上がる。

 生徒の半数が競うように動き出し、食料品やキャンプ道具が入ったリュックを受け取ってマルガリタ峡谷へと足を踏み入れていく。


 いくら広大な峡谷とはいえ、モンスターの数には限りがある。

 早い者勝ちでモンスターを倒してしまおうとでも考えているのだろう。


「……愚かなことだ。勇敢と無謀をはき違えているようだな」


 醜い競争を繰り広げる生徒らに、ナギサが呆れたように冷笑した。


「十分な準備もなしに戦いに挑むなど、勢いだけの愚者がすることだ。強者であればこそ己を知り、敵を知って対策を十分にとった上で戦いに臨むものだ」


「単身で森に潜っていた女の言葉とは思えないな。自分を棚に上げてほざきやがるじゃないか」


 皮肉を込めて言ってやると、ナギサは心外だとばかりに眉尻を吊り上げる。


「それは違うぞ、我が師よ。私は自分1人であの森を攻略できると確信したからこそ、この身のみで挑んだのみ。己の力量を見誤るような無様はさらしていない。だが……奴らは違うだろう」


 ナギサは峡谷に飛び込んでいく生徒の背中を見つめ、瞳を細める。


「あの中の何人が、亡者共の対策を済ませているというのだ? 専用の装備やアイテムを持たずに亡者に挑むなど、後先考えぬ愚物のすることだ」


「辛口だな……ま、俺も同意見だけどな」


 スケルトンやゾンビならまだしも、ゴーストのような実体のない敵を相手にするならば、聖水や護符は不可欠だ。

 峡谷にはすでに100人近い生徒が飛び込んでいるが、少なくともその半数は早い段階で脱落することだろう。


「生きて帰ってくればいいんだがな……流石に同級生が死霊の仲間入りするのは寝覚めが悪いぞ……」


 俺の危惧はすぐに実現することになる。

 実技試験開始から30分と経過することなく、紫色の雲が浮かぶ空に次々と救難花火が打ち上げられたのだった。

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