第98話 魔犬の後継者


 ガロンドルフ・バスカヴィルを倒したあの夜。

 結局、悩んだ末に国王の提案を受け入れて『バスカヴィルの魔犬』を継ぐことにした。

 多くの悪党がくびきから解き放たれて野放しになってしまうとか、バスカヴィル家の当主は汚れ役を担うことと引き換えに様々な特権が得られるとか――そんなことも理由に違いないが、それ以上の天啓が頭に浮かんだからである。


――バスカヴィル家の権力を魔王討伐のために利用できないか?


 俺がとった様々な行動、ゲームの制約がなくなったことにより、魔族の行動が予想外なものになりつつある。

 マルガリタ峡谷でシンヤと遭遇したり、敵が復活アイテムを使ってきたり、もはやゲームの知識で乗り越えられるレベルを超えつつあった。

 これから先の戦いを生き残るためには、ゲーム知識や周回アイテムだけではダメだ。新たな武器、新たな手段が必要になるだろう。


 バスカヴィル家はスレイヤーズ王国におけるあらゆる犯罪結社、無法者の黒幕。傘下の構成員は千とも万とも噂されていた。

 その力を魔王軍と戦うために利用できれば、勇者であるレオンとは別方向のアプローチから世界を救う手段が見つかる可能性がある。

 レオンの力を信用していないわけではないが……敵を撃ち抜く弾丸は多いに越したことはない。


「とはいえ……結構、バスカヴィル家の当主ってのも暇な仕事なんだけどな」


 そんな動機で『魔犬』を継承した俺であったが、裏社会のドンというのは意外にやることがない。

 基本的な組織の運営は中間管理職の責任者がやってくれる。俺の仕事といえば、彼らの報告を聞くこと。時折、人をやって報告に間違いがないか監査を行うくらいである。

 また……組織の裏切り者や、国外から手を伸ばしてくる外部組織との抗争もあるが、これはウルザとナギサ――2匹の狂犬バーサーカーが積極的に働いてくれるため、俺が動く必要性はあまりない。

 彼女らをバスカヴィル家の事情に巻き込みたくないという思いはあったが、本人達はノリノリな様子。めったにできない対人戦を愉しんでいるようだった。


 意外なことといえば、エアリスの父親――枢機卿であるセントレア子爵がバスカヴィル家の屋敷に挨拶にきたことだろうか。

 枢機卿として国王の脇を固めているセントレア子爵は『魔犬』の真実を知っているらしく、それどころかガロンドルフとは古い友人関係にあったらしい。

『王国の良心』と呼ばれている善良な聖職者と、裏社会の帝王がどんな風に友情を深めたのかは非常に気になるところである。


『ふつつかな娘ですが、よろしくお願いいたします。どうか末永く可愛がってやってください』


 そんなふうに深々と頭を下げてくる子爵の隣では、「どうだ!」とばかりにエアリスが巨大な胸を張っていた。

 いつそんな話になったのかは激しく謎だが、俺とエアリスは婚約者になっていて、すでに王宮に届け出も提出されているらしい。

 エアリスが平然とバスカヴィル家の屋敷に宿泊していることに違和感を覚えていたが、どうやらガロンドルフとセントレア子爵との間では話がついていたようだ。


 気がついた時には外堀は埋められていた。エアリスは『正妻』として地位を確立し、他の女性陣よりも優位に立つことになっていた。

 そのことでまた一悶着あったのだが……それを語るのはとんでもなく疲れるので説明は省くことにする。



     ○          ○          ○



 ともあれ――俺は新たなバスカヴィル家の当主として働きながら、学生として学園にも通うことになった。


 教室にやって来たワンコ先生から新学期のオリエンテーションを受け、今日は授業がないためそれで解散となった。


 エアリスは女子の友人らと話があるらしく、連れ立って構内にあるサロンへ女子会に出かけた。

 どうやら、俺と婚約したことをすでに知った者がいるらしい。詳しく話を訊かれることになりそうだと照れながら話していた。


 ナギサは今日も『剣術部』の放課後練習に顔を出すらしく、先に帰っているようにと言ってきた。

 クラブ活動が生活の一部となっているようだ。復讐だけを考えて生きていた頃と比べると、ずっと前向きになった気がする。


 残るはウルザだが……


「ウルザちゃーん! 一緒にカフェに行こー!」


「は、離せなのですっ!」


 ウルザ大好き女――アリサと数人の女子生徒に引きずられて、カフェテリアに連行されていった。

 ウルザは我がクラスの女子からペット扱いされているようで、隙あらば食堂やカフェに連れて行かれて餌づけをされているのだ。


「新作ケーキ奢ってあげるからー! ほらほら、ブルーベリーたっぷりのケーキだよー?」


「うー、それは卑劣なのです……」


 その気になれば力づくで振り切れるはずなのに渋々ながら付いていくあたり、ウルザも本気で嫌がっているわけではなさそうである。


 そんな理由で、俺は新学期初日の放課後に1人きりとなってしまった。

 夏休み中は周囲に常に女子がいたので、こうしてボッチになるのは久しぶりかもしれない。


「とはいえ……俺もこれから人と会う約束があるんだけどな」


 そう――俺は今から、とある人物と会う約束をしていた。


 その人物の名前はレオン・ブレイブ。

『ダンブレ』の主人公であり、魔王を倒すことができる唯一の勇者である。


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