第41話 休憩部屋


 10階層のボス部屋の奥には休憩スペースが設置されている。

 その部屋はまるで宿屋の一室のようにベッドが4つほど置かれており、火を焚いて食料の煮炊きができる囲炉裏のようなもの、湧水が溜まった小さな泉まであった。

 その気になれば、ここでしばらく生活することができそうな空間である。もちろん、モンスターやトラップなどもない完全な安全スペースだった。

 これと同じ休憩部屋が10階層ごとに設置されており、体力や魔力を回復させながら攻略することができるのだ。

 ゲームではセーブポイントまで置かれていたが……もちろん、現実になったこの世界には存在しない。


 安全スペースである休憩部屋を見回して、シャクナがホッと息を吐いて緊張に強張っていた肩を落とした。


「ふう……ようやく一息つけるわね」


「あ、お姉様。こちらでお料理も作れそうですよ」


「いいわね。私、もうお腹ベコペコよ。食料を出してちょうだい。水は……そっちの泉の水が飲めるのかしら?」


 姉妹が安堵のためか弾んだ声で会話をしながら、休憩部屋の設備を確認している。

 シャクナが泉の水を手で掬って口に含み、「うん、美味しいわ」と頬を緩ませた。リューナは部屋の中央にある囲炉裏――つまり調理スペースを興味深そうに眺めている。


「ムウ……」


 ハディスが部屋の奥にある金属製の扉を確認している。

 扉を開いて奥を覗き込んでいるが……その奥には四畳半ほどの小さな部屋があり、下の階層につながる階段だけがあった。


「11階層につながる階段だな。まだ下には降りるなよ?」


 俺が念押しをしておくと、ハディスが厳めしい顔のまま頷いた。


「ああ、承知しているとも。王女殿下らには十分に休息をとってもらわねばならぬからな」


「アンタもちゃんと休んでおけよ? 下に降りたら、これまでよりも強い魔物が出てくるからな。タンク役が肝心な時にバテて動けないんじゃ、2人の命にかかわるからな」


「わかっているとも。ちゃんと休ませてもらうので心配するな」


 などと言いながら、ハディスが壁に背中を預けて目を閉じた。

 座ることもなく警戒を続けている実直な神官兵士に、俺は呆れて肩をすくめる。

 この部屋にはモンスターなども入って来ることはない。警戒を解いても問題はないのだが……過保護な神官兵士には、守るべき王女2人を守ることの方が優先なのだろう。


「……真面目な奴だな。気を張り詰め過ぎてまいるなよ?」


「承知した」


「バスカヴィル様、お食事の用意をしたいので食料をいただいてもよろしいですか?」


 ハディスと会話をしていた俺に、調理場である囲炉裏を確認していたリューナが言ってくる。

 食料が入ったアイテム袋は俺が持っていた。俺は腰のベルトに括りつけていた袋を外して、リューナに手渡した。


「ありがとうございます。すぐにお料理を作りますから、バスカヴィル様も休んでいてくださいな」


「おいおい、お前の方が疲れてるんじゃないのか?」


「大丈夫ですよ。私も後で休みますから、先に休憩をとってください」


 リューナは包み込むような穏やかな笑みを浮かべながら、囲炉裏の周囲に未調理の食糧を並べていく。アイテム袋には鍋や包丁などの簡単な料理道具も入っており、ちょっとしたクッキングをするには困らないだろう。


「それじゃあ……お言葉に甘えるとしようか」


 ここまで言われた以上、ここは淑女の気遣いに甘えさせてもらおう。俺は腰の剣を外して壁に立てかけ、ベッドの1つに横になった。

 ビックリするほど柔らかなベッドである。わざわざ10階層ごとに休憩スペースが設置されていることといい、本当に親切なダンジョンである。


「至れり尽くせりだな。このダンジョンを造ったヤツはさぞや性格がいいんだろう」


 仰向けになって瞳を閉じながら、ぼんやりと頭に思う。


 ゲームでは休憩部屋が設置されていても不自然には思わなかった。

 ボス部屋の手前などにHPやMPを全回復させる泉や、セーブポイントがあるのはRPGのお約束である。いちいち気にするようなことではない。

 しかし……考えても見れば、このダンジョンはサロモン王が眠っている墓場なのだ。

 わざわざ墓荒らしを優遇するためのスペースを築くなんて、考えてもみれば不自然なことである。


「ま……どうでもいいか。あるもんはあるんだし」


 休憩スペースがなければ、100階層のダンジョンを攻略することなど至難である。

 今日の目的は50階層だから完全攻略ほどの難易度はないが……自分達にとって都合の良いことを否定する意味はない。

 余計なことを考えていないで、さっさと眠ってしまおう。


 俺は波のようにゆったりとしたリズムで押し寄せてくる睡魔に意識をゆだねて、眠りの世界へと旅経つのであった。

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