第19話 色と欲望の競売


 そのオークション会場は、人目を忍ぶこともなく繁華街に堂々と設置されていた。

 サーカスのテントのように広げられた天幕の入口では、多くの客引きが道行く人々を呼び止めている。

 オークションは席が埋まらなければ盛り上がらないため、彼らも競売を活気づかせるために必死なのだろう。


 この奴隷オークションは、ゲームのサブイベントで登場する場所である。

 あるサブヒロインが親の作った借金のために奴隷として売り飛ばされることになってしまい、レオンがその救出のためにオークションに乗り込むのだ。

 このイベントの攻略法は2つ。1つ目は制限時間内に一定額以上の金を稼いで、正規のルートでそのヒロインを購入すること。もう1つは、オークション会場に忍び込んでヒロインを盗み出すことだ。

 どちらを選ぶかによって成功報酬のCGに変化があるため、俺は手間と時間をかけて両方をプレイしたものである。


「これはこれは! バスカヴィル家の若様ではないですか!」


 入口の前に差しかかるや、太った体格の男が声をかけてきた。

 顔に見覚えがある。たしかそのイベントにも登場した、奴隷オークションの支配人だ。

 とはいえ、ゼノンと面識があるかどうかはわからない。ちょっとシラを切ってみることにした。


「はて……どこかで会ったかな?」


「これは失礼を。わたくし、こちらのオークションを取り仕切っておりますレスポルドと申します。お父上にはいつもお世話になっております」


「ああ……なるほどな。親父の部下だったのか」


 どうやら、この奴隷オークションは父親の息がかかっているようである。

 考えても見れば当然だ。裏社会の首領(ドン)であるあの男が、奴隷売買という商売に手を出していないはずがない。

 俺の脳裏にわずかに迷いが生じる。ここが親父の領域である以上、あまり関わらないほうがいいのではないだろうか?


「まあいい……入らせてもらうか」


 ここで奴隷を購入すれば、父親の耳にも入ってしまうだろう。

 しかし、あの父親が息子の行動をいちいち気にするとは思えない。そもそも、裏社会の首領で大勢の部下を擁しているあの男がその気になれば、俺の一挙一動は筒抜けになっているはずだ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず――前世も含めて初めて使うことわざだが、今こそその時ではないだろうか。


「おおっ、それではこちらにどうぞ。良い席をご用意いたします」


 レスボルドが恰幅の良い腹を揺らしながら、俺をオークション会場へと案内していく。

 外から見たよりも会場内部は広々としている。円形の会場には中央に舞台が設置されており、それを取り囲むように雛壇状の客席が設けられている。

 すでにオークション会場は席の大部分が埋まっていた。一目で貴族であることがわかる身なりの良い貴婦人もいれば、成金丸出しの商人風の男、ガラの悪いチンピラまで、様々な人間が今か今かとオークションが始まるのを待っている。


 俺はレスボルドの案内で、最前列の客席へと連れられて行く。俺が席に座るや、すぐにタイツ姿の色っぽい女性が飲み物を運んできた。


「それでは、ごゆるりとお楽しみください」


 レスボルドが丁寧に頭を下げて、スタッフルームらしき扉へと消えていく。


「商売熱心なことだな……人間の売買ってのはそんなに儲かるのかね?」


 ポツリと皮肉の言葉を口にして、俺は運ばれてきた飲み物に口をつけた。柑橘系の果汁を溶かした飲み物は爽やかな味わいで、魔法で生み出したのかキューブ形の氷まで浮かんでいる。

 そうして果実水を味わっていると、舞台上にレスボルドが現れた。


「レディース・エンド・ジェントルマン! お集まりの紳士淑女の皆様、これより奴隷オークションを開始いたします!」


 タキシード姿の奴隷商人が両手を広げ、オークションの始まりを高々と宣言する。


「ようやく始まりか。良い戦力がいるといいんだが……」


『成金の部屋』で金貨を回収したことで、俺の懐はこれでもかと潤っている。奴隷の1人や2人、余裕で購入することができるだろう。

 問題は十分な戦力として使える者がいるかどうかである。俺はこれから裏社会に頂点に立っている父親と対決しなければいけないのだ。部下として働いてもらう人間にも、それなりの戦闘力が必要だった。


 やがて舞台の裏側から白い服を着た女が連れられてきた。女の首には金属製の首輪が嵌められており、そこから鎖がぶら下がっている。

 金髪の美しい女に会場から歓声が湧きたち、次々と値段をつり上げていく。値段を付けているのは主に男性。彼らの目は情欲で赤く血走っている。


 人間が人間を商品として売り買いする。その光景には目を覆うような活気と醜さがあった。

 しかし――それはもう他人事ではない。これから自分もその仲間入りをしなければいけないのだ。

 俺はうんざりと肩を落として天を仰ぎ、鬱屈した溜息を天井めがけて吐き出した。

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