第20話 繋がる世界

 奴隷を売買するオークションは熱狂に包まれて進んでいく。

 次々と奴隷が落札されていく。美しい女性も、屈強な男性も、年端もいかない子供まで……舞台上に立たされた奴隷は例外なく値段をつけられて売り飛ばされていく。


 そんな悪趣味な光景を見つめながら、俺は肩を落として溜息をついた。


「……どうもパッとしないな。大したスキルを持っていない平凡な連中ばっかりだ」


 次々と競売にかけられる奴隷であったが……俺の目に適う人間はいない。

 俺の右目には先ほどまでは付けていなかった片眼鏡モノクルがかけられている。これは『成金の部屋』で回収したアイテムの1つで、『ゴッドアイ』と呼ばれるアイテムである。

 このアイテムの効力は、レンズ越しに見た相手が所有しているスキルと熟練度を視認できるというもの。このゲームにはレベルという概念がないため、スキルによって能力値が決まってしまう。スキルを目で確認できるというのは、戦いにおいて非常に優位に立つことができるのだ。

 本来であればモンスターなどの能力を確認するためのものだったが、それはオークションでの目利きにも有効だった。外見ではわからない奴隷の能力が見て取れるのだから。


 オークションには様々な人間が売りに出されていた。

 目を奪われるほどに美しい女性。屈強な肉体を持つ巨漢の戦士。尖った耳に緑色の髪を持つエルフの少女。非常に稀少で、滅多に姿を見ることができない竜人族の戦士まで。

 外見こそは美男美女で立派に見える彼らであったが……ゴッドアイを通して見た彼らは戦闘に役立つスキルを持っていなかったり、熟練度を上げていなかったり……俺の求める人材はいなかった。


「スキルは後天的にも覚えることもできるが……それでも初期スキルを持っているかどうかで、成長スピードがまるで違うからな」


「さて、それでは次が最後の奴隷になります!」


 ぼやいているうちに、どうやら奴隷オークションに終わりが近づいてきたようだ。

 今回は戦力になる奴隷は見つからなかった。一緒にダンジョンに潜る仲間は、他の方法で探したほうがよさそうだ。

 俺は肩をすくめて立ち上がり、オークションを最後まで見届けることなく会場から出て行こうとした。

 しかし、司会進行しているレスポルドの口から放たれた言葉に足を止めることになる。


「それでは……最後の奴隷は、竜人族と並んで稀少な種族! 北方の亜人大陸より仕入れました鬼人族の娘です!」


「あ?」


 怪訝な声を漏らして振り返った俺は、舞台上に立っている小柄な少女に目を見開いた。


「白髪の小鬼……まさか、ウルザ・ホワイトオーガか!? なんでアイツがここにいやがる!?」


 ウルザ・ホワイトオーガ。

 俺の腰ほどの背丈しかない小柄な少女は、紙のように白い肌と髪、黄金に輝く瞳という異彩を放つ容貌をしていた。白い髪の間からはちょこんと赤い角が覗いており、それこそが彼女が『鬼人族』と呼ばれる亜人種であることを証明している。


 ウルザは『ダンブレ』に登場するキャラクターではない。『2』にだって登場しない。

 俺がウルザを知っていたのは、彼女が『ダンブレ』ではない別のゲームに登場するキャラクターだからである。

 そのゲームの名前は『聖海のウォー・ロード』。『ダンブレ』と同じメーカーが発売している戦争シミュレーションゲームだ。

 南海の島国を舞台として、仲間を増やして敵国との戦争に勝利することを目指すゲーム。100人以上もの仲間キャラが登場することが特徴である。


 ウルザはその仲間キャラの1人だったのだが……どうして別ゲームのキャラクターである彼女が『ダンブレ』の世界にいるのだろう。


「おかしい……ゲームの境界を越えている。この世界、マジでどうなってやがる……」


 俺は予想外の事態に、会場の入口前で立ち尽くしてしまった。

 入口の前に突っ立っているなど、悪目立ちで人目を引いてしまう行為である。しかし、会場の誰も俺のことなど見てはいなかった。


「50万!」


「70万!」


「100万!」


「200万!」


 会場の客は興奮に目を爛々とさせて、次々に声を張り上げて値段をつり上げていく。最初は10万からスタートした金額もすでに20倍以上に達していた。

 それもそうだろう。ウルザの見た目は小学校高学年くらいの容姿であったが、整った顔はあまりに美しい。白い髪と肌も神秘的で、黄金の瞳は夜空に浮かぶ満月のように光り輝いている。

 おまけに、彼女は『鬼人族』という極めて珍しい種族なのだ。鬼人族はエルフと同じように老化が遅いため、いつまで経っても若々しい姿を保つことができる。身体能力も非常に高く、戦士としても優秀だ。

 間違いなく、彼女は今回のオークションにおける目玉商品に違いない。

 俺はかつてない盛り上がりを見せるオークション会場をよそに、どうしてウルザが『ダンブレ』の世界に存在しているのか考察を進める。


「この世界に『1』と『2』の設定が合わさっているように、『聖海』の世界観も融合しているのか? あるいは……最初から同じ世界だったとか?」


 ひょっとしたら、『ダンブレ』の世界と『聖海』の世界は元々、同じ世界観の上に存在していたのではないだろうか。

 例えば、ボールでモンスターを捕まえて戦わせる有名ゲームをプレイしたことがあるが、あのゲームはシリーズごとに違う場所を舞台にしていたが、それらの場所は地域が異なるだけで同じ世界の上にあったりする。

 それと同じように、『ダンブレ』と『聖海』も同じ世界の上でつながっており、物語の舞台となる場所が異なるだけなのではないだろうか。


「どっちのゲームも同じメーカーが作ったゲームだからな。裏設定でつながっていたとしてもおかしくはない……」


「500万!」


「おっと、500万が出ました! 他にもいらっしゃいますか!?」


 考え事をしているうちに、金額は500万に達していた。

 俺は右目にかけたゴッドアイに指先で触れながら目を細める。


 ウルザ・ホワイトオーガのジョブは『狂戦士バーサーカー』。攻撃力、防御力が高く、速さと命中が低いパワーファイタータイプの戦士職である。

 所有しているスキルは『身体強化』、『剛力』、『槌術』の3つ。熟練度はどれも20以下だったが、初期から3つもスキルを持っているキャラクターは滅多にいない。

 俺も3つのスキルを持っているが、1つは『調教』という戦闘には役に立たないスキルだった。戦闘スキルを3つも持っているウルザは、間違いなくバトルの天才と呼ばれるであろう稀有な人材である。


「彼女は間違いなく戦力として合格。俺が求めていた理想的な人材と言っていいな」


 はたして、俺がウルザを購入しても良いのだろうか。

 金額的には買えないことはない。かなりの出費になってしまうが、資金には十分な余裕がある。

 けれど、もしもこの世界が俺の想像通りに『聖海』の世界とつながっているのだとすれば、ウルザはこれから『聖海』のシナリオに参加して、戦争に巻き込まれていくということになる。

 思い返してみれば、ウルザは奴隷としてある貴族に無理やり働かされており、紆余曲折の末にあちらの主人公の仲間になるのだ。今回のオークションは、彼女が奴隷としてその貴族の下に行くフラグになっているのかもしれない。


「……俺がここでウルザを購入すれば、『聖海』のシナリオを狂わせることになっちまう。ルートによってはあっちの主人公と恋人になったりもするウルザを、俺の勝手な都合で味方に引き入れてもいいのか……?」


 別にシナリオにこだわるわけではないが、ヒロインには極力関わらないと決めたばかりである。

 ウルザはレオンのヒロインではなかったが……いずれあちらの主人公と結ばれることになるかもしれないウルザの未来を歪める権利があるのだろうか。


「さあ、650万が出ました! 他には! 他にはいらっしゃいませんか!?」


 俺は決心がつかないままオークションに目を向ける。

 レスポルドが顔を真っ赤にして興奮した面持ち。鰻登りに上昇していく金額に、オークションの主催者としてテンションが上がっているようだ。

 レスポルドの隣に立っているウルザは、暗い表情で目を伏せて唇を噛んでいた。幼い面持ちは必死に涙を堪えているらしく、細い肩が小刻みに震えている。


「…………」


「っ……!」


 ふと、ウルザがうつむけていた顔を上げた。

 それは何かの拍子に生じた偶然だったのだろう。客の中で1人だけ立ち上がって、通路に立っている俺に少女の目線が止まる。

 吸い込まれそうなほどに深い金色の瞳。今にも涙がこぼれ落ちそうな眼と、見つめる俺の眼が1本の線で結ばれる。

 絶望に凍りついた美しい顔。救いを求めるような眼に、俺は心臓が握られたような錯覚を覚えた。


「1000万だ……!」


 俺は思わず、そう口にしながら手を挙げていたのである。







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