第30話 砂漠の姉妹


 いろんな出来事が起こって改めて思うことだが……人間の不幸に底なんてものはないようだ。

 自分が不幸のどん底にいるのだと思っていても、そこからさらに下に落とされることもあるのである。


「……今日の俺はどんだけ不幸なんだよ。何か悪い事をしたか?」


「さて……事情を訊かせてもらおうか。女の水浴びに飛び込んできた狼藉者め」


 2人の女性の全裸を目にしてしまった俺は、彼女達の護衛に捕らわれることになった。

 身体を縄で拘束され、オアシスの横に建てられていた大きなテントの中へと連行される。

 砂の上に座らされた俺の目の前には、先ほど水浴びをしていた2人の女性がいる。もちろ、全裸ではなくアラビア風の裾の長い服に着替えていた。

 女性の周囲には護衛らしき武装した男達がいて、憮然とした様子で俺を睨みつけている。


「私達の裸を見たんだから、タダで済むとは思っていないわよね? 貴方はどこのどちら様かしら?


 腰に手をあてて怒った顔で見下ろしてくるのはゲームにも登場したヒロイン──シャクナ・マーフェルンだった。

 翡翠色の鮮やかな髪を腰まで伸ばしており、気の強そうな美貌で俺を睨みつけてくる。

 スレンダーなスタイルは女性らしさにはやや欠けるものの、浅黒い肌は健康的であり、長い脚が非常に魅力的であった。


「正直に話したほうが身のためよ? 洗いざらい話すのであれば、死に方くらいは選ばせてあげるから」


「……死ぬことは決定なのかよ。随分と高い裸だったんだな」


「私だけじゃなくてリューナの裸まで見たのだから当然でしょう? 可愛い妹を傷物にしておいて、生きて家に帰れると思っているのかしら?」


 どうやら、もう一方の少女の名前はリューナというらしい。リューナはシャクナの少し後ろで困ったような表情で立っている。

 シャクナと同じく翡翠色の髪を耳元で揃え、宝石の髪飾りを付けていた。背丈はシャクナよりも小さいものの……スタイルは姉を大きく上回っている。先ほど見た裸身は大きな胸と細い腰、くびれた身体つきでとても女性的だった。


 2人は確かに同じ髪色で似よく似た顔立ちをしている。異なっているのは背丈とスタイル、目元の鋭さくらいのもの。姉妹と言われて納得だった。


「姉妹ね……シャクナに妹がいるなんて驚きだ」


 俺は2人に聞こえないように小さくつぶやく。

 ゲームの追加シナリオ──『翡翠の墓標』に登場したシャクナであったが、王家の唯一の王女ということになっていた。

 会話の中で妹がいたという話をしていたような気もするが……シナリオ開始時点において、すでに亡くなっていたはずだ。


 そういえば……ゲームに登場したシャクナは、目の前にいる女性よりも陰を背負っていたような気がする

 思いつめたような暗い表情は、妹が死んだことで生まれたのだろうか。


「ふむ……現時点では、まだ妹も生きているということか? これから、いったい何が……?」


「何をブツブツと言っているのかしら? 死ぬ前に神様へのお祈りでもしているの?」


「ぐっ……!」


 シャクナが俺の腹部を爪先で蹴ってきた。

 俺はわずかに呼吸を詰まらせながら、苦しげにうめく。


「……マーフェルン王国の王女は随分と乱暴なんだな。シャクナ・マーフェルン」


「私のことを知っているのね。お父様の……それとも、導師ルダナガの手の者かしら?」


「ルダナガ……ルージャナーガか。どうしてその名前が出てくるんだよ?」


「……貴方に質問を許した覚えはないわ。大人しく話すか、拷問されて話すか……どちらがいいのかしら?」


「…………」


 容赦のない言葉を浴びせられ……改めて、「ああ、シャクナだな」と俺は思った。

 シャクナ・マーフェルンという女性は苛烈にして攻撃的。敵と判断した相手には徹底的に冷酷になれる暴君のような女性だった。

 しかし、女性や子供には非常に甘く、一度味方と判断をした相手は決して見捨てることのない慈悲深い女性でもある。

 主人公であるレオンに対しても最初は敵意を持っていたのだが、ケンカを繰り返すうちに徐々に心を開いていくのだ。


「……拷問は困るな。俺とルダナガとやらは無関係だが、質問には答えよう。俺の名前はゼノン・バスカヴィル。隣国であるスレイヤーズ王国で侯爵をしている」


「侯爵……? 面白い冗談ね。隣の国では侯爵殿が空から降ってきて、女性の裸を覗いたりするのかしら?」


 シャクナが鼻で笑って、俺の言葉を偽りと断言する。


「信じられないことは承知の上。だが……悪いが、真実だ。いくら拷問されても真実を嘘とは言えないな」


 俺は縛られたまま、視線で自分の胸元を指す。


「胸ポケットに身分を証明するものが入っている。見てもらえればわかる」


「…………」


 シャクナは厳しい表情をしたまま、近くにいた護衛らしき男に目配せをする。護衛は頷いて、俺の服の内側に手を入れた。

 取り出されたのは銀色の懐中時計である。その外蓋にはスレイヤーズ王国の紋章が刻まれている。


「スレイヤーズ王国では王族や貴族家の当主に、身分証明のためにこの時計が与えられる。王族または公爵家には金時計。侯爵以下の貴族家には銀時計だ。蓋を開けてもらえたら、中蓋にバスカヴィル家の名前と紋が彫っているはず」


「確かに……あるわね。同じような時計を外交で来た貴族からみせてもらったことがあるわ。どうやら、本当に隣国の貴族のようね」


 シャクナが難しい顔になってつぶやく。

 俺の身分は証明されたが……それでも縄は解いてくれなかった。


「とはいえ……まだ信用することはできないわ。どうして隣国の侯爵家の人間が空から落ちてくるのかしら」


「君達も見たんじゃないか? このオアシスの上を大きな鳥が飛んでいくのを。アレから落ちてきたんだよ」


「あの鳥……『砂漠の女王』から?」


 シャクナは怪訝に眉根を寄せた。


 俺はこの国に来てからの一部始終をシャクナに聞かせる。

 供を連れてこの国にきたこと。竜車で王都を目指していたら、砂賊に襲われてしまったこと。ファルコン・ファラオと戦うことになり、苦戦しながらも・・・・・・・撃破したこと・・・・・・・。倒したはずの怪鳥が起き上がってきて、攫われて空を飛ぶことになったこと。何とか逃れてオアシスに落ちてきたこと。


「『砂漠の女王』を倒したって……そんなの信じられるわけがないでしょう。アレは討伐不可能の伝説の怪物よ?」


「証拠だったらある。確認しろよ」


「…………!」


 俺は縛られながらも身をよじり、ずっと手の中に握りしめていた怪鳥の鱗を指ではじく。

 飛んできた鱗をキャッチして……シャクナは大きく目を見開いた。


「これは……間違いないわ。王家が保管している国宝の鱗と同じ、『砂漠の女王』の額に鱗だわ……!」


「へえ、王家も鱗を所有しているのか。ファルコン・ファラオを倒した人間が俺の他にもいるのかよ」


「……創国王。我が国を建国した初代国王が『砂漠の女王』を討伐して、剥ぎ取った鱗が国宝として受け継がれているのよ。まさか、初代国王以外にあの怪物を倒せる人間がいるなんて……」


「シャクナお姉様、こちらの方に協力を依頼しては如何でしょうか?」


 後ろで話を聞いていた少女──リューナが姉の服を引っ張って提案する。


「私達の味方は少ない。他国の貴族であれば父や導師の息もかかっていないでしょうし、味方として雇い入れるには良い条件だと思います」


「リューナ……だけど、この男が信用できるかどうかはわからないわ。私達の水浴びを覗いたし、顔だってうんと怖いのよ?」


 顔は関係ないだろうが。

 他国にやってきてまで、どうして悪人面に悩まされねばならないのか。


「顔のことは私にはわかりませんけど、私達の裸を見たことは事故ということになりますし、責めるのは酷ではありませんか。それに……この方は信頼できます。私が保証しますから」


「いいわ……リューナがそう言うのなら信用する。貴女は人を見る目があるから」


 渋面を浮かべていたシャクナが躊躇いがちに頷いた。

 どうしてリューナとやらが俺を信頼してくれるのかはわからないが……どうやら、拷問されずに済みそうである。

 シャクナは「フウッ」と溜息を吐いてから、護衛に俺の縄を解くように命じた。


「ゼノン・バスカヴィル殿。貴方のことを解放しましょう。縄を打ったことを謝罪はしませんが、代わりに私達の裸体を見たことも追及しません」


「そうしてくれると助かるよ。有り難くって涙が出るね」


「そして……ここからは提案なのだけど、これからしばらく、私達に雇われるつもりはないかしら?」


 シャクナは強い眼差しで俺を見据える。

 かつてゲームでも見た、強い意思が込められた翡翠色の瞳に俺の悪人顔が映し出される。


「少しの間だけでいいから私達に力を貸してちょうだい。邪悪な導師から妹を守るために戦ってくれないかしら?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る