第42話 わらしべ長者
ギルドから出た俺達は、そのまま行きつけの喫茶店へと足を運んだ。
ゲームにも登場した喫茶店で、店名は『シヤン・ヴィヴラン』。フランス語で『タヌキ』を意味している言葉らしいのだが……どうしてそんな名前なのかは謎である。
最近はクエストに出る前にこの喫茶店を訪れ、3人で作戦会議をするのが日課になっていた。
「俺はコーヒーで」
「私も同じものを」
「ウルザはジャイアント・エクストリーム・パフェが食べたいですの!」
テーブル席に座り、顔なじみのウェイトレスに飲み物を注文した。少し時間をおいて2人ぶんのコーヒーと巨大なパフェが運ばれてくる。
ウルザが頼んだ必殺技のような名前の商品はこの店の名物メニューである。天を衝くような巨大なパフェであり、フルーツやチョコレートがふんだんに盛りつけられた一品だ。
それなりに値段も張るこのスイーツであったが、食べると力と速さにバフがかかるため、ゲームでも大きな戦いの前にはよく注文していたものである。
「それで……ゼノン様? 今日はどのような依頼を受注したのですか?」
コーヒーに口をつけながら、エアリスが尋ねてきた。
こうして見ると、ただコーヒーカップを傾けているだけでも絵になる美少女である。それが可愛らしく小首を傾げてくるのだからすごい破壊力だ。
「あー……『わらしべ長者』」
「はい?」
「いや、何でもない。今日の依頼は単なる薬草採取だ。目的地は王都の東にある森だ」
俺はざっと依頼の内容を説明した。
今回、依頼の目的は王都の東にある『フォーレル森林』という場所に自生している植物――『紅竜花』を採取して納品することである。
期限は今から1週間以内で、達成報酬はたったの100G。
「随分と報酬がお安いですの。割に合わないのではないですの?」
ウルザが一心不乱にパフェを崩して口に運びながら、不思議そうに尋ねてくる。
ここからフォーレル森林までは徒歩で2時間ほどかかるため、往復するだけでもかなりの時間がかかってしまう。
それだけの労力を払って得られるものはたったの100G。指摘されるまでもなく、それが報酬として釣り合わないことは明白だった。
「まあ、仕方がないさ。依頼主は7歳の女の子だからな」
依頼主は王都に住んでいる貧しい少女である。
その少女は母親の誕生日にその花をプレゼントするために、冒険者ギルドに依頼を出していた。
紅竜花は少女の母親と冒険者で亡くなった父親との思い出の花であり、それを送ることで夫を亡くして未亡人になってしまった母親を元気づけようとしているのだ。
ちなみに紅竜花は森の奥でしか手に入らず、おまけに毒にも薬にもならないため、わざわざ危険を冒して摘みに行く者はまずいない。市場に出回ることもほとんどなかった。
「つまり……その子を願いを叶えるために、あえてお金にならない依頼を受けるのですね! さすがはゼノン様です。なんと慈悲深い……!」
エアリスが祈るように腕を組んで感極まった声を上げた。どれほど感動しているのか、目尻には涙まで浮かんでいる。
喫茶店にいる他の客が何事かと見てくるが、それすらも目に入っていないようだった。
「……別にそういうことじゃない。単なる気まぐれだ」
「またそんなことを言って……本当に素直ではないのですね? そういうところも素敵です!」
「むう……」
何を言っても高評価になってしまう。俺は顔をしかめて黙り込む。
エアリスは嬉しそうに満面の笑みで褒め称えてくるのだが、本当に善意からこの依頼を受けたわけではなかった。
この割に合わない依頼は、ゲームにおけるサブイベントである『わらしべ長者ラリー』のフラグになっているのだ。
『わらしべ長者』という昔話は、日本人であれば誰もが知っているものだろう。
貧しい村人がワラを手に入れて、それを交換していくうちにやがて巨大な富を手にする……おおよそ、そんなストーリーである。
今回の依頼を達成して紅竜花を依頼主の少女に持っていくと、100Gの報酬とは別に、感謝の証として少女が道で拾った石をくれるのだ。
淡い緑色で光るビーズのようなその石は、実はある青年が恋人に送った指輪に付いていた石だった。青年を見つけて石を渡すと、またそれを違うアイテムに交換してくれる。
そんなふうに町を周って『わらしべ長者』を繰り返していくと、最終的に『成長加速』という能力を修得できる『スキルオーブ』と交換できるのだ。
スキルオーブとはスキルの力が込められた石である。『ダンブレ』において新しいスキルを手に入れるために必要な消費アイテム。主にモンスターを倒したドロップアイテムやイベント報酬として手に入る。
その中でも、『成長加速』のスキルオーブは非常に希少価値が高かった。これは文字通りにスキルの熟練度の上昇スピードを速くするもので、スキルのカンストを目指すのであれば必須の能力である。
スキルオーブは使い捨て。おまけに『成長加速』を手に入れることができるイベントは、この『わらしべ長者』だけである。
ネット情報ではとあるモンスターのドロップアイテムとして出現するらしいが、確率は恐ろしく低いようでとても期待はできない。
『成金の部屋』で回収した引継ぎアイテムにもこのスキルオーブはないため、是が非でもここで手に入れたいところである。
「……このイベントにも随分と泣かされたからな。もう失敗はしない」
「はあ? そうですね?」
俺のつぶやきにきょとんとした顔でエアリスが瞬きを繰り返す。
ちなみにウルザはすでに話が耳に入っていないらしく、フルーツを口に入れてハムスターのように頬を膨らませている。
このサブイベントには時間制限があるのだ。
学園に入学してから1ヵ月後に発生して、さらに1ヵ月で消滅してしまう。
おそらく、少女の母親の誕生日が過ぎてしまうことが原因だ。ゲーム内では1週間を1ターンとして時間が経過するため、わずか4ターンという短い期間に依頼を達成しなければイベントを達成することはできなくなってしまう。
ゲームをプレイしていた時には、そのイベントの存在すら気がつかなかったり、後回しにしていたりして、クリアすることができずに依頼が消えていた。
また、達成して宝石を手に入れても、それが『わらしべ長者』のスタートになっていることに気がつかず、うっかり道具屋に売ってしまうこともあった。
後から攻略サイトで『わらしべ長者』の全貌に気がつき、取り逃したレアアイテムに涙したものである。
「あの悔しさは忘れたくても忘れられないな……もう2度と後悔はするまい」
「よくわかりませんが……後悔は良くありませんね?」
「ああ、後悔しないように生きていくためにも、さっさと作戦会議を始めようか。親孝行の娘さんの願いを叶えてやるとしよう」
「はい、喜んで!」
「もぐもぐもぐっ!」
エアリスが微笑みと共に頷き、口の周りをクリームまみれにしたウルザが元気よく手を挙げた。
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