第43話 スキルオーブ
「さて……それじゃあ、今日のクエストに行く前に2人に渡すものがある」
そう言って、俺はアイテムボックスの中に手を入れる。
取り出されたのはいくつかの宝玉。白や赤、青、黄、色鮮やかに輝いている球体のアイテムだった。
「これは……スキルオーブですね?」
喫茶店のテーブルに置かれた宝玉を見て、エアリスが首を傾げた。
「こんな貴重なものをどこで手に入れたのですか? 市場にも滅多に出回らないはずですが……」
「……ちょっと伝手があってな。安値で手に入ったんだ」
これらのスキルオーブは、いずれも『成金の部屋』で手に入れた引継ぎアイテムだった。
ゲームにおいてスキルオーブを手に入れる方法は2つ。モンスターを倒してドロップさせるか、イベントクエストを達成して報酬として得るしかなかった。
オークションなどにもまれに出品されるが、運頼みになるため狙ったものを入手することは難しい品物である。
「うちはそれなりに強い権力がある家だからな。稀少なアイテムも回ってきやすいんだよ」
「なるほど……さすがはバスカヴィル家です。王国建国から続く古い貴族の力は健在のようですね」
家の権力を言い訳に使うが、エアリスは特に不快に思った様子はなく、感心したように頷いている。
「これをウルザにくれるですの?」
巨大なパフェをたいらげたウルザが、目をキラキラと輝かせながら尋ねてきた。
ウルザは宝石などの装飾品には興味を示さない。強さを重んじる鬼人族の少女にとっては、自分をより強くすることができるスキルオーブのほうが魅力的なのだろう。
「ああ、こっちがウルザのぶん。こっちがエアリスのだ」
俺はテーブルの上に出したスキルオーブを2人に分けて差し出した。
「この1週間でお互いの長所や短所がわかってきたからな。長所を伸ばして短所を補うためにも、新しいスキルを修得してもらいたい」
「はいですの! もっと強くなりますの!」
「でも……よろしいんですか? こんな高価なものを私のために……?」
1も2もなく受け取るウルザに対して、エアリスは遠慮がちに目を伏せている。
スキルオーブは売ればそれなりに高価な品物だった。それを無償で受け取ることに躊躇しているのだろう。
「せめて料金をお支払いしたほうがよろしいのでは?」
「いるかよ。つまらないことは気にしなくていいから使っておけ」
「しかし……」
「いいか、エアリス。これを使ってお前が強くなってくれれば、それだけ一緒に行動する俺達が生存する確率が上がる。お前1人のために渡すんじゃない。パーティーの強化のためにやるんだよ」
なおも遠慮しようとするエアリスに、俺は人差し指を突きつけて言い含める。
「もっとも……エアリスがこれからも俺達と行動するつもりがないのなら別に使わなくてもいい。その場合はパーティーから抜けてもらうが……」
「使います! ありがたくいただきます!」
スキルオーブを取り上げようとすると、エアリスは慌てて両手で宝玉を抱き寄せた。勢い良く、テーブルに抱き着くようにして宝玉を奪い取ったせいで、巨大な胸部がテーブルに押しつけられてグニャリと形を歪ませる。
俺は思わぬラッキースケベに目を剥いて、慌てて手を引っ込めた。
「私はゼノン様のヒーラーです! だから、これも私の物です!」
「お、おお……そうだな」
冗談のつもりだったのだが、パーティーから外されそうになったのがよほど堪えたのだろうか。エアリスは必死な様子で言い募ってくる。俺はその剣幕に慄きながら、何度も首を縦に振った。
「だったら、遠慮なく使ってくれ。仲間なんだから気にするな」
「仲間……はい、そうですね。仲間。仲間……」
エアリスは死守した宝玉を胸に抱いて、嬉しそうに繰り返す。
『セントレアの聖女』などと呼ばれて崇められてきたエアリスは、常に他者から信望と憧憬を向けられる立場だった。ゆえに、対等な仲間という存在が純粋に嬉しいのかもしれない。
俺は「コホン」と咳払いをして気を取り直し、彼女らに渡すスキルの説明をする。
「さて……まずはウルザに覚えてもらうのは『命中強化』、『耐久強化』、それに『威圧』の3つだ』
『命中強化』は文字通りに攻撃の命中率を上げるスキル。ウルザは槌装備であり、威力が高いが命中率が低い武器を使っている。そのため、命中率を上昇させるスキルは必須だろう。
『耐久強化』は前衛、タンク職に有効なスキルだ。防御力が高くなればそれだけ生還率の上昇につながる。
「『威圧』というのはどういうスキルですの?」
「それは敵を威嚇することで弱い魔物を追い払ったり、逆にヘイトを集めて注意を自分に向けるスキルだよ。仲間を守るために必要なスキルだな」
俺は軽く説明してから、真剣な顔でウルザの顔を覗き込む。
「大事なことだが……その『威圧』のスキルをこれから重点的に上げて欲しい。きっと、それはいずれ俺に必要になるものだ」
「わかりましたの! ご主人様がお望みならば、ウルザは喜んで使いますの!」
「うむ、頼んだぞ」
ウルザの返答に満足げな頷きを返して、今度はエアリスのほうに向き直る。
「エアリスが覚えてもらうスキルは、『詠唱加速』、『魔力節約』、『守護障壁』の3つだ」
エアリスはヒーラーであり、パーティーの回復を担っている生命線だ。ヒーラーがいるかどうかで、パーティー全体の生存確率が大きく変わる。
『詠唱加速』は魔法の詠唱速度を上昇させるスキル。回復魔法を短時間で使えればそれだけ安全性が増す。
『魔力節約』は魔法で消費される魔力を減少させることができる。ヒーラーが使える魔法回数が増えれば、それはパーティーの体力、耐久力が増すのと同義だ。これもぜひ覚えておいてもらいたい。
『守護障壁』は身体にバリアーを張って、敵の攻撃を無効化する。ヒーラーがやられればパーティーが瓦解しているため、エアリス自身を守るために必要だ。
「ありがとうございます、大切に使わせていただきます」
エアリスは嬉しそうに微笑んで、渡された宝玉に口づけを落とす。
するとスキルオーブが音もなく崩れ落ちて、宝玉の中から出てきた光がエアリスの体内に吸い込まれる。
ウルザはもっと豪快にスキルオーブにかぶりつく。同じようにスキルオーブが破片も残さず消え去り、スキルを修得した。
俺は念のため、相手のステータスを見ることができるアイテム――ゴッドアイを装着して、2人の姿を
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エアリス・セントレア
ジョブ:
スキル
治癒魔法 30
支援魔法 27
結界術 20
詠唱加速 1 NEW!
魔力節約 1 NEW!
守護障壁 1 NEW!
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――――――――――――――――――――
ウルザ・ホワイトオーガ
ジョブ:
スキル
身体強化 26
剛力 31
槌術 32
命中強化 1 NEW!
耐久強化 1 NEW!
威圧 1 NEW!
――――――――――――――――――――
他にもスキルオーブは持っているが、スキルの所有数は最大で10個まで。そこから新しいものを取得するためには、すでに持っているスキルを消去しなくてはいけない。
もちろん、消去されたスキルは返ってこない。スキルオーブも無駄になってしまうため、慎重に取得していく必要があった。
「さて……これでスキルを覚えたな。これからダンジョンでスキルを育ててもらうから、積極的に使っていってくれ!」
「はいですの!」
「わかりました……ところで、ゼノン様はスキルを覚えなくてもよろしいのですか?」
「俺はもう覚えているから心配するな」
ちなみに……俺は早い段階でスキルオーブをすでに使用しており、現在のスキル構成は次のようになっている。
――――――――――――――――――――
ゼノン・バスカヴィル
ジョブ:
スキル
剣術 41
闇魔法 45
調教 47
魔法剣 15
体術 20
魔力強化 11
――――――――――――――――――――
ガーゴイルやギガント・ミスリルといった格上の敵を倒し続けたことで、最初と比べて大きく熟練度が上昇している。もっとも、50を超えてからは急に伸びにくくなるため、カンストまでは程遠いのだが。
「どうでもいいが……どうして『調教』スキルの伸びが1番良いんだろうな?」
戦闘に使うことのない『日常パートスキル』は上昇しやすいとはいえ、最初から持っている『調教』を育てるような行動をしただろうか?
まさかとは思うが……ヤンチャをしたウルザを叱ったり、エアリスの自己犠牲に説教をしたりしたのが『調教』として扱われているのではないだろうか?
「…………やめよう」
考えるのが怖くなった俺は、思考放棄して椅子から立ち上がる。
まるで現実逃避でもするかのように首を振り──喫茶店から出てフォーレル森林へと向かうのであった。
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