第90話 決戦前


 決闘は明日の夜に行われることになった。

 俺はすぐにってもよかったのだが、何故か父親から待ったがかかったのである。


「戦いの観客を用意する。しばし待っているがいい」


「……つまらない企みはしてくれるなよ。失望しちまうぜ?」


「くだらんことをさえずるな。貴様ごときに余計な小細工など必要はない。真っ向から叩き潰してくれよう」


 そう言い残して……父親はバスカヴィル家の馬車に乗り、屋敷から出て行ってしまった。


 残された俺は肩透かしを食らった気分になりながら、同棲中の女子達の下へと戻っていく。

 エアリスとナギサ、ウルザ、レヴィエナの4人であったが……食堂に集まり、剣やら鎧やら完全武装の格好で待ち構えていた。


「……何してんだ、お前ら」


「ご主人様、お怪我はありませんか!? レヴィエナがついていますよ!」


「ちょうど助太刀に行こうと話していましたの! いざ、討ち入りですの!」


 レヴィエナとウルザが駆け寄ってきて、強気な発言をぶつけてきた。

 ウルザの格好はいつもの冒険者としての装備。右手の鬼棍棒を「えいえいおー!」と天井に向けて掲げている。

 レヴィエナであったが……何がしたいのかわからないが、こちらはいつものメイド服ではなく甲冑姿で兜だけを外した状態になっていた。

 金属製の全身鎧をガチャガチャと鳴らして近寄ってくるメイドに、俺は呆れて肩を落としてしまう。


「ウルザはともかく……お前まで親父と戦うつもりだったのかよ? メイドがどうこうできるような相手じゃないぞ?」


「ご安心ください。これはご主人様の盾になるための鎧です。どうかこのレヴィエナを肉壁として使い、旦那様を討ち取ってくださいませ!」


「…………」


 その発言は使用人としてどうなのだろうか

 レヴィエナの雇い主は――給料を支払っているのは、一応、あの親父のはずなのだが。


「……お前を盾に使うようになったら、俺のほうがお終いだろうな。そうならないように準備はしてきたから安心しろよ。ウルザも落ち着け」


 ウルザの頭をポンポンと叩き、レヴィエナに甲冑を脱ぐように指示をする。

 そして、今度は部屋の奥にいるナギサとエアリスに目を向けた。


「お前達にも心配かけたな。親父とは明日ることになったが、一騎打ちになるだろうから助太刀はいらない」


「ほう、勝機はあるということか。我が主よ?」


 興味深そうに尋ねてきたのは、ダイニングの壁に背中を預けて立っていたナギサである。

 こちらもキッチリと装備を整え、腰には刀を差していた。いつでも戦いに行けるように完全な臨戦態勢をとっている。


「もちろんだ。時間はたっぷりあったからな。受け攻め合わせて10通り以上は戦略を練ってある」


 かつてガロンドルフ・バスカヴィルに叩きのめされ、拷問のような仕打ちを受けてからというもの、如何にしてガロンドルフを倒すべきか方策を練っていた。


 突発的に戦うことになったパターン。

 事前に取り決めをして決闘することになったパターン。

 ガロンドルフのほうから奇襲を仕掛けてきたパターン。

 こちらから闇討ちをするときのパターン。

 タイマンで戦闘することになったパターン。

 多対多の乱戦で戦うことになったパターン。


 ありとあらゆる状況、場所で戦闘することを前提として、いくつもの戦略を立てていた。

 この世界に転生したばかりの自分であればどうやっても勝つことは不可能だったが……今の俺であれば勝ち目はある。

 正直……先日のシンヤ・クシナギとの戦いで、奥の手として取っておいた『ドーピング・ボトル』を使ってしまったのはかなり痛い。

 あれが残っていれば安全策で勝つことができたのだが……ないものはない。リスクを背負う戦いになるだろう。


「親父よりも強くなれたと驕ってはいない。危ない橋を渡るのも避けられない。だけど……最後は必ず俺が勝つ。そう決めているからな」


「そうか……ならば構わない。我が主がそう言うのであれば、私は戦いを見守るのみ」


 ナギサが穏やかな笑みを浮かべて頷き、瞳を閉じた。


「我が主よ、貴方は私の因縁に終止符を打ってくれた。なれば、今度は私が貴方の宿世の決着を見守ろう」


「ありがたいな。美女の応援は最高の燃料だよ」


 俺は苦笑して肩を竦め……最後にエアリスへと目を向けた。


「お前は応援してくれないのか、エアリス?」


「ゼノン様……私は心配ですわ」


 エアリスは椅子に座り、沈痛な表情で俯いていた。

 天使のような美貌がひどく蒼褪めており、噛みしめた唇が白くなっている


「ゼノン様がどんなケガをしても、必ず私が治して見せます。ですが……死んでしまったら、生き返らせることはできません」


「…………」


「ゼノン様にもしものことがあれば、私はどう生きていけばよいのかわかりません。できることなら、危ないことはしないで欲しいのです」


「……今更だな。一緒に修羅場をくぐってきたじゃないか」


 ギガント・ミスリルをはじめとして、俺達のパーティーはいくつもの危機を乗り越えてきた。シンヤ・クシナギとの戦いだって、一歩間違えれば命を落としてもおかしくないような接戦だったはず。


「だけど、俺はずっと勝ってきた。お前も見てきただろうに、心配し過ぎた」


「私もどうしてこんなに不安になるのかわからないのです。わからないのですが……本当に嫌な予感がするのです」


 エアリスはうつむけていた顔を上げて、まっすぐに俺を見上げる。

 青い瞳には涙の粒が溜まっていた。まるでガラス細工のように美しく透明感のある涙である。


「何故でしょう……私の頭に浮かんでくるのです。ゼノン様がバスカヴィル侯爵に殺される映像が。剣で心臓を刺し貫かれる御姿が」


「…………」


 不吉過ぎる予言を受けて、俺は思わず目を見開いた。


 そういえば……ゲームでもエアリスはたびたびおかしな予知をするときがあった。

 女神の託宣のごとき言葉は全て不吉な未来を予言しており、近い将来に必ず実現するのだ。

 とはいえ……その予知能力が重要なものかと聞かれれば、そうでもない。

 ゲーム内でもエアリスの予知能力について詳しい説明はなかったし、『聖女だから神の託宣があったのかもしれない』とふわっとした結論で片づけられていた。

 ギガント・ミスリルの出現もシンヤ・クシナギとの遭遇も予知できていなかったし、『ダンブレ2』では快楽漬けにされて寝取られる己の未来も予知できていない。


「興味深い話ではあるが……心配はいらない。俺が勝つからな」


「ですが……」


「むしろ、お前の予言を聞いて自分の勝利を確信した。俺は必ず親父を倒して、バスカヴィル家の呪われた歴史に終止符を打ってみせる」


「…………」


 なおもエアリスは心配そうな表情をしている。

 あまりらしくはないが……ここはひとつ、安心させるためにサービスしてやろうではないか。

 俺はエアリスの左手を取り、手の甲に口づけをした。


「ぜ、ゼノン様っ!?」


 エアリスがキョドって声を裏返らせる。

 考えても見れば、俺のほうからこうやって触れるのは初めてかもしれない。


「その指輪、気に入ってくれたようで嬉しいよ」


 エアリスの指には、俺が与えたマジックアイテムの指輪が嵌まっている。

 貴重なマジックアイテムを勘違いでプレゼントしてしまったわけだが……こうして薬指に付けてくれているのを見ると悪い気はしない。


「俺は必ず勝利する。だから……全部終わったら、男と女の話をしようぜ。キスの続きをさせてくれるよな?」


 この戦いが終わったら結婚するんだ。

 死亡フラグに近いセリフを口にしたことに言ってから気がついたが、エアリスはどうやらお気に召したらしい。感極まった顔になった頬をバラ色に染めている。


「ゼノン様……嬉しいです! とうとう私と結婚する覚悟を決めてくれたんですね!」


「うん、そこまで言ってない」


「わかりました、ゼノン様の勝利を信じてお待ちしております! 必ずやお父君に勝利して、私とセックスをいたしましょう!」


「セックス言うなよ……萎えるじゃねえか……」


 どうして、うちの女子は性に対してこうも前向きなのだろう。欲求不満なのだろうか?


「ん……?」


 ふと視線をスライドさせると、横にウルザ、レヴィエナ、ナギサが列を作って立っていた。


「ご主人様、ウルザにもチューして欲しいですの!」


「そうですね、エアリス様ばかり贔屓はよくありません」


「うむ、私も傍で見ていてドキドキしたからな。是非ともご相伴に預かりたい」


「…………」


 結局、俺は3人の手に順番にキスすることになってしまった。

 おまけに彼女達は調子に乗ってしまったようで、今度は頬や唇にまでキスをねだってきて、ハグまで要求されてしまう。

 唇へのキスは流石に拒否したが……代わりにいつもよりも濃厚なスキンシップを要求されることになった。


 そして……そんなことをしている間に翌日の夜になってしまい、父親――ガロンドルフ・バスカヴィルとの決闘の時が訪れたのである。


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