第89話 父との再会
俺はついてきたがる女性陣を自室に返して、1人で父親の部屋に向かった。
「スー……」
扉の前に立って大きく深呼吸する。
耳を澄ませてみても扉越しに物音は聞こえない。まるで無人の部屋のように静まり返っている。
「さて……それじゃあ、ご対面といこうか」
覚悟を決めてドアノブを回す。
ゆっくりと開かれる扉。足を1歩前に出して部屋の中に足を踏み入れ……
「ダークブレット!」
「っ……!」
次の瞬間、部屋の中から漆黒の弾丸が飛んできた。俺は限界まで姿勢を低くして弾丸を躱す。
予想はしていたが……まさか問答無用で攻撃してくるとは、相変わらずイカれた父親である。
ここで2つの選択に迫られた。
このまま部屋の中に飛び込むか。退いて逃げ出すか。
「ハッ! 考えるまでもなく決まってるよな!」
俺は凶暴に笑い、低い姿勢から足のバネを使って前方に飛び込んだ。
どうせ退いたところで、バスカヴィル家の屋敷にいる限り逃げようがないのだ。
死中に活あり――このまま一気に勝負を決めてやる!
「ムッ……!」
部屋の中に一息に飛び込むと、部屋の中央に黒いスーツ姿のガロンドルフ・バスカヴィルが立っていた。
ガロンドルフは不意打ちの魔法を躱して飛び込んできた息子を見て、驚愕に目を見開いている。
そんな父親の懐に飛び込み、体術スキルによる攻撃スキルを撃ち放つ。
「『絶破掌』!」
「ぬうっ……!」
ガロンドルフは撃ち放たれた掌底を腕で受け止めるが、手の平から放出された衝撃が防御を無視して身体の内側まで浸透する。
『絶破掌』は武器を使わない体術スキル。武器を使わず攻撃力が小さい代わりに、防御無効の貫通効果があるのだ。
ガロンドルフの身体が後方に飛ばされるが……流石は王国最強を名乗る悪の総帥。
無様に壁に叩きつけられることなく、強く床を踏みしめて堪えた。
「貴様……ゼノン……!」
「フッ!」
何事かを発しようとする父親を無視して、俺は取り出した剣を鞘から抜き放つ。
そのまま首を刈ろうと横薙ぎに斬撃を放つが……ガロンドルフが素早く腰の剣で受け止める。
「むっ……!」
「ヌンッ……!」
2本の剣がぶつかり合い、わずかな時間の均衡が生じる。
残念ながらパワーはガロンドルフのほうが上のようだ。押し返してきた刃に、俺は後方へと跳び退る。
「……お久しぶりですね、父上。お元気そうで何よりです」
「ゼノンよ……この父に斬りかかってくるとは、何のつもりだ?」
社交辞令の挨拶を無視してガロンドルフが睨みつけてくる。
俺は皮肉を込めて肩を竦め、平然と言い返す。
「失礼を。急に魔法を撃ってきたため、咄嗟に身体が動いてしまいました。先に手を出したそちらに非があるのでは?」
「ほう……言ってくれるではないか。魔王軍の幹部を討ち取ったと聞いたが、調子に乗っているようだな」
反論してきた俺に、ガロンドルフは興味深そうに目を細める。
「学年主席を取れという命を果たせなかった無能な息子に喝を入れようと思ったのだが……存外に肝が据わってきたではないか。褒めてやろう」
「『男子、三日会わざれば』……というやつですよ。何ヵ月も顔を合わさなければ息子の成長も見逃してしまうということですね」
言いながらも、俺は剣を鞘にしまうことなく油断なくガロンドルフを観察する。
親子の再会とは思えないような応酬を繰り広げたわけだが……ガロンドルフのほうから追撃する様子はない。
少なくとも、反撃された逆恨みで攻撃するつもりはなさそうだ。
ここでこのまま斬り合ってもよかったのだが……ガロンドルフの方から動かないのであれば、場を改めることにする。
「父上、以前おっしゃっていましたね? 『バスカヴィル家の当主は最強でなければならない』……と」
「…………」
「つまり……私が父上を倒せば、貴方にはバスカヴィル家の当主としての資格はないということになりますよね?」
俺はあえて部屋に入る前に身に着けておいた手袋を脱ぎ、ガロンドルフに向けて投げつける。
黒の皮手袋は狙い通りに放物線を描き、ガロンドルフの胸元に命中した。
「父上、貴方に決闘を挑ませていただきたい」
俺はまっすぐにガロンドルフを睨みつけて、はっきりと宣言する。
「バスカヴィル家は俺がいただく。仮にも『最強』を名乗るのであれば、まさか逃げはしないでしょうな?」
「……愚息めが。本気で言っているのか?」
決闘を挑まれたガロンドルフは烈火の視線をこちらに浴びせかけ、大型の肉食獣のように牙を剥く。
同時に、全身から膨大な殺気が溢れ出る。
圧倒的な殺意の意思――それはシンヤ・クシナギにもマルガリタ王妃にも負けてはいないほど凶悪なオーラだった。
「愚かな息子だとは思っていたが、まさか彼我の力量差を読めぬほどとは思わなかったぞ。今さら吐いたツバを飲み込むことは許さぬ。死にたいというのならば殺してやろうではないか!」
「上等じゃないか……そっちの方こそ死んでいいぞ?」
俺は浴びせられる殺気に怯むことなく言い返し、唇をつり上げて笑う。
ゼノン・バスカヴィルとガロンドルフ・バスカヴィル。
スレイヤーズ王国の夜を支配する諸悪の根源。バスカヴィル家の親子は、噛みつくような凶暴な笑みを浮かべて、真っ向から激しい視線の応酬を繰り広げる。
奇しくも――その邪悪で好戦的な表情は、親子らしくよく似たものだった。
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