第27話 怪鳥落とし


「坊ちゃま!」


「ご主人様っ!」


「お前らは出てくるな! そのまま身を隠していろ!」


 助太刀に参戦しようとする2人の仲間に、俺は振り返ることなく叫んだ。


「これは主人としての命令だ! 俺がいいというまで絶対に出てくるな!」


 1人よりも2人。2人よりも3人。そんな数の問題ではなかった。

 確かに、ボスモンスターにソロで戦いを挑むなど自殺行為に違いない。

 だが……このモンスター、ファルコン・ファラオは別だ。ウルザとレヴィエナが戦いに加わったとしても、的が増えるだけで何の戦力にもならなかった。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 高音の笛のような鳴き声を上げながら、ファルコン・ファラオが翼をはためかせる。そして……一瞬で遥か頭上へと飛び上がった。


「この巨体で、このスピード……本当に理不尽極まりないな!」


 ファルコン・ファラオというモンスターを目にした人間は、まずその巨大さに目を奪われることだろう。

 ジャンボジェットのごとき巨躯はそれだけで強力である。嘴や鉤爪を無造作に振るっただけで、圧倒的な質量がパワーとなって一撃必殺に変わるのだから。

 だが……本当に警戒すべきはそこではない。

 ファルコン・ファラオの本領はとんでもないまでの素早さにこそあった。それこそ、『ダンブレ』のゲームに登場するモンスターの中で、五本の指に入るほどのスピードファイターなのだ。


「ピユウッ!」


「む……!」


 ファルコンが大きく羽を畳んで身体を縮める。俺はすぐさま、転がるようにして横に逃れた。


「ピュウウウウウウウウウウウウウイッ!」


 次の瞬間、ドリルのように回転したファルコンが突っ込んできた。砂に覆われた大地を大きく削り、先ほどまで俺がいた空間をそのままえぐり取る。

 わずかでも回避が遅ければ、回転する嘴の餌食になっていたことだろう。


「回転しながらの突撃──『ドリルチャージ』! 予備動作はゲームと変わっていないようだな!」


「大丈夫ですの、ご主人様っ!?」


「ゼノン坊ちゃま!」


「問題ないから出て来るな! お前らに出てこられたら本当に全滅するぞ!」


 焦燥に叫んでくる仲間に重ねて言い含める。

 ファルコン・ファラオのスピードは目で追えるものではない。技が発動したら最後、回避する手段はなかった。

 怪鳥の攻撃を避ける手段は1つしかない。つまり、技の前に出る予備動作から次の攻撃を予測することである。


 弱点と呼べるほどのものではないが、ファルコン・ファラオは攻撃前に大きな予備動作がある。予備動作事態は珍しいことではなく、他のモンスターにも見られるのだが……この怪鳥は特にそれが大袈裟だ。

『ダンブレ』をやり込んだ熟練のプレイヤーであれば、予備動作から次の行動を予測することは十分に可能である。


「とはいえ……本当にこのゲームの制作は鬼畜だよな。初見殺しにもほどがあるだろうが!」


 制作スタッフへの不満をぶちまけながら、攻撃後のフリーズに入っている怪鳥を斬りつける。闇魔法を込めた魔法剣が巨体の胴体部分を斬り裂き、傷口から状態異常をもたらす呪詛を流し込む。


「グラビド・スラッシュ!」


「ピュイッ!?」


【魔法剣】のスキルによって打ち込まれた呪いは、相手のスピードを減少させるデバフをもたらす闇魔法である。

 これでファルコン・ファラオの速さのステータスを10%ほど削ることができた。多少は戦いが楽になることだろう。


「ピュウウウウウウウウウッ!?」


「まだだ! ダメ押しを喰らいやがれ!」


 ファルコン・ファラオが巨大な両翼を広げた。飛んで距離をとるときの予備動作である。俺は怪鳥が離れるよりも先に、事前にバッグから取り出しておいた毒薬のビンを投げつけた。

 怪鳥の巨体が一瞬で姿を消すが……それよりもわずかに早く、毒は胴体部分に命中している。

 頭上に飛び上がった怪鳥……その胴体の傷口からは毒にかかっていることを示す紫の液体が流れ出ていた。


「流石にソロでボスモンスターのHPを削り切るのはきついからな。今回は状態異常を存分に利用させてもらうとしようか」


 仲間の力を借りることができない以上、使える手段は全て使うべきである。

 ファルコン・ファラオの攻撃はゲームを周回したプレイヤーであれば先読みして躱せるが、初見であるウルザとレヴィエナにはとても避けることはできない。戦いに参加させるわけにはいかなかった。

 足りなくなったダメージソースを稼ぐためにも、普段は使うことのない毒だって存分に利用させてもらう。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」


「今度は真上からの鉤爪攻撃──『クローバインド』。捕まるものかよ!」


 予想通り、頭上から鉤爪で掴みかかってきた攻撃を避ける。


「グラビド・スラッシュ!」


 返す刀でのカウンター。

 速度減少の魔法を込めた剣で敵の胴体を斬りつけ、さらにデバフを重ねてやる。ファルコン・ファラオの胴体に2つの斬撃痕が十文字になって刻まれた。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 巨大な嘴から放たれる絶叫。

 さぞや不思議なことだろう……どうして攻撃が当たらないのか、どうやって攻撃を先読みされているのか理解できないはず。

 俺にとってファルコン・ファラオは10回以上の周回プレイで幾度となく戦い、対策のためにネットに投稿されている動画を数百回とチェックした相手である。

 対して、ファルコン・ファラオにとってこんな戦い方をする人間は見たことがないはず。この世界には俺以外にプレイヤーはいないのだから。


「『初見殺し』であるはずのボスモンスターが『初見殺し』を喰らっているんだから笑えないよな! このまま削り切らせてもらうぞ、砂漠の皇帝!」


「ピュイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 ファルコン・ファラオが苦しげに鳴きながら攻撃を放つも、俺は先読みして回避する。そして、また状態異常を込めた魔法剣で攻撃した。


 敵の攻撃を先読み。避ける。カウンターで反撃する。

 先読み、回避、カウンター。先読み、回避、カウンター。先読み、回避、カウンター。

 そんなやり取りを幾度となく繰り返しているうちに……巨大な怪鳥の動きが目に見えて悪くなった。

 速度を減少させるデバフが効いている。『ダンブレ』においてデバフの重ね掛けは5回までしかできなかったが……単純計算で50%。速度は半減していた。


「ピュウウウッ……ピュイイイイッ……」


 加えて、身体に打ち込まれた毒によってHPが削られている。

 これがゲームの世界であったのならばまだしも……体内に毒を打ち込まれた状態で飛び回ったりしていれば、毒が全身に回るのも早くなるに決まっている。

 デバフと毒によってファルコン・ファラオの動きは完全に精彩を欠いており、今なら予備動作による先読みがなくても攻撃を躱すことができそうだ。


「ピュウウウウ、ピュウウウウイイイイイイイイイイイイッ!」


「む……」


 しかし、手負いの獣ほど侮ってはいけないのも事実である。

 蝋燭の火が消える瞬間にひときわ大きく燃え上がるように、満身創痍の怪鳥が大きく翼を広げた。

 ファルコン・ファラオのHPが10%を切った際に発動する範囲攻撃──『フェザー・スコール』である。

 両翼から放出された無数の羽が豪雨となって降りそそぐ。その攻撃範囲は俺を中心として10メートルほど。とてもではないが避けきれるものではなかった。


「ご主人様ああああああああっ!?」


「そんな……ゼノン坊ちゃまっ!」


 無数の羽の矢に貫かれた俺を見て、ウルザとレヴィエナが砂山の陰から飛び出してきた。

 直撃を受けた俺の姿に、居ても立っても居られなくなってしまったのだろう。


「やれやれ……何があっても出てくるなと言っただろうが。主人の命令を堂々と破るとは、困ったメイドと奴隷だな」


 俺は呆れ返って肩をすくめた。

 無数の羽に撃ち抜かれた幻影が蜃気楼のように消失する。


「闇魔法──ファントム・デコイ。来るとわかっている最後っ屁をまともに喰らってやるほど、俺はお人好しじゃないんだよ」


 敵の範囲攻撃をまともに喰らってしまったのは、俺が闇魔法で創り出しておいた幻影である。

 そろそろ『フェザー・スコール』が繰り出されるだろうと予測し、敵の攻撃を明後日の方向に撃たせるための罠を張っていたのだ。

 俺の本体はすでに怪鳥の後方へと回り込んでおり、敵にトドメを刺すべく武器を取り出す。


「モンスター拘束アイテム──『スタン・ショットガン』」


 マジックバッグから取り出されたのはボウガンによく似た形状のアイテムだった。

 中空に浮かんでいるファルコン・ファラオに向けて引き金を引くと、金属のネットが敵に向かって射出される。

 これは敵をネットで拘束して動きを鈍らせるための使い捨てアイテムで、少々値は張るものの、道具屋で普通に購入できる道具だった。

 効力は一定時間、金属のネットで拘束したモンスターの速度を50%減少するというもの。効果時間は短いものの、強力なデバフをもたらすことができる。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 金属のネットが怪鳥の翼に絡みつく。

 予想外の方向からの攻撃を受けて、ファルコン・ファラオが高い悲鳴を上げた。


「さて……ここで問題だ。そこのデカブツは俺の闇魔法によって速度に50%のデバフを受けている。その状態で、さらにアイテムによる50%の速度減少を喰らってしまったわけだが……そうなると、どうなるだろうか?」


「ピュウウウウウウウウウウウウウウッ!?」


「落ちるよな。やっぱり」


 速度がゼロとなったファルコン・ファラオが地面に向けて落下する。巨大な体躯が砂漠の大地に墜落して、派手に砂塵を巻き上げた。


「長い『待て』だったな。出番だぞ……ウルザ、レヴィエナ!」


「はいですの! 待ちくたびれましたの!」


「坊ちゃまの御心のままに! 敵を駆逐します!」


 ようやく許可を与えられたウルザとレヴィエナが颯爽と地面を蹴る。

 向かって行く先はもちろん、身動きが取れなくなったファルコン・ファラオだ。


「玉座から引きずり降ろされた王様の末路は決まっているよな。公開処刑のはじまりだ…………死んでいいぞ?」


「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ……!?」


 ウルザとレヴィエナが武器を振り上げ、身動きが取れなくなった怪鳥に飛びかかる。

 空を飛べない鳥など手足をもがれたようなもの。容赦ない追撃が無抵抗な敵に叩き込まれていく。

 ウルザの鬼棍棒が、レヴィエナのハルバードが怪鳥の身体をザクザクとえぐる。


「ピュウウウ……」


 隙間風のように弱々しい鳴き声が巨大な嘴から漏れてきた。

 砂漠の皇帝と呼ばれた巨大な怪鳥は、哀れな断末魔を砂漠に響かせながら息絶えたのである。


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