第28話 続く不運


「終わったようだな。かなり苦しい戦いだったが……完全勝利だ」


「流石はゼノン坊ちゃまでございます。この強大な魔物をほとんど1人で倒してしまうとは……レヴィエナは感服いたしました」


「ウルザのご主人様はすごいですの! 今すぐにでも抱いて欲しいですの!」


 きゃあきゃあと華やいだ声でレヴィエナとウルザが抱き着いてきた。左右の腕を美女と美少女の柔らかな感触が包み込んでくる。


「…………」


 こうやって改めて2人と密着して思うところだが……本当に、絶望的なほどに腕を包み込んでいる胸の重量に違いがあった。

 レヴィエナの胸はずっしりと重いメロン級。スイカに匹敵する爆乳であるエアリスには1歩及ばないものの、十分過ぎるサイズは母性的な包容力に満ちている。

 対するウルザの胸はせいぜいバナナの皮1枚ほどしか膨らんでいない。一応は女の子の身体なので柔らかいには柔らかいのだが……なだらか過ぎる丘陵は絶望という概念を具現化したかのよう。こうして密着しているだけで、悲しくわびしい感触に涙が出そうになる。


「…………」


「……ご主人様、どうしてそんな悲しい顔をしていますの? そんなに憐れむような目をされると、何故かムカついてきますの」


「いや……そんなことよりも、やることをやってさっさと立ち去ろう。暑くて敵わないからな」


 俺は誤魔化すように両手に抱き着いている2人を引きはがし、とりあえず戦いの戦利品を回収しておくことにした。


「……こいつのドロップアイテムは羽と嘴の牙。おお、メダルも落ちているな」


 デンジャラスエンカウント討伐の証であるメダルが砂の上に落ちていたので、拾っておく。金色のメダルの表面には鳥のイラストが描かれている。

 このメダルを集めると特別なアイテムが手に入るのだが……それは今回は考える必要のないことである。

 怪鳥の身体から奪い取ったアイテムをバッグに入れていく。危険なボスキャラから手に入れただけあって、いずれも稀少なアイテムである。強力な装備品を作る素材になるし、店で売ればちょっとした財産になることだろう。


「ウルザ、そいつの額に1枚だけ鱗が付いているはずだから獲ってくれ」


「鱗……ああ、ありましたの」


 ウルザが怪鳥の顔によじ登り、そこにあった鱗を獲ってくる。虹色に輝く鱗はまるで宝石のようで、日光を反射して色とりどりに反射していた。


「どうして鳥の頭に鱗があるですの?」


「俺に聞かれてもな。あるものはあるんだからしょうがないだろ。コイツを倒す以外に手に入れる方法のない貴重なアイテムだ。素直にもらっておこう」


 ウルザが持ってきた鱗を受け取る。

 手の平に収まるほどの大きさの鱗をアイテムバッグにしまおうとして……ふと背後から声が聞こえた。


「う……ぐ……」


「む……どうやら、元凶の阿呆が目を覚ましたらしいな」


 声は砂賊のアジト……そこに張られたテントの中から聞こえてくる。

 そこには先ほど、気絶させた砂賊の頭領を蹴り入れていた。気を失っていた頭領が起きたようである。


「アイツを起こしてきてくれ。『魔物使い』であるあの男に竜車を操縦してもらわないと、このクソ熱い日差しで干物になっちまう」


 竜車は少し離れた場所に停めてある。キチンと地面に杭を打って縄をかけているため、逃げてはいないだろう

 砂漠の真ん中では町への道もわからないし、頭領に案内をしてもらわなくては困る。


「それでは、あの慮外者の首に縄をかけて引っ張ってまいります。私達を……坊ちゃまを騙して殺そうとしたのです。存分にこき使って殺りましょう」


「……そうだな」


 レヴィエナがニコニコと笑いながら、恐ろしいことを口にしてテントに向かって行く。

 最後の「やる」が「殺る」になっていたような気がするのだが……脳の変換ミスであることを祈るばかりである。


「まあ……どうせ賊は奴隷落ちか処刑だからな。俺達が好きなように使い潰してしまっても問題あるまい」


 戦利品の鱗をコインのように指で弾き、宙に飛ばしてキャッチする。

 強敵を倒した清々しさに包まれ、俺は高揚した気分のままに鱗を使って手遊びをした。


 このとき……俺は完全に油断していた。

 強敵を倒し、砂漠で遭難しかけた危機から脱して、気が抜けていたようだ。


 立て続けに起こっている災難はまだ終わってはいないことに、気がついていなかった。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」


「なっ……!?」


 突如として砂漠に高い鳴き声が響き渡る。

 鼓膜を貫くような大音声を発したのは、死んでいるはずの怪鳥──ファルコン・ファラオであった。

 倒れていた怪鳥がバタバタと両翼を動かして地面で叩き、砂塵を空中に巻き上げる。


「有り得ねえ……何で生きてやがる!?」


 ファルコン・ファラオは確実に絶命していた。

 そうでなければ素材を剥ぎ取ることもできないし、メダルだってドロップしないはず。

 だが……現実にファルコン・ファラオは動き出しており、宙に飛び上がろうと翼を上下させている。


「くっ……地獄の門にでも弾かれたか!? だったら何度だって殺してやるよ!」


 俺は鞘に収めた剣に手をかけた。

 今度は首を斬り落として、確実に蘇生できないようにしてやる……そんなことを考えて飛びかかろうとするが、それよりも早くファルコン・ファラオが動き出す。


「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 笛の音のような高い鳴き声。甦った怪鳥が俺に向かって突撃してくる。


「っ……!?」


「ひゃんっ!」


 幸い、速度はそれほど速くはない。咄嗟にウルザを突き飛ばして、俺も力の反作用を利用して反対方向へと跳んだ。

 左右に避けた俺達の間を、怪鳥が通り抜けていく。


 このとき……俺に2つの不幸が襲いかかった。


 1つ目は無理な体勢で回避をしたことで持っていたマジックバッグを落としてしまったこと。大量の装備品、回復アイテムを収納したバッグが地面に落ちる。


 もう1つは……怪鳥の身体に、先ほど身動きを封じるために使ったネットが巻きついていたこと。


「うげ……!?」


 ネットの一部が偶然にも、俺の足に引っかかる。

 足払いをかけられたように倒れた俺は、そのまま怪鳥に足を引きずられて空に舞い上がった。


「ふ……ざけんなあああああああああああああああっ!?」


「ご主人様っ!?」


「ゼノン坊ちゃま!」


「ピュウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 案内人に嵌められて。

 砂賊に襲われて。

 ファルコン・ファラオに遭遇して。

 挙句の果てに、謎の復活を遂げた怪鳥によって大空に連れ去られた。


『どうやら俺達の中にとんでもなく運勢が悪い奴がいるようだな』


 それは俺が先ほど口にしたセリフであったが……運勢が悪かったのは俺だったらしい。


「あああああああああああああああああああっ!?」


 俺はネットに足をとられて逆さづりになり、そのまま大空へ連れ去られたのである。


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