第35話 作戦会議
その日の夜、俺はシャクナに招かれて夕食に加わることになった。
オアシスの横に設置された大きな天幕に入ると、そこには大きな絨毯が広げられている。絨毯にはシャクナとリューナ、彼女達の護衛の兵士が円を囲んで座っており、彼らの前には皿に盛られた料理が並べられていた。
「っ……!」
天幕に入るや、シャクナが刺すような視線を向けてくる。
悔しそうに表情を歪めながら、それでも自分が挑んだ決闘で敗北した自覚はあるようで、文句を言ってくることはしない。
「バスカヴィル様、どうぞこちらに座ってくださいませ!」
リューナが顔をほころばせて手を振ってくる。
シャクナの横に座るリューナであったが、反対隣には1人分のスペースが空いている。ひょっとして、俺が座る場所を空けてくれているのだろうか。
手招きされた通りにリューナの横に座る俺であったが……途端にシャクナの眼光が強くなった。
「…………」
「文句があるなら言っていいぞ。そんな目で睨みつけられると逆に落ち着かない」
「……敗者に語る言葉などないわ。好きなようにイチャつけばいいのよ」
「そうかよ。だったら……お言葉に甘えて、そうさせてもらおうか?」
「あんっ!」
ちょっとした悪戯心を起こして、隣のリューナの肩を抱き寄せてみる。
途端にフローラルな花の匂いが香ってくるが……肌に香油でも塗っているのだろうか?
「ふぐっ……ぎぎぎぎ……ギイッ……!」
シャクナから思った以上のリアクションが返ってきた。
血走った両目をこれでもかと見開き、噛みしめた唇が裂けて血が流れ落ちている。
「ワタシノリューナガ……オトコノウデニ……ぎぎっ、ぐぎっ、ギリギリギリギリ……!」
「お前……随分と愉快なキャラだったんだな……」
呆れ半分につぶやき、俺はリューナの肩を解放する。
ゲームに登場した『シャクナ・マーフェルン』は常に陰を背負っているような女性であり、国を救うために我が身を犠牲にして、血を流しながら進んでいくような女傑だった。
そんなイメージに反して、目の前のシスコンをこじらせた女はかなり飽きさせないキャラクターをしている。
ゲームにおいて、シナリオ開始時にはリューナがすでに死んでいるという設定だったが……シャクナにとって妹の存在が心の均衡を保つタガの役割を果たしていたのだろう。
「……お三方とも、お戯れはそれぐらいにしていただきたい」
寄り添い合っている俺とリューナ、血の涙を流さんばかりに悔しがっているシャクナ。3人の姿に、呆れたように年配の男が苦言を呈した。
「我々は、これからの行動について話し合うために集まっているのです。そろそろ本題に入りましょうか」
「スー……ハー……そうね。わかっているわ」
シャクナが深呼吸を繰り返しながら、年配の男に同意する。
横目では依然として憎々しげな目を向けてくるが……俺もまた頷きを返す。
「悪かった。それで……いったいどんな話をするつもりなのかな? 俺は新参者だから、君達の目的やら行動やらについて、ほとんど何も知らないのだが?」
「そうですな。それでは、お客人にもわかるように現状についての確認からいたしましょう……ああ、申し遅れましたが、私の名前はハディスと申します。王都にある神殿で神官騎士をしています」
年配の男──神官騎士ハディスはアゴヒゲを撫でながら、重々しい口ぶりで現状について説明を始める。
「マーフェルン王国は5年前から導師ルダナガによって蝕まれております。国王陛下、宮殿の貴族らも大部分が取り込まれており、ルダナガに逆らうことができる人間は誰もおりません。ルダナガの目的は不明ですが……おかしな儀式のために巫女であるリューナ様を生贄にしようとしているようです。シャクナ様と、奴に取り込まれていない神官騎士がリューナ様をお連れして、王都から逃げ出してきたところです」
「ふむ……質問なのだが、この場にいる神官騎士以外に味方はいないのか? 神殿にいる他の聖職者はどうなった?」
「神殿にいる司祭や神官の大部分はルダナガの配下となっています。反発した司祭の中には不自然に命を落とした者もいて、ここに残っている人間がルダナガに逆らっている最後の反抗勢力といえるでしょう。貴族に至っては、元々、金と権力にしか興味のない連中ですから頼りにはなりません」
「もう1つ、質問だ。この国の王はリューナが生贄になることを許しているのか? 実の父親なんだろう?」
シャクナとリューナの父親……マーフェルン王は、実の娘を生贄にすることに賛成しているのだろうか。
『翡翠の墓標』のラスボスであるマーフェルン王は強欲で傲慢な男だったため、別に不自然であるとは思えないが……。
「それはあり得ません。本来の父上であれば」
キッパリと断言したのはハディスではなく、リューナだった。
今さら気がついたことだが……リューナは先ほど抱き寄せたのと同じ位置、つまり俺の胸に身体を寄せて密着している。
すでに抱き寄せていた手は放しているはずだが……どうして、離れようとしないのだろうか?
「我が父……マーフェルン王グレネイスは非常にプライドが高く、逆らう人間を容赦しない苛烈な人です。しかし、その反面で己に従う人間には寛容で慈悲深く、身内に甘い性格でもあったのです。父はルダナガと出会ってから変わってしまいました。まるで操られているかのように……」
「今の父上だったら、リューナのことを平気で殺すわね。私のことだってひょっとしたら……」
リューナに続いて、シャクナも暗い面持ちで父親のことを語る。
そんな姉妹の説明を聞いて、俺は『ルダナガ=ルージャナーガ』という説への疑いをさらに強めた。
「操られて……なるほどな。納得したよ」
魔王軍四天王の1人であるルージャナーガは、他人の心を操作する魔法に長けている。
ゲームでもあの男は魔法によって人心を巧みに操り、人間を駒として扱うことでレオンを追い詰めてきた。
山賊を操って町を襲わせたり。
権力者を誑かしてレオンを犯罪者に仕立てたり。
幼馴染みヒロインのシエルに恋をしている同級生を唆し、シエルを誘拐するように仕向けたり。
挙句の果てに、とある国の将軍を傀儡にして、スレイヤーズ王国との間に戦争まで起こそうとしていた。
ルージャナーガが絡んでいるとなれば、国王や貴族が魔法で支配下に置かれていたとしても、まったく不思議はないことである。
「人間を操り人形にする魔法は確かに存在する。死体を生きているように動かす魔法や、人間の欲望や感情を増幅させて行動を誘導する魔法も……」
「……随分と詳しいようですが、ルダナガのことを何か知っているのですか?」
「導師とやらのことは知らないな。だが……そういう邪法を使う、いけ好かない野郎を1人知っているというだけのことだ。仮に、同じような術を導師が使えたとしても、俺は驚かないね」
俺は忌々しい敵キャラの顔を頭に浮かべ……小さく舌打ちをする。
「それで? 導師から逃げ出してきたのは良いが、これからどうするつもりなんだ? 国王が導師に操られているとすれば、この国の兵士の大部分が敵になってしまう。いつまでも逃げられるとは思えないが」
俺の問いにハディスは頷いた。
国を相手にした鬼ごっこが長くは続かないことは、さすがに承知しているようだ。
「……逃げきれないことは承知しております。今も国王陛下や導師が放った追手が我々の足取りを追っているはずです。それ故に、我々は国王に掛けられた魔法を解いて、ルダナガの正体を暴き出さなくてはいけません」
ハディスは荷物から丸められた羊皮紙を取り出し、俺に見えるように絨毯の上に広げた。
どうやら、それは地図だったようだ。王都を中心とした地図上にある1点を指差して、重々しい口調で宣言する。
「我々はこれから……砂漠の北方にある『サロモンの王墓』を目指すつもりです。伝説の魔術王サロモンの秘宝の1つ……『全ての魔を解く王笏』を手にして、操られた国王陛下を解放するつもりです」
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