第31話 我が家の狂犬


 駆けつけた教員によってその場は収められた。

 股間を負傷したレオンは教員と数人の生徒によって医務室に運ばれていき、俺はウルザと共に生徒指導室へと連行されることになる。


 幸いなことに、厳重注意以上に処分を受けることはなかった。

 他の生徒からの証言によって、先に手を出したのがレオンのほうであることが明白だったからである。

 レオンは力づくで奴隷を解放しようとした。それは即ち、奴隷という財産に対する強盗行為だ。ウルザがレオンを叩きのめしたのも、見ようによっては正当防衛と考えられる。


 ましてや、俺はバスカヴィル侯爵家という王国において強い力を持っている貴族家の嫡男である。

 対するレオンは勇者の血筋という由緒ある家系ではあったものの、身分は平民でしかない。シエルの生家であるウラヌス伯爵家の後見を受けているとはいえ、犯罪行為が許されるわけがない。


 学園側も今回の問題を大事にはしたくなかったようである。

 レオンの強盗行為を追求しないことを条件として、ウルザの暴走についても不問となったのである。


 俺はウルザにくれぐれも暴れないように再び注意をして、教室へと向かった。

 すでに1限目の授業は終わっており、2限目が始まる前の休み時間となっている。教室に入るや、クラス中の視線が突き刺さってきた。


「あれって……」


「そうそう、突然暴れたって……」


「ブレイブ君が止めようとしてケガをしたって……」


 どうやらクラスメイトには俺が悪いように伝わっているようである。

 ブレイブは明るい性格からクラスでも人気があり、対する俺は悪人面の嫌われ者だ。この扱いも仕方がないのかもしれない。


「おーい、バスカヴィルー」


「あ?」


 肩をすくめて空いている席に向かおうとするが、クラスメイトの1人に名前を呼ばれた。声の方に目を向けると、先日ダンジョンでガーゴイルから助けたジャンが手を振っていた。

 ちょうどジャンの前の席が2つ空いている。無視をするのも不自然なので、ウルザと並んでそこに座る。


「よう、バスカヴィル。今朝は大変だったらしいな」


「……何の話だ」


「ブレイブに絡まれたんだろ? 災難だったな」


 どうやらジャンは、レオンの側から俺に絡んできたことを知っているようである。


「アイツの気持ちもわかるけどなー。そんな可愛い子に首輪を着けて歩いていりゃあ、絶対に犯罪だと思うぜ。タダでさえ、そのツラだもんな」


「放っておけよ。顔はどうしようもねえだろうが」


「ははは、顔立ちは整っているのに、何でそんなに凄味があるんだろうな。不思議だぜ」


 ジャンの口ぶりからは遠慮というものが消えている。

 どうやらダンジョンで命を救われたことにより、『悪人顔』や『邪悪なバスカヴィル家』という色眼鏡を外して俺のことを見てくれているようだ。


「わあ……この子、可愛い!」


「ふあっ、ひっつくなのです!」


 ジャンの隣に腰かけていた女子生徒――恋人でありパーティーメンバーでもあるアリサが、後ろの席からウルザに抱き着いた。

 ウルザはバタバタと鬱陶しそうに手足を振っているが、先ほど暴れないように厳命しておいたためか、あまり強く振り払えないようである。


「ねえ、バスカヴィル君。この子ちょうだい? お部屋に飾るー」


「……お手柔らかにしてくれよ。そいつ、魔大陸の出身で人慣れしてないんだから」


「あーん、亜人ってこんなに可愛いんだー。私も飼いたーい」


 完全に動物扱いである。これは果たして人種差別なのだろうか。

 ウルザの頭にスリスリと頬を擦り寄せている恋人に、ジャンが苦笑しながら腕を組んだ。


「こいつって小動物とか好きなんだよなー。あ、いや、別に亜人を動物扱いしてるわけじゃなくてな」


「いや、わかっている。好意的に捉えてくれるだけでありがたい」


 俺は嫌われ者で悪人面のバスカヴィル。ウルザは亜人で奴隷で、先ほど暴れてクラスメイトを負傷したばかり。

 こんなふうに何気ない会話をしてくれるだけでも、有難いというものだ。

 そうして世間話に花を咲かせていると、教室の扉が外から開けられた。2限目の講師が入ってきたのかと思いきや、扉から入ってきたのはレオンの幼馴染のシエルである。


「っ……!」


 シエルは烈火のような目でこちらを睨みつけて、ずかずかと乱暴な足取りで教室に入ってきて手近な席へと腰かけた。

 ジャンが同情するような目で、俺の肩を叩いた。


「あー……随分と恨まれてるみたいだな。怖いぞ、女の恨みってのは」


「他人事だと思って、好き勝手言いやがる。俺のせいじゃないんだけどな」


 一方的に絡んできたのはレオン。好き勝手に暴れたのはウルザだ。俺の監督責任がないとは言えないが、こんなふうに根に持たれるのは心外だ。

 俺がガックリと肩を落とすと、同時に再び教室の扉が開かれて、今度こそ講師が入ってきた。


「そろそろ離すのです!」


「ああん! ウルザちゃーん!」


 ウルザに振り払われたアリサが涙目で声を上げ、それが合図になったかのように2限目の授業が始められたのであった。

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