第21話 夜の情報交換
『死喰い鳥』からの情報提供を受けて、俺達は行きと同じように馬車でバスカヴィル家の屋敷に帰宅した。
屋敷に帰った時にはすでにエアリスとナギサも帰宅していたらしく、エントランスで出迎えてくれる。
そこから先はいつも通り。お決まりの展開。
夕食を食べて、入浴して……最終的にはベッドイン。夜の戦いのはじまりである。
「つまり……マーフェルン王国で何かが起こっているということでしょうか? 『猊下』と呼ばれる何者かが暗躍をしていると?」
夜の戦いが一段落した頃。
ポラリスとリンファから聞き出した情報をまとめて伝えると、エアリスが小首を傾げて尋ねてきた。
キングサイズのベッドには俺とエアリス、ナギサの3人がいる。
ウルザとレヴィエナはここにはいない。毎日4人の女性と身体を交わしていては身体がいくつあっても足りないので、最近は2人ずつ交代制で夜の相手をしてもらうことが多いのだ。今日の当番はナギサとエアリスで他の2人は別室で眠っていた。
また、さっきまで激しい運動をしていたナギサは隣でスヤスヤと寝息を立てている。俺はエアリスと2人で集めた情報を整理していた。
「……ああ、隣国のクズ貴族が、どうしてこの国で子供を攫っていたのかも気になる。ただでさえ、お隣はキナ臭い国だ。よからぬことを企んでいるのかもしれん」
俺はエアリスの顔を見上げながら補足した。
顔……というか、実際に見上げているのは2つの小山である。
俺は現在、エアリスの太腿の上に頭を乗せて横になっていた。いわゆる『膝枕』というやつである。
極上の枕に頭を乗せた俺はエアリスの顔を見上げているのだが……とんでもなくデカい胸が邪魔して顔を見ることはできなかった。
全裸の女の子が膝枕をしてくれているという、前世では考えられなかった貴重な経験である。
「俺は宗教関係の知識には疎いからな。エアリスの知恵を借りたい。『猊下』という人物に心当たりはあるか? 名称からして、宗教関係者だとは思うんだが……」
「そうですね……ゼノン様は『バルメット教』については御存じですか?」
「……聞いたことがあるような、ないような?」
ゲームにそんな単語が出てきたような気がするが……重要なワードではなかったと思う。
NPCが口にしていたセリフの中にそんな言葉があったような気がする。
「バルメット・マーフェルン。『創国王』とも呼ばれている人物で、マーフェルン王国の初代国王です。隣国ではその人物を始祖神として崇めており、歴代国王を始祖の血を引いている現人神とみなしています」
「ふうん……『創国王』ね」
珍しい話ではないのだろう。
キリストやブッダだって実在したとされる人物だし、日本の皇族だって天照大神の子孫であるとして君臨してきた。
歴史上の偉人が神として崇められることも、神の子孫を名乗る人間が統治者となることもよくあることなのだ。
「隣国は非常に厳格な身分制度が敷かれていることはご存知だと思いますが……始祖神の子孫が王族、始祖に仕えていた『使徒』の子孫が貴族なのです。王族や貴族は民を支配する権利を有している代わりに、人々を正しい道へと導く義務を有しています」
「その割には、あの国の貴族にいい噂は聞かないな。権力者が税金をかけまくって民衆を弾圧しているって聞いたぞ?」
「そのようですね……あの国も昔はそんな場所ではなかったはずですが」
エアリスは何かを思い出すような顔をして表情を曇らせた。
「10年近くも前になりますが、父に連れられてマーフェルン王国に行ったことがあります。世界を創造した女神を崇める我が国と、始祖神を崇める彼の国とでは宗教こそ違いますが……先代の導師であるライフィット・ジャロ様がいた頃は王族も貴族も己が立場を正しく理解し、弱き人々を助けることを自分達の使命としていたはずです。あの国が変わってしまったのは当代の導師に変わってからのことです」
「その『導師』ってのは王様とは違うのか?」
「導師は教義をまとめて信仰を説くことを職務とする神官の責任者のこと──我が国における『枢機卿』のようなものですね」
「枢機卿……宗教のトップ。つまりは『猊下』……?」
「可能性はありますね。先代の導師様は父とも親しく人格者として知られていますが……今の導師になってから、権力者の横暴は増えるばかりですから。会ったこともない方の悪口は言いたくありませんが……正直、今の導師であるルダガナ様でしたら貴族をそそのかして悪事を働かせるくらいするでしょう」
「ルダガナ……それが今の導師の名前か」
初めて聞く名前である。
そう、間違いなく初めて聞くはずなのだが……何故だろうか。記憶の琴線が弾かれたような違和感があった。
こびりつくような違和感の正体を確かめるため、俺はその名前を反復する。
「ルダガナ……ルダナガ……るーだーなーがー……ん?」
名前を反復していると、ますます違和感が強くなっていく。
記憶を探っていくうちに……俺の脳裏に1人の男の姿が浮かんでくる。
「るーだなーが……いや、ルージャナーガか! 魔王軍四天王の1人、『蛇神司祭ルージャナーガ』!」
とうとう、違和感の主を掴むことに成功した。
それはゲームに登場した敵キャラ――勇者レオンにとって最大の難敵であったボスキャラの名前である。
蛇神司祭ルージャナーガ。
魔王軍四天王の1人。つまり、邪剣士シンヤ・クシナダと同格の立場にいるボスキャラである。シンヤが悪夢の如き剣を振るう卓越した剣士であったのに対して、ルージャナーガは魔法を得意とする敵だった。
戦闘能力はそれほど高くはなかった。シンヤと比べれば弱いと言ってもいいかもしれない。
しかし、ルージャナーガは魔王軍四天王の中で唯一、謀略や権謀術数を得意としており、とにかくこちらが嫌がることばかりしてくるのだ。
主人公と親しい人間を人質に取ったり、無関係な人間を邪法でモンスターに変えたり、さらには女を犯すことを得意とする魔物を使ってヒロインを襲わせたり。『ダンブレ』の全キャラクターの中で屈指のヘイトを稼いでいる嫌われ者なのだ。
同じく嫌われものである『ゼノン・バスカヴィル』が一部の層から根強い支持があり、薄い本の主役として活躍しているのに対して……ルージャナーガを好きだというプレイヤーは皆無であった。
「ルージャナーガは権力者を操って、内乱や戦争を起こそうともしていたな……ひょっとして、マーフェルン王国の混乱や革命の背後でも暗躍しているのか?」
「ゼノン様……?」
ブツブツとつぶやく俺にエアリスが怪訝な顔になっているが……それすら気にならないほど、俺は深い思考に身を投じていた。
マーフェルン王国が登場する追加シナリオ――『翡翠の墓標』は魔王を倒した後の時間軸を舞台としている。
四天王であるルージャナーガもその時点ではレオンに倒されているはずだが……ルージャナーガが手を出していた謀略が、時間をかけて開花したとは考えられないだろうか。
ルージャナーガは人間に化け、『導師ルダナガ』として権力者に取り入っている。
そして、王族や貴族が民衆を弾圧するように仕向け、革命という形で意図的に内乱を引き起こそうとしている可能性があった。
内乱を起こすことで人類同士を殺し合うように仕向け、場合によっては隣国であるスレイヤーズ王国にまで混乱を飛び火させようとしていたのかもしれない。
「もしも俺の推測が正しいとすれば……現時点でルージャナーガを倒してしまえば、内乱の勃発を防げるのか……?」
そうなれば、『翡翠の墓標』のシナリオ発動を防ぐことができる。王女であるシャクナの死を回避し、さらには勇者の血族である彼女を協力者として取り込むことができるかもしれない。
さらに、ルージャナーガを倒せば、いずれ奴によって引き起こされるであろう多くの悲劇を防ぐことができるはず。
「…………行くか、マーフェルン王国」
俺は考えに考え……その結論に到達した。
スレイヤーズ王国を留守にすることによるデメリットもあるが、それ以上に大きなメリットがある。
四天王のブレインであるルージャナーガを討ち取ることができれば、魔王の勢力を大きく削ることができるはず。
王女であるシャクナ・マーフェルンと接触することができれば、勇者の子孫であるというシャクナを魔王討伐のための協力者にできるかもしれない。
一石二鳥。スレイヤーズ王国を留守にして、マーフェルン王国に向かう価値は十分にあった。
「むう……私を無視しないでください!」
「ウプッ!?」
エアリスが拗ねたように言って、膝枕している俺の頭に抱き着いてきた。
二つの大きな乳房に顔面がプレスされて呼吸が詰まる。顔の凹凸にピッタリと変形して包み込んでくる柔肉……いったい、何を食べて育ったらこんなにも柔らかくも素敵な脂肪を蓄えることができるのだろう。
生命の神秘というか、女性の神秘に驚嘆させられてしまう。
「……私も横にいるのだがな。忘れていないか?」
「んぐうっ……!?」
今度は下半身への攻撃。どうやら、ダウンしていたナギサが起き上がってきたらしい。
あえて詳しい描写は避けるが……局部に激しい攻撃が加えられる。
どうやら、マーフェルン王国への出国までに倒さなくてはならない敵がいるようだ。
俺は美しくも巨大な難敵を前にして……夜の戦い第2ラウンドへと突入するのであった。
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