第20話 地獄の針山


「さあさあ、入るヨー」


 リンファに案内されて、森の中にある小さな家──『死喰い鳥』の隠れ家へと足を踏み入れた。


「う……」


 薄暗い家の中に入るや、吐き気を催すような腐った臭いが漂ってきた。この世界にやって来てから随分と慣れ親しんでしまった匂い……すなわち、死臭である。


 小さな家の中には所せましと死体が並べられていた。

 皮が剥がれて肉と内臓が剥き出しになった人体模型。天井から吊り下げられた女の生首。ホルマリンのような液体に漬けられてビン詰めになった異形の骸。壁にピンで貼り付けられた男の顔面の皮。

 無秩序に並べられているようでどこか調和がとれた死骸の山。見ているだけで狂気に襲われてしまう悍ましいオブジェであったが……それらに共通しているのは、その死骸が1つ残らず生きている・・・・・ということだ。


『ううっ……アアアッ……』


『助け……ぎぎぎぎぎぎぎ……』


『許して……もう、殺してクダサイ……』


 死骸の口からすすり泣くような声が聞こえてくる。

 どうやって言葉を紡いでいるのか、喉も肺もないはずの生首や人皮までもが声を発していた。

 道士……『死霊術士』であるリンファによって魔法がかけられた骸は、死ぬことも許されずに玩具として現在進行形で弄ばれている。


「悪趣味な……。流石は死体愛好家ネクロフィリア。アンデッドを使役することに長けた魔法使いの感性は独特だな」


「ここにいるのは全員、道を踏み外した外道アルヨー? それ以外は殺しちゃダメ。ボスのご先祖と決めた取り決めネー?」


『死喰い鳥』の祖父はバスカヴィル家の先祖と契約を交わしており、彼らの一族を保護する代わりにいくつかの『縛り』を与えていた。バスカヴィル家に敵対する外道以外は殺してはいけないというのもその1つである。

 ちなみに、その『縛り』の中には『バスカヴィル家の当主が代替わりした場合、新しい当主が主君にふさわしいか試練を与えることができる』──という厄介極まりないものまであった。

 おかげで、リンファと顔を合わせるたびにアンデッドや人形をけしかけられていた……我が祖先も余計な決まりを作ってくれたものである。


「ほらほら、これヨー。ボクの新作アルー」


「うっわ……」


 リンファが持ってきたのは『針山』である。裁縫をするときに針を刺しておくのに使うアレである。


『ううっ……がっ……アアアアアアッ……』


『針山』から哀れな泣き声が漏れ出してきた。

 顔面をこれでもかと歪めて涙を流している『針山』。その正体は、先日ぶちのめしたクズ貴族──ベロンガ・ジャクソルトである。

 ベロンガは首を切断されて頭部だけになっていた。おまけに、頭部の皮と頭蓋骨の一部が取り外されており、脳みそが剥き出しになっているのだ。

 おまけに、ベロンガの脳には無数の針が突き刺さっている。刺繡に使う縫い針が数百本、まるで逆立った髪の毛のように生えていた。


『いやだあ……もう、針をささないでくれえ……』


 ベロンガの口から嗚咽が漏れる。

 かつては大勢の子供を誘拐し、肉を切って喰っていた最低の悪党は生きながらにして地獄の苦痛を味わっているようだ。

 自業自得とはいえ、無残な末路である。


「……哀れなものだな。いや、コイツがやってきたことを考えると当然の報いか。むしろ、被害者や遺族からしてみればもの足りないくらいかもしれないな」


「ちょうど新しい針山が欲しかったから助かったアル。ボスのプレゼント、大事に使うネー」


「別にプレゼントしたわけじゃないんだが……それで、コイツは何を語っていた?」


「是、そうアルネー……」


 リンファの口から拷問というか尋問によって聞き出された情報が紡がれる。

 凄腕のネクロマンサーであるリンファは死体を愛好する趣味を持っており、彼女が死体を愛でる過程によって自然と情報が吐き出されるのだ。

 本人が情報を聞き出そうとしている自覚があるのかは疑問だが……どんな拷問でも口を割らない人間であっても、リンファによって聞き出せない情報はなかった。


 ジャクソルトが口にしたのは、悍ましい狂人がこれまでどんな悪事を働いてきたか。それは聞いているだけで胸糞悪くなるような内容だった。

 どこで誰を殺したか。どんな殺し方をしたか。どんなふうに料理して食べたか……その味の感想まで。

 マーフェルン王国の内情についても語っていたが……俺が知っていた通り、隣国は厳しい身分格差があって民衆が弾圧されているようだ。

 王女であるシャクナについては面識がないらしく、彼女に関する情報はほとんど持っていなかった。


「それと……可笑しなことを言ってたアルヨ。この国で子供を攫っていたのは『猊下』の命令だってネー」


「猊下……?」


 誰のことだろうか、それは。

 ジャクソルトが隣国の貴族であることを考えると、マーフェルン王国の関係者である可能性が高い。

 伯爵であるこの男が従っているということはかなりの権力者なのだろう。『猊下』というのは宗教的な権力者に向ける尊称だったはずだが……。


「……わからないな。猊下とやらの名前はわからないのか?」


「猊下、猊下としか読んでなかったアル。『猊下タスケテ―』、『猊下ゴジヒヲー』とかネ?」


「ふむ……宗教。隣国の教会や神殿の関係者かもしれないが……情報が少なすぎる」


『ダンブレ』には僧侶や神官のキャラクターが大勢出てきたくせに、宗教についてゲーム内で詳しく説明されることはなかった。

 いくつかの宗教や宗派、邪教まで存在するようだが……俺が知っているのはせいぜいスレイヤーズ王国内部のことくらい。隣国の宗教事情についての知識は少しも持ってはいない。


「……スレイヤーズ王国は国王が教会の首長を兼任しており、枢機卿が実務上の最高責任者になっているんだったな」


 制度としてはイギリス国協会に近いだろうか?

 それはあくまでもこの国の話であり、マーフェルン王国ではどうかは知らないが。


「エアリスにでも聞いてみるかな……リンファ、お前は引き続きコイツから情報を引き出してくれ。『猊下』について、それと『革命軍』について知っていることがあったら聞いておくように」


「是、わかったアル。あとでハンカチでも縫いながらお話しておくヨー」


 裁縫の片手間に拷問とはやってくれる。

 頼もしくも恐ろしい部下に頭を悩まされながら……俺はウルザを連れて『死喰い鳥』の隠れ家を後にするのであった。





――――――――――

お知らせ

連載作品「学園クエスト~現代日本ですがクエストが発生しました~」が完結いたしました。

こちらの作品もどうぞよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/1177354055063214433

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る