第32話 砂漠の決闘

 リューナが口にした爆弾発言によって、その日の話し合いはお開きになった。

 妹が口にした爆弾発言に、シャクナが「ぎゃあぎゃあ」と喚き出したからである。

 俺の心の中を覗き見たリューナとは違い、シャクナはまだ俺のことを信用したわけではなかった。

 信用できない初対面の相手に身体を差し出すという妹の発言に愕然として、混乱のままに喚き散らしたのである。


 そして……


「……その結果としてこうなるわけか。理不尽すぎて意味がわからないな」


「私の可愛いリューナに手を出すというのであれば、姉の私を超えてゆくがいいわ! 尋常に勝負よ!」


 オアシスの傍らにて、俺とシャクナが向かい合って立っている。

 シャクナは両手に剣を持っており、その服装はアラビア風の踊り子のような衣装になっていた。シャクナが手にある剣は細身ながら深い反りが入っており、いわゆる『シャムシール』と呼ばれる種類の剣である。


 対して、俺が手にしているのはごく普通の一般的な直剣。マジックアイテムでも何でもない、武器やで普通に売っている鉄の剣だった。シャクナの護衛から借りた剣は普段使っているものよりも遥かに弱く、頼りないものである。


 どうして俺達が向かい合い、戦うことになったかというと……シャクナが俺が妹にふさわしい男か見極めるためにと決闘を挑んできたからである。


「……俺は別にリューナの身体なんて要求してないんだけどな。そもそも、君達の手助けをすると了承した覚えもない」


 実際のところ、俺はシャクナとリューナに手を貸して導師ルダナガ……ルージャナーガと戦うつもりだった。

 魔王軍四天王の一角であるあの男を放置しておく理由はないし、ゲームではお気に入りのキャラクターだったシャクナや妹のリューナを放っておくことはできない。

 リューナは『翡翠の墓標』のシナリオ開始時点において死んでいたことだし、できるならば助けたいという気持ちはもちろんあった。


「へえ……つまり、リューナの身体に魅力を感じていないということかしら?」


「いや……そういうわけではないのだが。普通に可愛くて素敵な女性だとは思っている」


 むしろ、身体だけならばシャクナのものよりも遥かに好みである。

 シャクナは脚が長くて身長も高いが、それに反して身体の起伏には乏しい。ハッキリ言って『貧乳』だった。

 対するリューナは小柄ながらも巨乳であり、いわゆる『ロリ巨乳』っぽくて好みの身体つきをしている。


「当然ね。私の可愛い妹なんだから魅力を感じないわけがないわ! だけど……貴方のような得体の知れない男を妹に近づけるわけにはいかないのよ。悪く思わないで頂戴!」


「……シスコンだったんだな。お前は。あのシナリオは何度もプレイしたけど……知らなかったよ」


 有料追加シナリオ──『翡翠の墓標』は数えきれないほどプレイしている。エンディングで少年兵に刺されて命を落とすことになるシャクナを救う手段がないか幾度も試した。

 シャクナが死んだ妹を大切に思っていたというのは、シャクナ自身の口から聞いたことがある。だが……ここまでシスコンをこじらせているとは思わなかった。


「聞く耳持たずかよ。戦うしかないのか?」


「バスカヴィル様―。頑張ってくださいませー!」


「シャクナ様! 頑張ってください!」


「我らがリューナ様を奪おうとする輩に死の鉄槌を!」


「得体のしれないよそ者など叩き潰してやってください!」


 少し離れた場所で、戦いの元凶であるリューナがニコニコと笑っていた。

 護衛の兵士らもまた応援の声を張り上げ、シャクナに向かって手を振っている。


「リューナが私ではなく、この男の応援をするなんて……」


 そんな声援にシャクナが何故かダメージを受けていた。

 しばしショックを受けた顔をしていたシャクナは、「キッ!」と刺すような目で俺のことを睨んでくる。


「……やっぱり許せないわ。貴方はここで始末させてもらう」


「……理不尽極まりないな。シスコンの姉ちゃんには言葉が通じないのかよ」


 俺は諦めて肩を落とす。こうなった以上、シャクナとの戦闘は避けられそうもなかった。

 シャクナとリューナはルダナガに追われている身。こんな事をしている場合ではないと思うのだが……避けられないというのならば、さっさと始めて終わらせてしまったほうがいい。


「くだらん模擬戦で本気を出すつもりはないが……俺はわりと強いぜ。ケガをしても知らないからな」


「その気になったようね。本気を出さないなんていつまで言っていられるかしら? 貴方が妹にふさわしい男なのか……この双剣で見極めてあげるわ!」


「む……!」


 決闘は合図もなしに開始された。

 シャクナは双剣を構えるや、即座に魔法を発動させる。


「サンダーボルト!」


 青白い雷撃がまっすぐ進んでくる。俺はそれを横に跳んで躱す。

 その瞬間、俺の回避を見越したようにシャクナが懐に踏み込んでくる。


「ヤアッ!」


「フンッ……!」


 魔法攻撃は囮。あくまでも本命は双剣による斬撃のようだ。

 左右から交差する2本のシャムシールが、俺の首めがけて襲いかかってくる。


「チッ……容赦ねえな。死んだらどうしてくれるんだよ!」


 命中したら首が斬り飛ばされてしまう。俺は大きく身体を反らせて左右からの斬撃を回避する。

 同時に、身体を反った姿勢のまま下から掬い上げるような襲撃を繰り出した。


「フッ!」


「ンッ……迅い!?」


 蹴りはシャクナの胴体部分にヒットした。カウンターの一撃を喰らって、シャクナが数歩後退する。

 そのまま追撃をかけるべく前進しようとするが、シャクナも簡単にこちらの接近を許さない。ギロリと俺の目を睨みつけながら雷魔法で防御壁を構築した。


「進ませないわ……サンダーウォール!」


「チッ……そっちも速いな。さすがは全属性最速の雷魔法と言ったところか」


 雷の壁に接近を阻まれて、俺は大きく舌打ちをした。

 シャクナは雷魔法を得意としているが、雷はあらゆる魔法の中でも最速とされている属性である。

 スキルの熟練度、魔法の破壊力ならば俺が勝っている自信があるが……魔法の速さはあちらが上。

 シャクナ・マーフェルンはダンブレに登場する魔法職キャラクターにおいて、最速の魔法使いなのだから当然である。


「上級魔法で押し切ってもいいが……殺すわけにもいかないしな」


 ゲームの通りであれば、シャクナの【雷魔法】の熟練度は50ほど。俺の【闇魔法】よりも下である。高火力の魔法を撃ちあえばこちらが勝つだろう。

 だが……そうなってしまうと、シャクナを殺さずにいれる自信はない。


「ズルいよな。そっちは本気で魔法を撃ってるのに、こっちは乙女の柔肌を傷つけないように気を遣わなくちゃいけないんだから」


「あら? 決闘で相手を気遣うなんて余裕じゃない。それじゃあ……ここまでは小手調べ。そろそろ、本気を出させてもらうわ!」


 シャクナは双剣を携えた両手を左右に広げた。

 そして……まるで舞でも踊るかのように両脚で軽やかに脚腰を動かす。否、『まるで』ではない。それは紛れもなくダンスのステップである。


「勇敢なる英霊よ、敵を切り刻め! 戦士の舞踏――『アルダ・ファーレス』!」


 戦いの最中だというのにシャクナがダンスを踊り始めた。

 瞬間、その細い身体に火がついたように真っ赤なオーラが放出される。


「出たな……ここからが本番というわけか」


 俺は本領を発揮させたシャクナの姿に警戒レベルを上げた。


 シャクナの職業は【魔舞踏士マジックダンサー】。

 剣と魔法による攻撃に、ダンスによる支援効果を組み合わせた万能職である。

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