第33話 魔舞踏士

 シャクナのジョブである【魔舞踏士マジックダンサー】は【魔術師ソーサラー】と【舞踏家ダンサー】の両方の性質を合わせた上位職である。

【舞踏家】はダンスによって味方に支援バフをかけたり、敵に状態異常を引き起こしたりできる後衛職。そこに攻撃魔法を得意とする【魔術師】の性質が加わることにより、後方からの攻撃・支援の両方ができるようになる。


 踊り子の衣装を身につけたシャクナの身体は赤い光に包まれていた。

 戦士のダンスを踊ったことにより、パワー・スピード上昇の支援効果がかかったのである。


「ヤアッ!」


 雷魔法にダンスによる支援効果。

 そして、シャクナの本領はその先にこそある。


 裂帛の気合いを放ちながら、シャクナが左右のシャムシールで斬りかかってきた。

 目にも止まらぬスピードで左右の剣を振り乱し、縦横無尽の斬撃を繰り出してくる。


「フンッ……後衛職とは思えないパワーとスピード。さすがのハイスペックだよな!」


 えながら、次々と襲いかかってくる斬撃を捌いていく。


 本来、【魔舞踏士】は後衛の魔法援護職。前線に立って戦うことができるようなジョブではない。ワンドやロッドなどの杖は装備できるが、剣などは装備できないはずである。

 しかし、シャクナには彼女だけが装備できる専用武器――『シャムス=カムル』がある。この武器は剣のように見えるものの、実際は踊りに使用する装飾具。ダンサーであっても装備することができるのだ。

 後衛職でありながら剣を装備することができるシャクナは、物理・魔法・援護の全てをこなすことができる万能キャラクターといえるだろう。


「……剣と魔法の両方が使えるという点では、俺やレオンに似ているな。勇者の子孫というのもその関係か?」


 俺はシャクナの攻撃を紙一重で避けながら思案する。

 こうして敵として戦ってみて改めてわかったことだが……やはり、シャクナは強い。

 本編クリア後の追加シナリオに登場するキャラクターだけあって、今すぐにでも魔王軍の幹部と戦えるだけの戦闘能力がありそうだ。


「レオンと互角か、少し下というところか。思い切りがいいのは結構なことだが……いくらなんでも容赦がなさすぎないか?」


 俺の記憶が確かなら……ついさっきまで、『リューナを守るために力を貸して欲しい』とかそんな話をしていたはず。

 それなのに、この女はガチで俺を殺しにかかっているのだが……行動が矛盾してないか?


「当然でしょう! 命を賭ける覚悟もないような軟弱な男に、私の可愛いリューナはお嫁にやれないわ!」


「……いつの間に嫁入りの話になったんだよ。シスコンをこじらせるのもいい加減にしやがれ」


「問答無用よ!」


 シャクナが踊るような足取りで地面を蹴り、次々と斬撃を浴びせかけてきた。右、左、右、左、右、左……高速のリズムを刻みながら、左右から刃が襲ってくる。

 先ほどよりもさらに勢いを増した刃を、俺はジリジリと後退しながら剣で防御を続けていく。


「どうしたのかしら? 一方的にやられているじゃないの!? 『砂漠の女王』を倒したというのは偽りだったのかしら!?」


「こっちが手加減してやったら……調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 俺は左から迫る斬撃を、手に装備した籠手で弾き飛ばす。

 シャクナはスピードこそ目を見張るほどのものだが、パワーはそれほど強くない。金属製の籠手ならば十分に受け止めることができた。


「クウッ……!?」


「フッ!」


 俺はカウンターの斬撃を放った。

 シャクナは反対側の剣で攻撃を受け止めようとするが……パワーは俺の方がずっと上である。

 重い斬撃を受けきることができず、シャクナは後方に飛ばされた。


「速いが……軽いんだよ。お前の剣は!」


 闇魔法――ダークバレット。

 漆黒の弾丸による追撃がシャクナめがけて撃ち放たれる。


「っ……サンダーバレット!」


 シャクナも咄嗟に魔法を発動させる。

 雷の弾丸と闇の弾丸がぶつかり、相殺されて消滅した。


「……驚いたわね。貴方も剣と魔法の両方が使えるのね?」


「ああ、できるとも。驚いてくれたところで……攻守逆転だ!」


「ッ……!」


 今度はこちらから攻めに出る。

 砂漠の砂を蹴ってシャクナの懐に飛び込み、真一文字の斬撃を浴びせかける。


「ンンッ……!」


 シャクナは左右2本のシャムシールで攻撃を受け止めるが、やはりパワーが足りない。そのまま力任せに吹き飛ばしてやる。


「この……!」


 シャクナは勢いに任せて後方に飛びながら、魔法でこちらを牽制してきた。


「サンダーボルト!」


「シャドウエッジ!」


「ライトニング!」


「ダークファイア!」


 シャクナが後方にステップを踏み、距離をとりながら雷魔法で牽制してくる。

 俺は闇魔法で雷を相殺しつつ、逃がすことなくシャクナとの距離を詰めていく。


 魔法使いとしての実力はほぼ互角。スキルの熟練度は俺の方が上だと思うが、雷魔法のスピードで優位性が埋められている。

 ならば……勝負の結果を決めるのは近接戦。どちらの剣がより優れているかである。


「リューナは渡さないわ!」


「五割くらい死んでいいぞ、シスコン女!」


 シャクナが持っている2本の剣。俺が持っている1本の剣。3本の剣がぶつかり合って無数の火花が散らされる。

 手数で言えばシャクナが上だが、一撃の重さは俺が上。間断のない激しい剣撃が嵐のように巻き起こった。


「強いよな……やっぱり」


 ゲームでは頼もしい味方だったが、こうやって敵として戦っているとかなり厄介な相手であることが再確認できた。

 身体能力だけならば俺が上だと断言できる。しかし、ダンスによってバフがかけられたことで互角の状態になっている。


「だけど……青いな。対人戦闘経験がまるで足りないんだよ!」


 俺は「フッ」と失笑した。

 声に出すことなく、頭の中で「3・2・1」とカウントを刻み……唇を邪悪につり上げる。


「ゼロだ!」


「クウッ……!?」


 シャクナの身体を覆っていた赤い光が消失する。時間経過によりダンスによる支援効果が消えてしまったのだ。


「ダンスのバフ効果は60秒。俺はちゃーんと数えてたぜ?」


「…………!」


 シャクナが息を呑み、後方に跳んで間合いをとろうとする。

 俺は上段に振り上げた剣を砂の地面に叩きつけた。


「喰らいやがれ!」


「クウンッ!?」


 空を切ったように思われた斬撃であったが……そこから振り上げた剣によって砂漠の砂が巻き上げられる。

 砂のカーテンを浴びせられたシャクナが、咄嗟に腕で顔をガードした。


「この……何をっ!?」


 砂のカーテンによって、シャクナは俺の姿を見失ってしまったようである。

 俺はその一瞬の隙をついて、踊り子姿の少女へと躍りかかった。


「そこっ!?」


 砂のカーテンの向こうから襲いかかってくる影に向かって、シャクナが剣を突き刺してくる。

 だが……シャムシールが貫いたのは、俺が投げた外套だった。

 砂に乗じてシャクナに向かって外套を投げつけ、囮として使ったのである。


「これで終わりだ……シャドウバインド!」


「クウッ!? これは……魔法のロープ!?」


 囮を使って後方に回り込んだ俺は、シャクナの背中に触って魔法を発動させる。影によって構築された闇魔法のロープが細身の身体を拘束した。

 縛られたシャクナは砂の上に倒れてしまう。必死にて脚をもがくシャクナであったが……その眼前に剣を突きつける。


「これでチェックメイト。文句はないよな?」


「……この私が負けるなんて。まさか、リューナへの愛が足りなかったというのかしら?」


「知らねえよ。愛があろうがなかろうが、強い奴が勝つのが戦いだろうが」


 最後までブレないシャクナには、いっそ尊敬の感情すら湧いてくる。


 シャクナが弱かったとは思わない。

 最後の最後で勝敗を分けたものは……実戦経験の差だろうか。


 ゲームとして『ダンブレ』をプレイした経験。冒険者として魔物と戦った経験。バスカヴィル家の当主として多くの悪党と殺し合ってきた経験。

 それらは、いずれも王女であるシャクナが持たないものである。


「いくら才能があったとしても、経験がなければ意味がない。王宮育ちのお姫様じゃあ、俺には勝てないさ」


 敵が支援魔法などを使ったら、効果時間をカウントするのは当然。

 砂漠という地形や、外套などの周囲にある物は何でも利用するのも当然。


 シャクナにはルール無用、何でもありの実戦経験が足りなかったのである。


「そんな……シャクナ様が他国の人間に負けるなんて……」


「何という見事な力量だ! 隣国の貴族はあんなにも強いのか!?」


 周囲で戦いを見守っていた護衛の兵士らも、決闘の結果に驚いているようだ。俺の武勇を称える者もいれば、主君の敗北を嘆く者もいる。

 そんな中で……唯一、にっこりと笑っているリューナが口を開いた。


「この戦い……勝者はバスカヴィル様です!」


 盲目の巫女は右手を挙げて、俺の勝利を宣言する。

 砂漠の抜けるような空に称賛と失意の声が上がったのであった。



――――――――――

お知らせ

 ストックが尽きたのでやや更新が遅くなります。

 新しい話を投稿する際は18時に投稿しますので、どうぞよろしくお願いします。

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