第19話 クラスチェンジ
その後も俺達は順調にダンジョンの奥に進んでいった。
途中で何度となくモンスターに遭遇するが、無理なく倒すことができている。
このダンジョンに現れるモンスターは今の俺達よりもだいぶ弱い。階層深くまで潜っていっても、それほど強さは変わらなかった。
変わっていくのはこちらの戦力。つまり、モニカの戦闘能力である。
「エイッ! ヤッ!」
モニカの蛇腹剣が巨大なハエを斬り裂いた。
胴体を深々と斬りつけられたハエが墜落して地面に沈む。モニカは小さくジャンプしてハエの頭部を踏みつけ、トドメを刺した。
「ふう、やっつけたよ!」
モニカが元気良く右手を挙げた。
戦いを重ねるうちにモニカの強さはどんどんキレが増している。垢ぬけない村娘であったはずの彼女が、今はいっぱしの剣士として蛇腹剣を振るっていた。
鞭のような刃を振り回してモンスターを倒しているモニカを見て、今日初めてダンジョンに潜っているなどとは誰も思うまい。
モニカの戦闘技術はすでにビギナーの域から出ようとしており、俺達が過保護に庇ってやらなくても、それなりに戦えるようになっていた。
「あれ?」
戦闘終了後、ふとモニカが動きを止める。
先ほどまで若鮎のように躍動して戦っていたというのに、急に棒立ちになって左手を頭に添える。
「どうかしましたか、モニカさん?」
モニカの異変に気がつき、エアリスが駆け寄る。
「怪我をしているのならば治療しますけど……どこか痛いところはありますか?」
「ううん、どこも痛くなんてないんだけど……何かな? 急に頭の中に声が響いてきて……」
「声って、ひょっとして……」
エアリスがこちらに顔を向けてくる。俺は大きく頷き返した。
「どうやら、クラスチェンジできるようになったみたいだな」
クラスチェンジ。
それは特定の条件を満たすことによって、上位の職業に転職するというものだ。
初級職である『僧侶』が【治癒魔法】や【支援魔法】を一定以上の熟練度まで上昇させることで、『聖人』や『聖女』に転職することができる。
クラスチェンジの条件は様々だが……『
――――――――――――――――――――
モニカ・ブレイブ
ジョブ:
スキル
剣術 15
掃除 32
勇血 3
――――――――――――――――――――
戦闘スキルではない【掃除】を削除して新しいスキルを覚えさせなかったのも、そんな理由だ。熟練度の合計が『50』以上欲しかったので、初期の時点から最も高かった【掃除】を残しておいたのである。
「頭の中に聞こえてきた声に耳を澄ませろ。それは女神の神託だ」
「神託……?」
そう、神託である。
クラスチェンジの条件が整うと、どのジョブに転職することができるのか頭の中に響いてくるのだ。
もちろん、ゲームでは頭に響いてくるなどという曖昧な表現ではなく、画面に文字として表示されるのだが。
「神託というと、どうにも嫌な気分になるが……それはともかく、頭に響いている声は何て言っている?」
「えっと……私が転職することができるのは、『戦士』、『魔術師』、『僧侶』、『盗賊』、『武闘家』。それに『メイド』と『
「『
最初の五つの職業はわかる。これは『基本五職』などと呼ばれており、『村人』がクラスチェンジする際に必ず選択肢に出てくる職業だ。
問題は残る二つの特殊職業。こちらは現在のスキル構成やモニカ自身の素質などから現れた職業である。
「『メイド』は【掃除】スキルが高いから出てきたんだろうが……『戦乙女』?」
「む……聞いたことのない職業だな。知っているのか、我が主?」
隣で話を聞いていたナギサが訊ねてくる。
ウルザやエアリスも不思議そうな顔をしていた。
「いや……そんなジョブは聞いたことがないな」
そう……聞いたことがない。
ゲームを十回以上も周回して、追加シナリオも全て攻略したはずの俺が聞いたことがないのだ。
もちろん、単語の意味はわかる。
ゲームやマンガではたびたび登場する単語。北欧神話の女神の名前からとったジョブなのだろうが……『ダンブレ』にはそんな職業は登場していなかった。
「モニカだけのオリジナル職業ということか……興味深いな」
ゲームにおいてモニカはゼノン・バスカヴィルに囚われ、好き勝手に身体を弄ばれるだけの不遇ヒロインである。
彼女が仲間になることはなく、戦闘に参加することもなかった。
勇者の血筋であり、レオンの妹であるモニカのポテンシャルの高さは今回の探索で何度となく目にしてきたが……まさか彼女だけのオリジナル職業を覚えることができるとは意外である。
「えっと……どれを選んだらいいのかな? 無難に戦士とか?」
「いや、できればここは『戦乙女』を選んでもらいたい」
悩んでいる様子のモニカにそう告げた。
俺の『夜王』やレオンの『勇者』がそうであるように、特定のキャラだけが就くことができるオリジナル職業というのは強力なものが多い。
モニカの『戦乙女』もそうであるに違いない。少なくとも、他の基本五職よりも弱いということはあるまい。
「もちろん、無理強いをするつもりはないがな。嫌なら別のものを選べよ」
とはいえ……それはこちらの都合である。
モニカの人生がかかった選択なのだ。ジョブを選び直す方法はあるものの、それには手間も時間もかかってしまう。
モニカがどうしても他になりたいジョブがあるというのなら、強制する権利は俺にはなかった。
「あ、うん。わかったー。『戦乙女』になりたいです……と」
「あ?」
しかし、モニカは迷うことなく『戦乙女』を選択した。
人生を左右しかねないことだというのに。まるで定職のメニューを選ぶような気軽さで決めてしまったのだ。
「わ!」
モニカの身体が白い光に包まれる。
アイテムでステータスを確認すると、ジョブが『戦乙女』に変化していた。
「おいおい……本当にいいのかよ?」
「うん? いいよ。だってお兄さんがそうして欲しいんでしょ?」
「そりゃそうだが……」
「私ね、お兄さんと会った時に他人のような気がしなかったんだ」
モニカはクリクリとしたアーモンド形の瞳で、俺の顔を覗き込んできた。
「最初は怖かった。だけど、お兄さんに助けてもらった時のことを思い出したらドキドキして、眠れなくなってくるの。暗い地下室でお兄さんと一緒にいて……前にもこんなことがあったような気がするの」
「…………!」
地下室で一緒。
それは悪徳貴族に捕まったモニカを救い出したときのことだろうが……もう一つ、該当するシチュエーションがある。
俺が……というか、ゼノン・バスカヴィルがモニカと母親を拉致して、地下室で調教するという『2』であったイベントのことだ。
巫女や神官でもないモニカに予知なんてできないはずなのだが……。
「これってどういうことなのかな? ひょっとして、前世の記憶とかかな?」
「……気にする必要はないな。とりあえずは」
俺はゆっくりと首を振って、問題を保留にしたのであった。
ともあれ、モニカが『村人』から『戦乙女』にクラスチェンジした。
クラスチェンジしたことでどのような変化が起こったのか……それはすぐに明らかになることだろう。
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